名門校立上げを歴任 田邊則彦副校長が語る「ドルトン東京学園」の挑戦

 100年の歴史をもち世界に広がるドルトンプランを実践する日本で唯一の中高一貫校、ドルトン東京学園が2019年春に開校した。

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ドルトン東京学園 田邊則彦副校長
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 「自由」と「協働」を教育の柱に、生徒の知的な興味や探究心を原点とし、他者とともに自らの意志で学んでいく力を育むドルトンプラン。100年の歴史をもち、世界に広がるこの教育メソッドを実践する日本で唯一の中高一貫校、ドルトン東京学園が2019年春に開校した。

 初年度の入試から多くの志願者を集めた同校の副校長には、田邊則彦(たなべのりひこ)氏が就任。田邊氏は、慶應義塾幼稚舎の教員を経て、慶應義塾湘南藤沢中・高等部、関西大学初等部など、名門校新設に携わってきた。

 ますます目が離せないドルトン東京学園の今後の展望について、田邊副校長に話を聞いた。

3校目の新設校の立上げでの新たな挑戦



--田邊副校長は、新設校の立上げや学校改革に力を注いでいらしたと伺っていますが、教育者としての第一歩は慶應義塾幼稚舎だったそうですね。

 はい、そうです。慶應義塾大学で心理学を専攻し、そのまま大学院へ進もうと思っていたのですが、幼稚舎から教員をやらないかと声がかかりました。当時は教員免許も取得しておらず、「なぜ私に?」と青天の霹靂でした。

 振り返ってみると、大学時代に幼稚舎で学力テストの手伝いに何度か出向いたことがあり、そのときにシャツが引きちぎられるくらい子どもたちが次から次へと私にまとわりついてきて、一緒になって遊んでいたんです。もともと子どもが大好きなので、僕としては純粋に楽しんでいただけでしたが、そうやって子どもたちと自然に距離を縮めているようすを、先生方が見てくださっていたのかもしれません。

 幼稚舎が東京都に、小学校助教諭免許状を授与するよう掛け合ってくれたおかげで、教員をしながら大学の通信教育で教員免許を取りました。結局幼稚舎では15年間、教壇に立ちました。

--さらに慶應では「湘南藤沢中等部・高等部」の開設準備にも携わられました。

 はい、そのとおりです。湘南藤沢中高等部では、開校当時から語学教育と情報教育という2本の柱を掲げており、私は情報教育の立上げを担いました。情報という教科については教科書を執筆したり、NHKの番組講師も務めたりしました。

--その後、関西に拠点を移されて、さらにいくつかの学校で幅広くご活躍されました。

 56歳で慶應義塾を早期退職し、活動拠点を関西に移しました。関西大学の初等部を立ち上げるとともに、中高、そして大学でも教壇に立ちました。同志社大学でも授業をもち、忙しくも充実した日々でしたが、60歳で定年を迎えました。すると今度は、大阪の河内長野市にある清教学園という中高一貫校に呼ばれ、さらに箕面自由学園の小学校でも、ICTをはじめとする学習環境の再構築などに携わってきました。

ドルトン東京学園 田邊則彦副校長

大正時代に一大ブームを巻き起こしたドルトンプラン



--ドルトンプランとは、いつ、どこで出会われたのですか。

 ドルトン東京学園から副校長という立場のお声がけを頂いたのは昨年の秋ですが、実はドルトンプランと出会ったのははるか昔の大学卒業後、ちょうど、幼稚舎で教壇に立ち始めた頃でした。当時私は補助教員として、桑原三郎先生(後に白百合女子大学教授、慶應義塾福澤研究センター顧問)という大正期の児童文学を研究している方のお手伝いをしていました。その桑原先生から大正期の教育について教えて頂いたことのひとつが、ドルトンプランだったのです。

--大正時代にすでにドルトンプランがあったのですね。

 そうなんです。実は、ドルトンプランは大正時代に日本でも一大ブームを巻き起こし、成城学園のような私立校だけではなく、地方の公立小学校や軍隊の学校でも実際に採用されていました。ドルトンプランの提唱者、ヘレン・パーカースト自身も何度か日本を訪れ、各地で講演会や教員研修が行われるなど、新たな教育手法として大きな注目を集めていたことが論文にも残されています。

 ところが、大正末期から軍国主義が台頭し、子どもに基礎学力を効率良く身に着けさせるには、自由に任せ、自らの意志で学ばせるというドルトンの教育手法はふさわしくないという批判を受け、下火になってしまったのです。

 けれど僕はいつか、桑原先生から教わったドルトンプランを日本の教育で実現したいという夢をもち続けていたので、ドルトン東京学園の副校長というお話を頂いたときには本当に嬉しかったです。これまでの学校づくりや授業改革の経験を生かし、人生の集大成としてここに自分が理想とする教育を実現できるのだというやりがいをひしひしと感じています。

最大の特徴は学習者中心主義



--あらためて、ドルトンプランの最大の特徴は何でしょうか。

 ひとりひとりの知的な興味や旺盛な探究心を育て、個人の能力を最大限に引き出す「学習者中心の教育」です。「これが学びたい!」と子どもたちの内から湧き出る意欲が原点であること、そこから自ら学ぶ姿勢を身に着けられることです。

 僕は大学でも教えていたので、大学生が大学という素晴らしい環境を生かしきれていないことにずっと歯がゆさを感じていました。大学では、研究と教育の両方の機能を発揮するためにさまざまな工夫をしています。授業改革を進め、グループディスカッションなどを交えた双方向のアクティブラーニングも積極的に取り入れています。こうした恵まれた環境があるにもかかわらず、学生たちが自ら進んで学ぼうとしないのは、すごくもったいない。ただ、それは彼らがそもそも「学習者」としての学び方を教わってこなかったからなのです。学校や塾が敷いた線路の上を、疑問をもたずに進んできただけで、自分で問題意識をもった経験がないので、どうしていいかわからない。だから生かしきれないのだと思うのです。

 もし、中学や高校で、自分が「これを学びたい!」という気持ちから学ぶという経験ができていたら、彼らの大学生活、ひいては人生までもが大きく変わることでしょう。

 与えられた問いに対する決められた正解を探すのではなく、自分で問いを立て、答えのないその課題にとことん向き合う。そこに学び本来の楽しさがあり、「一生学び続けることができる原動力」が生まれるはずです。

--「学習者中心主義」が具体的にイメージしやすいエピソードはありますか。

 僕自身が経験できたわけではありませんが、そうした学びの場に居合わせた経験はあります。

 高校時代、「君が子ども好きなら」と、友人のお父さんから、お茶の水女子大学名誉教授の保育学者、津守眞先生を紹介されました。津守先生は当時、就学前の発達障害をもつ子と親のためのサークルを主催されていて、そこの子どもたちと仲良くなった僕は、週2回ほどお手伝いに通いました。

 そのサークルでは、子どもたちの保育をしながら、母親同士も意見交換をする場がありました。うちの子はこんなことができるようになったとか、こんなことに困っていると悩みを打ち明けるなど、お母さまたちが思いの丈を語るのですが、津守先生は真ん中で聞いて、ウンウンと頷いて聞いておられるだけ。「こうしたほうがいいですよ」といったアドバイスは一切口にされませんでした。

 津守先生がじっと見守っておられると、お母さまたちは、互いに話をしたり聞いたりしているうちに徐々に気持ちが整理され、自分がどうすればよいのかわかってくるようで、皆さん前向きになって帰っていかれるんです。それを見て、あぁこうやって人は学ぶのか、と。一から十まで教えなくても、周囲の力を借りながら、自分の力で解決していけるのだと実感しましたね。これは後に、学習者中心主義を志す原体験になっていると思います。

ドルトン東京学園 田邊則彦副校長

情報環境を活用し「ドルトン2.0」に発展



--ドルトンプランのメソッドをこのドルトン東京学園でどのような形で実践していきたいとお考えですか。

 ドルトンの学習者中心の教育の原理原則は変わりませんが、僕は「ドルトン2.0」をやりたいと思っています。100年前に生まれたドルトンのメソッドを現代版にアレンジするとしたら、情報環境を活用するというのが一つの方法ではないか、と。子どもたちは、かつてないほど簡単に、さまざまな情報に触れることができ、それを検証し、整理し、再構築してまとめあげることができる環境にいます。この学習環境を上手に使っていくことが、子どもたちの学びを支えてやることにつながるのではないかと思うのです。

 具体的にはeポートフォリオという仕組みを活用していきます。

 生徒ひとりひとりがどんなことに興味を抱いているのか。どんな問題意識をもち、それに対しどのようなアプローチをしようとしているのか。本校では、生徒の置かれている状況を教員が共有し、適宜アドバイスをしたり、フォローしていきますが、こうした活動のプロセスや成果物をすべて電子的に記録し、データベースに保管します。これがeポートフォリオです。最終的には生徒ひとりひとりの、大きな「学びのマップ」が完成するイメージです。

 eポートフォリオは保護者の方にも見て頂けるので、生徒・家庭・学校の3者が、「学び」という軸で繋がった一つのコミュニティを形成しながら、子どもたちの主体的な学びを支えていきたいと思っています。

スキップするほど楽しく充実した学園生活



--今春、開校したばかりですが、生徒さんたちのようすはいかがですか。

 子どもたちはスキップをして学校に来るという感じで(笑)、楽しくてたまらないようです。

 小学校までは、学校や塾でこれをやりなさい、次はこれだよといって、すべてお膳立てされたものを指示どおりやっていればよかったわけですが、ここでは生徒自身が自分で課題を見つけ、考えることが求められます。今はまだ始まったばかりで、学び方を学んでいる段階ですが、皆、意欲的に取り組んでくれています。いずれ自分でゴールの設定ができるようにする、そして自分なりにどういうアプローチにするかを選び、実行し、振り返り、次に生かすといった学びを実現できることが目標です。

想定を上回る入学者、ICTも活用し期待に応えていく



--開校したばかりで1年生だけだと、まだこじんまりした雰囲気なのかなと予想していましたが、ものすごく活気があって賑やかで驚きました。

 定員が100名のところ、本当に多くの受験生が出願して下さり、さらに本校を選んでくださった合格者が想定よりも多かったため、新1年生は145名となりました。1クラス約25名で6クラスの編成です。生徒自身が誇りに思えるような学校にするためには何をすべきか、自分たちで考えてもらおうと思っていますので、細かい校則は設けていません。そのため制服も、定められたアイテムの中から1点だけ着用すればよいという緩やかなもので、Tシャツやジーンズの子がいたりと、皆のびのびとしています。 

 部活動は今のところ、バドミントン、剣道、サッカー、日本文化(茶道・華道)、合唱、美術、弦楽アンサンブルがあります。部活動の指導は教員ではなく、専門的な知識やスキルをもった方にお願いしており、プロのスポーツ選手や演奏家、日本文化に精通した先生方に来て頂いています。

--保護者の期待にはどのように応えていかれますか。

 5月に行われた保護者会では、保護者の方々から「子どもが学校に行くのが楽しいと言っている」という声が多く寄せられ、とても嬉しく思っています。本校にお子さんを通わせてくださっている保護者の方々は、子どもが内面的により豊かな人生を送るために、有名大へ進学させるよりも、その先まで見据えた教育を期待されていると感じます。その期待に応え、入試がゴールではなく、大学に入ってから何をやりたいのかをしっかり考えて進路決定できるような教育をしていきたいですね。目的によっては海外の大学を目指す子が何人も出てきてほしいなとも思っています。

 もちろん基礎的な学力はおろそかにせず、ICTを利用したアダプティブな個別学習を取り入れ、生徒ひとりひとりの理解や進度に合わせた学習を進めていきます。そして本校では、その「上」に乗っかるもので勝負したいと思っています。授業は一方的に教え込むのではなく、先生たちが考えるきっかけを与えたり、ホンモノを見せたり、工夫を重ねていく場です。

 情報環境には子どもにとって有害なものもたくさんあるので、大人が恣意的に遠ざけて、大人が選んだ確かな情報だけを与える学び方は確かに安全で効率的かもしれません。ですが、子どもたち自身が情報の価値を見分けられる「目」を養うことこそ、彼らの本当の自立のためには重要なのではないでしょうか。中学・高校ではたくさん試行錯誤し、時には失敗することも貴重な経験です。そんな経験も糧にしながら、自分の力で立ち上がり、大きく成長していってほしいと願っています。

ドルトン東京学園 田邊則彦副校長
--ありがとうございました。

 「田邊副校長の就任で、ドルトン東京学園の人気に拍車がかかった」との評判には、おおいに頷けるインタビューだった。6月にはスポーツ、秋にはSTEAMやアートのフェスティバルが催され、1期生の学びのようすを見学できるほか、夏の体験授業も予定されている。校舎だけだった昨年とは違い、命が吹き込まれたドルトン東京学園のライブ感をぜひ味わってみてほしい。
《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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