ICT機器で昔と今を比べてみる
公開授業に先駆けて、児童たちは1人1台タブレットを持ち帰り、家庭学習として「自分の家にある道具」を撮影してきた。授業はこの写真の紹介から始められた。児童たちの手元には1人1台ずつタブレットがあり、表示されているのは先生が作ったワークシートのようだ。先生は電子黒板とスクリーンを使い分けながら授業を進めていく。
授業の前半部分では、電子黒板に授業の「めあて」を表示しておき、スクリーンでデモンストレーションを行いながら児童たちに取り組んでほしい課題を説明していた。児童たちは先生のデモンストレーションを見て、各自のタブレットに自分なりの答えを書き込んでいく。
最初の課題は、ワークシートに貼り付けられた洗濯板やそろばん、機織り機など、今ではほとんど見ることのなくなった古い道具の写真を見て、それがどのように使われていたのかを答えるというもの。児童たちは、知っている道具の用途をタブレットに書き込んでいく。ワークシートに貼り付けられた写真の中には、児童たちが持ち帰り学習で撮ってきた写真も交じっている。
次の課題は、古い道具が今はどんな道具として生まれ変わっているかを答えるというもの。それぞれの課題には制限時間が設定されており、スクリーンに大きく残り時間が表示される。児童はそれを見ながら課題に取り組むので、「あと1分50秒しかない!」と、時間を意識して課題に取り組めているように見受けられた。
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画像:グループになって自分たちの回答を発表しあう
課題がひとつ終わるごとに、4人1組のグループになって自分たちの回答を発表しあう。ほかの児童の意見を聞いて気付きがあった時は、ペンの色を赤色に変えて書き加えるのがルールだ。公開授業は体育館で行われたうえに、たくさんの大人に囲まれていることから、児童らは緊張しているようす。先生の話では、普段の授業ではより活発な議論が交わされているということだ。
最後の課題は、古い道具と今の道具を比較し、人々の生活にどのような変化をもたらしたのかを考えようというもの。文字で回答する児童がいる一方で、カラフルな絵を描いて説明している児童もおり、それぞれの個性が出ていた。スクリーンには児童たちのタブレット画面が映し出されて、リアルタイムで共有することができる。
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画像:多くの児童の手があがった
先生が「発表してくれる人はいますか」と声をかけると、多くの児童の手があがったのが印象的だった。あてられた児童の回答がスクリーンに大きく映し出され、発表する。今回は、あてられた児童の回答のみが映し出されていたが、興味深い回答を先生が選んで映し出し、発表してもらうことも可能だ。
先生に話を聞いたところ、タブレットの持ち帰り学習で興味深い回答をした児童を選び、授業で発表してもらうこともあるという。挙手が苦手な児童が自分の意見を言いやすくなるのも、タブレット学習の利点のひとつだろう。
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画像:公開授業のようす
なお、三根小学校でのタブレット学習は2017年10月から行われているが、それ以前はパソコン教室以外のICT環境はなかったそうだ。教える側にとっても、タブレットを使うことになったきっかけは、出前ICT環境整備支援事業にあるそうだ。
「持ち帰りタブレット」による学校と家庭学習の連携
児童の公開授業後には、セミナーが開催された。登壇者は東京学芸大学情報処理センターの森本康彦教授と、国立教育政策研究所生涯学習政策研究部(併)教育研究情報センター総括研究官の福本徹氏。
森本教授は「主体的・対話的で深い学びを創る『持ち帰りタブレット』の効果的な活用法」、福本氏は「学習指導要領の改訂と特別支援教育の動向について」をテーマに、それぞれこれからのICT活用について語った。
森本康彦教授「ICT機器は、アクティブラーニング実現のカギ」
三根小学校で児童を対象に実施されたアンケート調査では、全体の約7割がタブレットを使った学習に対して肯定的な意見であったという。児童たちの対話を促し、多くの気付きを得ながら主体的に学ぶ姿勢を習慣づけるにあたって、ICT機器の効果は期待できそうだ。
◆効果的なタブレット活用方法
ただし、森本教授は「ICT機器を導入するだけで児童の主体的学びが実現するわけではない」と釘をさす。では、どのようにタブレットを活用することが効果的なのだろうか。
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画像:森本康彦教授
森本教授によると、タブレット活用の授業で先生がもっとも心がけるべきことは、児童に対して「声かけ」をすること。ICT機器によって情報を共有するだけで終わらせるのではなく、「~についてどのように理解していますか」や「~はどうなると思いますか」など、共有した情報をもとに児童に考えさせることが必要だ。
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画像:アクティブラーニングの3つの視点
またICT教育の目的は機器を“使い倒す”ことではなく、有効な活用をすることであると続ける。タブレットはまだまだ文字を書きにくいものが多いなかで、授業を無理やりタブレット上で完結させるのはかしこいやり方とは言えない。森本教授によると、タブレットの最たる利点は「写真を撮れること」。写真を撮ることで児童は多くの気付きを得、ほかの児童が撮った写真を見ることで振り返ることができ、さらに児童たちの写真を教材として授業で活用することができる。たしかにスケッチだと気後れしてしまうが、写真を撮るのであれば児童たちが自分を表現するハードルも低くなるだろう。
◆持ち帰りタブレットについて
三根小学校でも実施している、持ち帰りタブレット学習。同校の児童を対象に実施されたアンケートでは、家でタブレット端末を使うことについて好意的な意見が約8割を占める結果となっている。
ただ、タブレットの持ち帰り学習でも気を付けるべき点がある。それは、授業内容から遠い補習をさせようとすると、児童のやる気がそがれてしまうという点。その日の授業の振返りや気付いてほしい点を課題として出すなど、授業と家庭での学習を関連づけることを意識すれば、児童も主体的に学習へ向き合ってくれる。さらに児童たちが過程でどのように学習したかを次の授業で確認し、児童自身の言葉で説明させることで、学びの定着が促進される。家庭と学校とをシームレスにつなげることが肝要なのだ。
◆カリキュラムマネジメントについて
授業と家庭学習をつなぎ合わせる思考を持ってもらうという考え方は、カリキュラムマネジメントにも通ずる考え方である。学習を授業や単元という枠組みや学校という場所にとらわれずに「いつでもどこでも学べる」ことを手助けするのもまたICT機器であると森本教授は言う。ICT機器を活用して得られたデータは、児童たちがいつどこでどんな風に学習したのかを知る手掛かりになるからだ。ICT機器は、広く、また長期的な視点を持ってカリキュラムを編成していくことにも効果が期待できる。
福本徹氏「特別支援教育におけるICT活用効果に期待」
福本氏によると、特別な支援を必要とする児童は「学んだ知識を生かすことが難しい」場合や、「主体的に取り組む意欲が育っていない」などの特性が見られることがあるという。タブレットPCであれば、画像の拡大や白黒反転など、紙媒体や従来の黒板で学習することの難しい児童の手助けとなる。さらに、授業に限らず、コミュニケーションツールや表現手段として、日常生活におけるさまざまな場面でICT機器の効果が期待できる。
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画像:福本徹氏
特別な支援を必要とする児童にとってわかりやすい授業とは、すなわち全児童にわかりやすい授業であると福本氏は語る。すべての児童にとってわかりやすい授業を実現するため、ICTはこれからも活躍の幅を広げていくだろう。
ICT機器の活用に決まった正解はないが、適切に使えば「学校と地域」や「特別支援学級と通常学級」、あるいはひとつひとつの授業をつないだ大きな円を創り出すことができる。各学校、各学級で最適な使い方を見つけ出してほしい。