地方のスタンダードな公立校、長野県坂城高校の挑戦(2)学習意欲がないのは、生徒の責任ではない

このコロナ禍で、一部の学校によるICTを活用した先進的な事例が注目を集めた一方、日本全体ではオンライン化の遅れによる学力格差の拡大も懸念されている。

教育・受験 中学生
地方のスタンダードな公立校、長野県坂城高校の挑戦
  • 地方のスタンダードな公立校、長野県坂城高校の挑戦
  • STEAM型学習のようす(1年生)
  • 保育体験のようす(1年生)
  • 選択科目・生物の稲作体験のようす(3年生)
 このコロナ禍で、一部の学校によるICTを活用した先進的な事例が注目を集めた一方、日本全体ではオンライン化の遅れによる学力格差の拡大も懸念されている。

 経済産業省「未来の教室~learning innovation~」の実証事業に手を挙げ、選ばれた地方のスタンダードな公立校、長野県坂城高校が、具体的にどのようにICTを活用した取組みを行っているのか。オンライン取材を申し込み、伊藤浩治校長に話を聞いた。

 「地方のスタンダードな公立校、長野県坂城高校の挑戦(1)ICT活用で生徒の集中力が向上」に続く連載2回目(全3回)は、ICT活用で学習の生産性が上がったことによって創出できたPBL(プロジェクト学習)について。

PBLの探究活動で、生徒たちの表現力・論理的思考力が高まる



--個別最適化学習のための無学年式デジタル教材「すらら」の導入によって先生方の負担が軽減されたとともに、生徒さんたちの主体性が高まり、学習時間が増えたというお話でした。実際に授業の進度がスピードアップするなど、具体的な成果は現れましたか。

 「すらら」を導入する際、個別最適化学習をすると生徒の進度が速くなり、そこで余った時間をPBL(*4)に振り分けることができる、との説明を受けました。確かに東京の千代田区立麹町中学校の事例では、AI教材を使って数学の授業時間が半分に短縮されたという具体的な成果が出ています。一方で本校の場合は、進度が速まったかという点では、まだそういうデータは取りづらいのが現状です。
*4 PBL(プロジェクト学習):生徒が主体となり、少人数のグループで問題解決・意志決定・情報探索などを通じて問題解決を目指す学習形態のこと。

 ただし、導入後の今と比べれば、以前は生徒たちが身に付けられる学力というのは決して十分ではなかったことは確かです。今は、生徒たちの学習時間は明らかに増え、家でも勉強するようになっています。

 つまり、決められた授業時間数と教員の労力には変化がなくても、授業中寝ている生徒がいなくなり、学習時間は確実に増え、トータルとして成果が上がるようになってきている。これは授業の効率化というより、生産性が上がったと言ったほうが適当かもしれません。我々には、この「生産性の向上」という切り口のほうがフィットしているように感じています。

--前回、「すらら」の英語と数学について、導入後のお話を伺いましたが、国語に関してはいかがでしょうか。

 「すらら」の国語は読解力、論理力に主眼を置く教材設定です。一方、本校の国語で従来から重視してきたのは、漢字の書取りや四字熟語、ことわざ、敬語の正しい使い方などです。こうしたものは「すらら」ではあまり扱わないため、正直なところまだうまく噛み合っていないところもあります。とはいえ、導入後は読解力が少しずつ身に付き、テストの問題文がきちんと読めるようになる、論理的に話ができるということにつながってきている実感があります。

--読解力、論理的思考力が身に付いてきているという実感は、具体的にどういったところで感じるのでしょうか。

 実際に、PBLの探究活動をしている中で、生徒たちの文章力、表現力がどんどん向上しているんです。ですから、「こうした力はもっと増強したほうがいいだろう」という意識が、校長の私だけではなく教員の間にも共有されつつありますね。

 たとえば本校の場合は卒業後に就職する生徒の割合が6割を超えており、彼らが就職試験の面接の際、論理的に話ができる、表現力があるというのは高い評価を受けます。今後も引き続き、リーディングスキルテスト(文章に書かれている意味を正確にとらえる力、基礎的な読む力を測定・診断するテスト)などを通じて検証を行っていく予定です。

--坂城高校では、「すらら」による個別最適化学習と合わせて、マイナビとトモノカイによるPBLへの支援も受けています。これはどういった経緯で導入が決まったのですか。

 STEAM型学習の一環で、本校では卒業後に就職する生徒が多いこともあり、キャリア教育を扱っています。たとえば、本校では、以前から坂城町にあるさまざまな会社をグループごとに見学し、実際の現場を知る体験学習を行っているのですが、残念なことにこれまでは生徒への動機付けが足りず、ただ行って帰ってくるだけ、という行事になってしまっていました。結果として生徒たちは、会社の方がせっかく一生懸命説明してくださっているのに、寝てしまったり、そっぽを向いていたりと、態度もあまり良くない状況でした。そこで、企業見学というキーワードの中で、この体験学習をSTEAM型の探究学習にブラッシュアップできないかと考えたのです。

STEAM型学習のようす(1年生)
STEAM型学習のようす(1年生)

歳の近いメンターの力で自己効力感が向上



--マイナビとトモノカイはそれぞれどのような役割なのですか。

 マイナビの「フィールドスタディプログラム」は、地域企業と接する機会が少ない高校生向けに、探究学習の時間を活用して、地域企業・産業界との接点を創出するものです。地域の経済圏を学びの題材として、地域企業が抱える課題に焦点を当てます。トモノカイは、このプログラムを実際に運用する役割で、専攻やインターン経験を生かした大学生・大学院生のメンターを派遣し、高校生たちと交流しながらプログラムの浸透をはかります。

--このプログラムを通して、生徒に変化はありましたか。

 これはもう、本当にびっくりでした。我々が想定する以上に変化が起こってしまったといってもいいでしょう。これまでは進路ガイダンスなどでグループワークをやらせても、みんなシーンとして、こっちが振ってもボソボソっとしか話さない。まったく議論が盛り上がらないというのが定番でした。ところがトモノカイからのメンターが入ると、最初は少し身構えていたものの、2、3回オンラインでミーティングをやると、どんどん打ち解けていったのです。

 事前学習では見学に行く企業の強みを研究して、見学後には自分たちでその企業の新たなビジョン、「未来予想図」を提案してみようという流れなのですが、事前学習ではメンターがサポートしながら質問を列挙させてくれていたこともあり、見学の際に生徒たちから活発に発言が出て、企業の方もびっくりされていました。プログラムの終盤、企業に発表するプレゼンをつくる際には、役割の切り分けはメンターが行い、それぞれの役割に生徒たちは一生懸命取り組んでいました。欠席者はリモートで参加したり、時間内に終わらなければ放課後に残ってやったり、本当にワイワイと楽しそうにやっていました。

--生徒さんたちにそのような変化が起きた要因は何だったと思いますか。

 やはりメンターの存在だと思います。PBLをやるといっても、生徒たちにいきなり自律的にやらせるにはハードルが高すぎるので、歳の近いメンターに先導し、伴走してもらえたのは大きかったですね。生徒たちが突飛な発言をすると、これまでの我々なら「そんなことできるわけないだろう」と一蹴していたようなことでも、メンターの学生たちは「面白いこと思いついたね!」と返してくれる。できる、できないかはひとまず置いておいて、「できたら面白いよね」っていう話をしてくれるんです。すると生徒のほうは、もしかして自分は「結構いいこと言ったかな?」という自信を得ます。

保育体験のようす(1年生)
保育体験のようす(1年生)

 生徒たちの発言を認めながら、発言しやすい環境をつくっていただいた。それで生徒たちの気持ちが解放されたんじゃないかなと思います。そういうようすを見て、我々のほうがこれまでの姿勢を反省させられた面もありました。

 実際にこのプログラムを経験した高校1年生のプレゼンは企業側からも高く評価され、「成果が出ているね」と言っていただきました。

学習意欲がないのは、生徒の責任ではない



--学校全体の雰囲気も変わってきましたか。

 すごく自分の意見を率直に伝えるようになってきました。クレームではなく、ちゃんと論理的に話にくるんです。だから私も論理的に返すのですが、こういう対話ができる生徒が増えてきて、私もとても楽しいです。

 以前、私は生徒から、「学校に勉強しにきているわけではない」「友達と仲良くできればそれでいい」と言われたことがありました。そのときはショックでしたが、今振り返ればそれは、彼らが本心から言っている言葉ではなかったな、と。むしろ、我々がそう言わざるを得ないような気持ちにさせてしまっていたのではないかと反省しています。

 そんな学校のままでは、未来はないでしょう。学習意欲がないのは、生徒の責任ではない。この約1年間で、生徒たちが変わった、というよりも、それ以前も多彩な個性、才能をもった生徒たちはたくさんいたのに、それを発揮できる場を学校が提供できていなかっただけなんです。

 子どもたちに「やってみよう」「自分にもやれるかも」という自信、自己肯定感をもってもらうこと。そのためには、基礎学力に加えて、表現力、コミュニケーション力、論理的思考力などを身に付けることで、さらに自分の個性、能力を発揮できるようになる。今ようやくその環境ができ、生徒たちが自分らしく、自分の主張がきちんとできるようになりつつあります。実際に、主体的に試行錯誤を重ねながら、さまざまな挑戦をしようとしている生徒がどんどん現れていて、私はとても感動しています。

--生徒1人1台にPCと高速大容量の通信ネットワークを整備するGIGAスクール構想が、新型コロナウイルスをきっかけに、前倒しで進められることになりました。親として、あるいは教育者として、どんなことに気を付けて、このICT化に向き合っていけば良いでしょうか。

 PCや学習アプリは万能の道具ではなく、これはあくまでツールに過ぎません。大切なことは、このようなツールを使って、子どもたちの5年後10年後、どんな大人に成長して欲しいのかという将来像です。そこがスタートラインだと私は思っています。その将来像のイメージがないと、結局はツールの導入という目的だけがひとり歩きし、単なるブームで終わってしまう。そして、また違うものが出てくればそれに飛びつくことの繰り返しです。

選択科目・生物の稲作体験のようす(3年生)
選択科目・生物の稲作体験のようす(3年生)

 本校が掲げる将来像は、主体的に自分の将来のキャリアをつくりあげていけるような社会人を育てること。その主体性、そして探究的に物事を考えていく力を育むには、基礎学力としてそれをサポートする学習アプリが必要であり、主体的、探究的な学びをするためのSTEAM型PBLが必要だ、というふうに、具体的な手段が見えてくるわけです。

 もし今、親御さんたちで、自分の子どもが受けている教育に不安や物足りなさを感じるなら、目の前のわが子がどんな人間に育ってほしいと思っているのかを今一度よく考え、そのためには何が必要か、どんな手段があるかを調べてほしいですね。今は学校以外にも手段は色々とあります。その中から使えるもの、お子さんに合ったものを選択していけばよいのではないでしょうか。

 もしかしたらその選択ではうまくいかないことがあるかもしれません。私も何度もそんな経験をしてきました。でも、失敗の経験は糧になります。なぜなら、次の新たな選択の際、過去の失敗と比較でき、それがより良いものかどうか判断できるからです。現在の環境を嘆いたり、失敗を恐れて二の足を踏んだりするよりも、まずは新しい事にトライしてみる。ビジョンに向かって、一歩でも前に進むことが大事なのではないでしょうか。

 連載最終回「(3)生徒たちひとりひとりが達成感を感じ、学ぶことの楽しさを知る」へ続く。
《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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