英国名門校パブリックスクール「ザ・ナイン」から日本が学ぶべきこと

 国を挙げてグローバル人材の育成を推進する中、日本の学校が歴史あるイギリスの名門校パブリック・スクールから学べることは何か。「パブリック・スクールと日本の名門校」(平凡社)の著者、関西外国語大学の秦由美子教授に話を聞いた。

教育・受験 小学生
秦 由美子氏(関西外国語大学教授) 
  • 秦 由美子氏(関西外国語大学教授) 
 英国王室のチャールズ皇太子、ウィリアム王子、ヘンリー王子の母校であるイートン校(Eton College)をはじめ、多くの国際的リーダーを輩出する英国の名門校パブリックスクール。世界を席巻した「ハリー・ポッター」シリーズの映画化によって映し出された寮シーンは、まさにパブリックスクールそのものであり、日本でも注目度がおおいに高まった。

 国を挙げてグローバル人材の育成を推進する中、日本の学校が歴史あるイギリスの名門校パブリックスクールから学べることは何か。「パブリック・スクールと日本の名門校」(平凡社)の著者、関西外国語大学の秦由美子教授に話を聞いた。

「ザ・ナイン」とは?英国のパブリックスクール受験事情



--パブリックスクールとはどんな学校ですか。

 パブリックスクールという表現は、もともと身分と境遇、地域の特殊性を排除して、公開された学校という意味で使われてきました。すべて私立学校でイギリス全土に数多くありますが、中でも「ザ・ナイン」(*1)と呼ばれる9校がもっとも厳密な意味での名門パブリックスクールとみなされています。世界大学ランキング(Times Higher Education)で1位、2位を争うオックスフォードとケンブリッジへの進学者も、この「ザ・ナイン」の卒業生が多数を占めています。各界にリーダーを輩出していることから、ロシアや中国をはじめ、世界各国から優秀な生徒が集まっています

(*1)設立年度が古い順にウィンチェスター(1382年)、イートン(1440年)、セント・ポールズ(1509年)、シュルズベリー(1551年)、ウェストミンスター(1560年)、マーチャント・テイラーズ(1561年)、ラグビー(1567年)、ハロウ(1572年)、チャーターハウス(1611年)の9校

--パブリックスクールでも、日本のような「お受験」があるのでしょうか。

 イートン校の場合、1960年代までは、男の子が生まれると同時に「親が所属していたパブリックスクールの寮に子どもの名前を登録しておく」と言われるくらいでした。本人の意志とは関係なく、生まれた瞬間から入学準備を始めるような世界でしたが、今では先祖代々イートン出身といった「レガシー枠」は、どのパブリックスクールにおいてもほとんどありません。ただし今は、5歳から入学前の13歳までの間、プレップスクールと呼ばれる準備学校に通う生徒は多いです。

 入学許可を得るまでのプロセスには2段階あります。まず、9歳から10歳で願書を提出し、10歳から11歳の時点で予備試験を受けます。内容は「1.面接」「2.適性検査」「3.小学校からの成績報告書」です。「2.適性検査」はコンピューターによる検査で、ケンブリッジ大学の心理学研究所に依頼し、毎年新しいものが作成されています。想像力や認知能力、言語能力などを測ることを目的としており、IQ(知能指数)を測る検査よりももっと広範囲だそうです。面接は子どもだけです。この段階で合格が得られても、まだ「条件付き」です。13歳でパブリックスクール共通入学試験を受け、さらに面接を経て、ようやく正規の合格となるのです。

学校内の競争は熾烈、その中で自己肯定感をキープするためには?



--合格の決め手となるのは何ですか。

 各校へ取材に行きましたが、学術的な能力以上に、芸術性や運動能力なども含めて総合的に判断しており、ただ頭が良いというだけでは選ばれないと言っています。ほかの生徒たちとつつがなく寮生活が送れるかどうか、良識ある人間として学校に貢献してくれることを期待できるかどうかという視点でじっくりと見ているようです。

--実際に学校の中を取材して、実は生徒の間に熾烈な「競争」があることに驚かれたそうですね

 自主性を尊重し、サポートしてくれる一方で、学校の中でも競争はきわめて厳しく、ランキングが発表されたり、成績優秀者を黒いガウンや金ボタンのついたグレーのチョッキの着用などで差別化しています。ほとんどの授業やスポーツのクラスが能力別であり、学力や芸術、特殊な技術に優れた生徒には特待生(スカラー)という称号が与えられます。

--そこで選ばれなかった生徒たちが劣等感を持ってしまうことはないのでしょうか。自己肯定感が低くならないか心配です。

 私もその点が気になり、幾度となく「ザ・ナイン」の校長や先生方に同じ質問をしましたが、生徒たちには劣等感ではなく、むしろ選ばれた生徒に対する賞賛の念が強いそうです。24時間共同生活を送るなかで、上位クラスの在籍者や表彰を受ける生徒がいかに努力しているかを周囲はしっかりと認識しており、彼らがその立場にあるのは当然だと。

 とはいえ、確かに目立たない生徒っていますよね。けれどもそんな勉強も芸術もスポーツも、いずれにおいても目立たない生徒であっても、寮生活を通じてずっと一緒に過ごしていると、たとえばチームで行動したときに、その生徒が皆を引っ張ってくれた、あるいは陰で支えてくれたといったことで、何かしら他の生徒たちがその生徒に対して感謝の念や敬意を払う機会が必ずあるわけです。そうして、誰しも必ず秀でた能力を持っているということを、寮長や上級生をはじめ、周囲がしっかりとフィードバックしている。目立たなくても、自分の能力を他の人たちから認められることによって、自分も相手の能力を素直に認めることができるのだと思います。

--周囲が生徒をよく見ている、ということなんですね。

 パブリックスクールは、生徒たちの優れた才能の開花を支援をするために、教員一人当たりの生徒数が少なく、非常に目が行き届くようにしています。たとえばBBCでシャーロック・ホームズを演じ、ハリウッドで成功したベネディクト・カンバーバッチはハロウ校出身、2回もアカデミー賞にノミネートされたエディー・レッドメインはイートン校出身です。ベネディクトはハロウ校で賞を得るほど優秀な成績をおさめたわけではないし、エディーは赤緑色盲があり、色の判別が難しかった。そうした生徒たちにもそれぞれに居場所があり、後に大成している。教員が生徒の優れたところをひとつでも見つけ、それを伸ばしていくことに専心しているからでしょう。

生徒ひとりひとりの才能を見出し、伸ばしていく手厚い教育



--パブリックスクールがもっとも重視するミッション(使命)とは何ですか。

 各校の校長が口を揃えて言うのは、学術的な能力や芸術、スポーツの才能を伸ばすことはもちろんだが、それ以上に「良識と品格を備えた市民」を生み出すことが重要なのだということです。ハロウ校の校長はこう言っています。「成績だけではなく、大学においてもその先の人生においても、より良い人間になることを私は彼らに望みます。ハロウに来る目的が単に試験で高得点を得ることであれば、スポーツ、音楽、課外活動を減らさなければなりません。しかしそれでは彼らはあまり魅力的な人間にはならないでしょう。高い理想ほど、長くかかるのです」と。人間にはひとりひとり、独自の才能があります。独自の才能の発見と育成という教育本来のミッションを貫いているのです。

--日本の中高一貫校の中にも、名門パブリックスクールに引けを取らず「人間性の涵養」に重きを置いた教育を行なっている素晴らしい学校があると著書でも触れられていますが、こうした学校でも毎年、大学入試での合格実績が期待されるというジレンマを抱えています。現状の大学入試制度が日本の優れた中等教育の足かせとなっているという捉え方もできると思うのですが、この現状についてどう思いますか。

 大学入試は姿こそ変化しながらも、なくなることはないでしょう。であれば、企業が、学歴だけがその若者の優秀さや成長を測る尺度ではないということを納得し、社会の意識に浸透させることが重要だと思います。

 イギリスは、大学という学歴にあまり執着しない社会です。たとえばイートン校からは、オックスフォードやケンブリッジといった難関大学に入学するのは3割、ほかのハロウ校やラグビー校などからは10%から15%ほどです。ではなぜパブリックスクールに入学させるのか。それはまさに「ジェントルマン」たる人間性の涵養と、仲間づくりなんですね。あらゆる業界でリーダーになっていく人が多いからこそ、我が子をその仲間に入れたいわけです。

 ではなぜリーダーが多く育つのか。それは、繰り返しになりますが、教員が生徒ひとりひとりの才能を見出し、伸ばしていくという手厚い教育を行っているからです。そのために学校は、寮生活やスポーツ、芸術教育のほか、課外カリキュラムや地域活動を積極的に推進し、こうした活動に熱心に取り組む生徒は単に成績が良い生徒よりも高く評価します。老人ホームで演劇や演奏を行ったり、少年刑務所で読み書きを教えたり、地元の老人を買い物に連れて行ったり、障害児の学校で一緒に活動したりと、地域との関わりをとても大切にしています。

 人間の才能には、大学入試で問われる教科だけで測られないものがたくさんあります。その才能を伸ばすことで、その道のリーダーとなり、社会に貢献できる人材に育つことは多々あるのです。今、日本は少子化だからこそ、少人数教育で個々の秀でた才能を見出し、伸ばすというスタイルに変えていくべきではないでしょうか。

日本の大学入試を突破するための史実の暗記よりも大切な姿勢とは



--2020年の教育改革では、主体的に学ぶ力や探究学習が重視されることになり、学校の教室運営にも少なからず変化が求められるでしょう。今後、日本で教壇に立つ先生方、ひいては親御さんたちが参考にできることは何かありますか。

 ひとつには、少人数学級でない場合には難しいかもしれませんが、できるだけ生徒ひとりひとりをよく見て、各々の才能を発揮する機会を設ける、あるいは褒める・認めるというフィードバックを行うことです。それによって学校の中に個々の生徒の居場所ができ、自己肯定感が育まれるでしょう。そして、生徒の才能を伸ばすために教員は見守るという態度を崩さず、生徒には自分で考え、行動させることが重要でしょう。

 また、忘れてはならないことはマナー、すなわち礼儀正しさです。パブリックスクールではマナーを徹底してしつけています。挨拶をするといったもっとも基本的なことから、高齢者や体の不自由な人に席を譲るといった当然のこと、そして他者への共感力が、昨今の日本では教育現場だけでなく家庭でもおざなりにされているのではないでしょうか。

 その教育のためには、道徳の授業というよりも、私は歴史を重視すべきだと思います。人格が形成される重要な時期に、正しい歴史認識を教えることこそ、人に親切にする、弱者を助けるといった道徳観を導くことができるはずです。たとえばパブリックスクールの歴史の授業では「ガリア戦記」を通読させ、なぜそのような戦争が起きたのかを、史実をひとつずつ皆で議論するような学び方をします。これによって人間の本質を知り、誤った判断をしないような自我の自立を学ばせるのです。日本が国としてグローバル人材の育成を掲げるならば、大学入試を突破するための史実の暗記よりも、「歴史から善悪の判断を学ぶ」という姿勢を育てることの重要性を、もっと認識すべきなのではないでしょうか。

--ありがとうございました。

 この夏、愛子さまがイートン校のサマースクールに参加されて話題になったが、イギリスのパブリックスクールの内情を詳しく知る機会はほとんどなかった。インタビューを終え、以前ボーク重子さんから聞いたアメリカの名門校の話(「全米最優秀女子高生」の母・ボーク重子さんに聞くダイバーシティ重視のアメリカ名門校の教育)を思い出した。イギリス、アメリカいずれにおいても、世界から一目置かれる名門校では、学力だけでは測れない能力を重んじていることに改めて気づいたのだった。2020年の教育改革を目前に、プログラミング、英語、探究活動など、日本の教育現場にはキーワードが増え続けているが、こうした歴史ある名門校の内情を知ることは、教育の本質について今一度再考してみる良いきっかけとなるだろう。

新書869パブリック・スクールと日本の名門 (平凡社新書)

発行:平凡社

<著者:秦 由美子(関西外国語大学教授)>
教育学者。お茶の水女子大学文教育学部卒。アメリカ大使館に勤務後、オックスフォード大学で修士号、東京大学で博士号(教育学)を取得。専門はイギリスと日本の比較研究。近著に「パブリック・スクールと日本の名門校 なぜ彼らはトップであり続けるのか」(平凡社)


《加藤紀子》

【注目の記事】

編集部おすすめの記事

特集

page top

旬の教育・子育て情報をお届け!(×をクリックで閉じます)