【私学訪問】超一流になれ…「ぶれない基準」を作る教育 麻布中学校・高等学校 平秀明校長

 麻布学園は1895年、教育者・江原素六氏によって設立された。卒業生は、総理大臣から音楽家、脚本家に至るまで、多彩な分野で活躍している。同校の平秀明校長に、学校生活や校風、大学入試改革に向けた展望を聞いた。

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麻布中学校・高等学校 平秀明校長
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--もっとも麻布らしさを感じる行事は何ですか。

 やはり文化祭です。生徒たちの自己表現の場となっています。お客さまに喜んでいただく、というよりも、ただ自分たちがそれぞれの空間で、楽しくてやっている。そういう意味では非常にマニアックではあります。一方、そのマニアックさが、小学生の男の子の琴線に触れることがあるようです。お母さまにはピンとこなくても、子どもが「僕も麻布に入りたい」と心が弾む瞬間です。

 そして、中庭でのフィナーレで、文化祭の盛り上がりは最高潮に達します。運動会と合わせると1千万円近い予算を管理するなど、すべて生徒だけで取り仕切るため、毎年、何らかの問題は起きます。そのたびに生徒たちは、自らの自治にどんな改革が必要かを問い直します。その議論は後輩に受け継がれ、何を守り、何を変えていくのか。自分たちの「代」としてのあり方を、後輩たちもまた、当事者として問い続けていくのです。

 現在の高校3年生は今春、「麻布校刊」という書籍を出版しました。文化祭と運動会は高校2年生が主体なので、それが終わって「持て余した感」を持っていた生徒有志が、日常的テーマを取り扱ったメディアを作ろう、と。その中で、麻布を支える人たち、たとえば地下食堂のおじさんや麻布生御用達のコンビニの店員さん、事務の人、清掃業者の方々、保健室の先生など、ご近所を含め、日常お世話になっているあらゆる人たちに「麻布生について」インタビューしたり、筑波大学附属駒場高校の生徒と対談してみたり。あるいは、麻布は今、何が問題かを、学年を超えていろんな生徒と議論しています。

 この雑誌の秀逸な点は、6学年のゴミ箱の中身を調べるというユニークでライトな企画なども交えつつ、自分たちを対象化していることです。自己形成の中で、自分自身に対する批判というか、自分たちがこのまま大学受験という流れに流されるままでよいのかという思いとともに、麻布の自治や麻布について、後輩たちに再考して欲しいという思いがあります。この書籍を作ったメンバーは、必ずしも自治をバリバリやってきたようなタイプばかりではなく、多様なバックグラウンドなのが麻布らしいところです。いろんな立場から自分たちにとっての「麻布」を捉え直しています。編集から出版、販売まで、全て自分たちでやり遂げて、大した力量だと思います。

--現状の日本の教育の問題点は何でしょう。

 日本の目指している教育改革は、社会が必要としているスペックを備えた「モノ」を量産しようとしているに過ぎないと思います。教育は工業生産ではありません。残念ながら大学の専門学校化が進行していますが、大学という最高学府で教養を学ぶ機会が失われてよいものでしょうか。

 社会に必要な知識と技能を教えるのは確かに学校の大事な役割ですが、個人の確立や人格の陶冶(とうや)という視点が抜け落ちています。

 麻布では、高校1・2年生を対象にした「教養総合」という授業があります。初等量子化学やプログラミング、ロボット製作、英語以外の外国語や哲学、美術や音楽、スポーツなど、テーマ性の高い多様な授業が約30講座用意されており、生徒は自分の興味に即した授業を各学期ごとに選択できます。ここでは教科の枠や通常授業の形も取り払っています。また、名称の中に「総合」と言う言葉が加えられているのは、個々の多様な課題への取り組みが、全体として「教養」へのアプローチになると考えるからです。

--生徒にどのような成長を期待しますか。

 「超一流になれ」です。生徒にとって、麻布に通い、レベルの高い教育を受けているのだから、いい大学に行くのは当たり前。それに甘んじていたら、お前たちダメだぞ、と。人間性の部分で超一流であってほしいと思います。

 麻布は多様性があると言われますが、実はとても偏った世界です。勉強ができて、家庭にも余裕がある子たちが集まっています。つまり、麻布の自由はその恵まれた基盤の上に成り立っている、ということを肝に銘じてほしいのです。

 子どもの貧困率が高くなり、少子化にも歯止めがかかりません。次世代が希望を持てるような社会にするために、格差や不正義などに目を向けられる人になってほしいと思います。お前たちがこの国の将来を引っ張っていくのだぞと、そういう思いで「超一流になれ」と言いたいです。

--先生の座右の銘を教えて下さい。

 「有言実行」です。やると言ったことは責任と誠意をもって実行し、必ず実現したいと思います。しかし、麻布学園は校長である私があれこれ指示をして、それで先生方が動くというふうに運営されているわけではありません。生徒と直に接する先生方が真剣に話し合い、納得したうえで行動しなければ、学校は本当の意味で変わりません。本校の生徒が自由なのは、実は彼らを導く先生が自由であるからなのです。先生方の教育への情熱と創意工夫を引き出し、麻布をますます魅力のある学校にしていきたいと思います。

--ありがとうございました。

 麻布の自由は、大事に守られ、育てられてきた12歳の少年にとって、最初は少し酷に感じるかもしれない。自分で何かを選ばなければ、前にも後ろにも進めない。だが社会に歩み出た時、何が自分を支えてくれるのか。

 麻布という空間での6年間は、自分を支えるものは自分自身にあることを気付かせ、青年を自立へと成長させる。多様性と不確実性が渦巻く未来に、「ぶれない基準を自分の中に持つ」ことは、生きていくうえでの礎となり、生涯彼らを支えるだろう。
《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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