地方のスタンダードな公立校、長野県坂城高校の挑戦(3)生徒たちひとりひとりが達成感を感じ、学ぶことの楽しさを知る

このコロナ禍で、一部の学校によるICTを活用した先進的な事例が注目を集めた一方、日本全体ではオンライン化の遅れによる学力格差の拡大も懸念されている。

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地方のスタンダードな公立校、長野県坂城高校の挑戦
  • 地方のスタンダードな公立校、長野県坂城高校の挑戦
  • 伊藤浩治校長
  • 小木曽先生(英語)と柴田先生(数学)
  • 生徒に対してのアンケートでは、5~6割が「授業に集中しやすくなった」とポジティブな回答
  • 英語・国語のテストにおいてスコアが向上。回答時間が短縮できた。
  • スタディログによって、今まで見えなかった生徒ひとりひとりの努力を見える化。その努力を承認していく。
 このコロナ禍で、一部の学校によるICTを活用した先進的な事例が注目を集めた一方、日本全体ではオンライン化の遅れによる学力格差の拡大も懸念されている。

 経済産業省「未来の教室~learning innovation~」の実証事業に手を挙げ、選ばれた地方のスタンダードな公立校、長野県坂城高校が、具体的にどのようにICTを活用した取組みを行っているのか。オンライン取材を申し込み、話を聞いた。

 全3回の連載の最後は、坂城高校が個別最適化学習のための無学年式デジタル学習教材「すらら」を導入して約1年。導入の手応えや生徒たちの反応について、英語の小木曽先生、数学の柴田先生と伊藤浩治校長に話を聞いた。

一斉授業では味わいにくかった、承認要求が満たされる経験



--現在のICTを活用した個別最適化学習は、具体的にどこが優れていると感じていますか。

小木曽先生(英語):早く進められる生徒は、こちらが指示しなくても自分でどんどん進めています。一方、英語が苦手な生徒に関しては、AIが定着度を測りながら、わかるところが出てくるまで徐々にレベルを落としていくので、そのレベルから「解ける」→「マルをもらう」ことによる達成感が得られます。そういう生徒たちにとって、勉強で「できた!」と実感できるのは、承認要求が満たされる瞬間であり、一斉授業ではなかなか経験できなかった達成感なんですね。歩みはゆっくりですが、そうやって少しずつ学力が向上している手応えは感じています。

柴田先生(数学):以前の数学の授業での一番の課題は、一斉授業ではひとつの内容しかできないので、クラスの中には、わからなくて手が止まってしまう生徒と、すぐにできてしまってやることがない生徒が混在してしまうことでした。それが「すらら」の導入によって、皆が何かしらやっている、というクラススタイルになり、授業の雰囲気が改善しました。中学では学校の授業についていけなかった子が、高校に来てからは自主的に勉強するようになったという保護者の声も聞かれます。

小木曽先生(英語)と柴田先生(数学)
小木曽先生(英語)と柴田先生(数学)

小木曽先生(英語):校長の話にもあったように、坂城高校には、中学までは学校に行けない、教室に入れないといった経験をしてきた子たちがいます。あるいは、識字の障がいがあったり、注意欠陥の傾向があったりして、それまでは学習の成果が上がらなかった子たちも、「もう一度学び直したい」と思って入学してきます。

 そういった子たちにとって、依然として毎日学校に来て授業を聞くことは難しくても、別の空間から自分のパソコンを通じてコミュニケーションが取れ、同じ課題に取り組む機会が得られます。これは我々にとっても、これまで以上に彼らをサポートできる可能性が増えているということです。

生徒に対してのアンケートでは、5~6割が「授業に集中しやすくなった」とポジティブな回答
生徒に対してのアンケートでは、5~6割が「授業に集中しやすくなった」とポジティブな回答

柴田先生(数学):学習効率が非常に良いシステムなので、他校でも適用できるのではないかという観点でも色々と模索しています。この坂城高校でこうして1年で成果が現れるということは、かなり汎用性があるはずです。

生徒ひとりひとりが何かしら自分なりに進めている



--一方で、どんな課題がありますか。

小木曽先生(英語):教員にとっては、ドリルやプリントを準備する時間は減り、文法や単語など知識ベースのインプットをすららに任せる一方、レクチャーの部分は、本校の生徒にはそれを聞いて理解するのは、まだ難しい状態です。すららをやる前に、「この知識を入れておいたほうがいいな」というところは授業で少し説明してから、「じゃあやってみよう」ということが多いです。

英語・国語のテストにおいてスコアが向上。回答時間が短縮できた。
英語・国語のテストにおいてスコアが向上。回答時間が短縮できた。

 全体的に英語力はけして高くはないのですが、それでも半分の時間は教科書を読み、それをテーマとしてChromebookで調べさせて、レポートを書かせています。インプットとアウトプットを半分ずつに切り分けて、相互作用で英語力を高めようと工夫しています。

柴田先生(数学):数学の場合、昨年の秋にスタートした際には、その学年の学習指導要領に基づいた範囲をいきなりやらせようとしたのですが、生徒たちのレベルには合わず、難しすぎて「もう嫌だ」と投げ出されてしまいました。そこでこの4月からは、小中学校の学びから、下積みのように上げていく方法に切り替えたところ、半年以上たった今でも、その学びが止まることはありません。まずはシステムに慣れさせる意味でも、易しいレベルからのスタートは、生徒たちにとって入りやすかったようです。

--小中学校からやり直しをすると、高校の範囲が終われないのではないでしょうか。

柴田先生(数学):確かに高1全員が数Iをクリアできるかといえば、正直それは難しいとは思っています。とはいえ、やれなかった授業があったとしても、すららのコンテンツとしては残っているので、2年生になって足りないところがあれば補っていけばよいと思います。

小木曽先生(英語):授業で皆に同じプリントを配って一斉にやったとしても、果たしてそれが身に付いているのか。習得しなければ結局はやっていないのと同じことなので、仮に終われなくても個々がそれぞれのレベルまで定着できていればいいのではないかと思います。ほかの高校生に比べたらレベルは高くないかもしれないですが、英語ができると思えるようになった生徒は少しずつ出てきています。こうして一歩ずつ歩みを進め、「できるようになった」という自信を感じられることこそ大事なのではないか、と思いますね。

柴田先生(数学):数学でも、自分がつまずいたレベルの易しい問題から積み上げていくので、子どもたちの表情からは、「自分にもできる」という自己効力感を感じているようすが見られます。数学に主体的に触れる時間というのは明らかに増えていて、何かしら自分なりに進めている。以前に比べ、学習の効果はかなりアップしているように感じます。

スタディログによって、今まで見えなかった生徒ひとりひとりの努力を見える化。その努力を承認していく。
スタディログによって、今まで見えなかった生徒ひとりひとりの努力を見える化。その努力を承認していく。

学ぶことの楽しさ、面白さを知って、社会へ



伊藤校長:実はすららを導入する前は、学習アプリを使ったとしても、小学校の段階から学力が不足している子が小学校レベルまでさかのぼると、永遠にそこから這い上がってこられないのではないかと心配でした。

 というのも、私は昔、学び直しのためのプリントを100ステップくらいつくったことがありました。英語だとアルファベットの書き方からローマ字の書き換えなど、スモールステップでやらせてみたのですが、紙だとすぐ飽きてしまう上、つまずくともうそこで心が折れて、それ以上進められない生徒が出てくる。そうすると彼らはモチベーションが保てませんから、授業も荒れてしまい、結果として先生方をかなり疲労させてしまいました。この苦い経験から、もしかしたら今回すららを導入しても、また同様のことが起きるのではないかという不安はあったんです。

 でも私自身も実際にすららを何度も使っていますが、できないところまでやり直しに行っても、そこを完璧にするまでは次に進めないという仕様にはなっていません。永遠に千本ノックをさせられて、試合ができないという仕様ではない点が秀逸です。つまり、その生徒が重要なポイントはある程度理解できたなとAIが判断したら、また高校生のレベルに戻してくれる。生徒にとっては、「高校の数学を学ぶために、足りていない知識を少し補強する」という仕様です。

 私は、学習には、年齢相応に学ぶべき内容があると思っています。計算ができないから、文章がスラスラと読めないから、渾々と小学生の内容ばかりやらせても意味がない。それは生徒たちのプライドを傷つけるだけです。計算が苦手なら計算機があるし、文字が読めないなら、読み上げソフトを使えばいい。視力によってメガネをかけるのと同じことではないでしょうか。

 それよりも、たとえばベクトルって何なのか。その意味が学習の中で理解できるだけでも、大きな意味があるはずです。私が作ったプリントではそういう学習法が実現できなかったけれど、ICTでそれが実現できている。自分が失敗したからこそ、技術はここまで進歩しているのかと感動すら覚えます。

伊藤浩治校長
長野県坂城高等学校 伊藤浩治校長

 学習指導要領に書かれていることをすべて子どもたちに定着させようとするのではなく、そこで使われている思考や論理を身に付けてほしい。それが我々の目標です。社会に出たときにそれを生かせる。そして学ぶことの楽しさ、面白さを知って、社会へと巣立って行ってほしい。心からそう思っています。

--ありがとうございました。

 この約1年間で「生徒たちが変わった、というよりも、それ以前も多彩な個性、才能をもった生徒たちはたくさんいたのに、それを発揮できる場を学校が提供できていなかっただけ」という伊藤校長の言葉が印象的だった。地方のスタンダード校、坂城高校の挑戦は、EdTechが子どもたちひとりひとりの多様な才能を引き出すために欠かせないインフラであることを証明していると言っていいだろう。

 一方で伊藤校長は、「どんな大人に成長して欲しいのかという将来像がスタートライン」「その将来像のイメージがないと、結局はツールの導入という目的だけがひとり歩きし、単なるブームで終わってしまう」とも強調した。

 インフラだけでなく、ビジョンとの両輪があってこそ。混沌とした未来を前に、子育てでも教育現場でも常に心に留めておきたい大切なメッセージだ。

◆地方のスタンダードな公立校、長野県坂城高校の挑戦
(1)ICT活用で生徒の集中力が向上
(2)学習意欲がないのは、生徒の責任ではない
《加藤紀子》

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