地方のスタンダードな公立校、長野県坂城高校の挑戦(1)ICT活用で生徒の集中力が向上

このコロナ禍で、一部の学校によるICTを活用した先進的な事例が注目を集めた一方、日本全体ではオンライン化の遅れによる学力格差の拡大も懸念されている。

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地方のスタンダードな公立校、長野県坂城高校の挑戦
  • 地方のスタンダードな公立校、長野県坂城高校の挑戦
  • 未来の教室実証事業の目的
  • 「すらら」においては、「知る」についての支援を行い、教科学習の効果・効率の向上を目的とした。「創る」の学習の成果の安定化、効率化、最大化をマイナビとトモノカイが担当。NTTドコモは環境面を支援。
  • 英数国3教科で教員による授業と、すららを利用した授業のハイブリッドで展開
  • すららを利用した授業のようす
  • 個々のペースで学習(対象は高校1年生75名、生徒と教員1人1台Chromebookを利用)
 このコロナ禍で、一部の学校によるICTを活用した先進的な事例が注目を集めた一方、日本全体ではオンライン化の遅れによる学力格差の拡大も懸念されている。

 「うちの地元じゃ無理」「都会の学校は別世界」「学校には何も期待していない」…そんな思いを抱える親子、先生も実際には多いのではないだろうか。

 ところが今、この閉塞感に希望の光を灯すのが、地方のスタンダードな公立校、長野県坂城(さかき)高校での挑戦だ。きっかけは、経済産業省「未来の教室~learning innovation~」(*1)の実証事業に手を挙げ、選ばれたことだ。坂城高校は学力の幅が広く、不登校や学習障害を抱える多様な生徒も受け入れており、卒業後は6割以上が地元に就職する。
*1 未来の教室 Learning Innovation:経済産業省が、EdTech・個別最適化・文理融合(STEAM)・社会課題解決をキーワードに行っている、効率的な知識習得と創造的な課題発見・解決能力育成を両立する新たな教育プログラムの開発・実証。

 地方のスタンダードな公立校での挑戦とは、一体どのような内容なのか。オンライン取材を申し込み、伊藤浩治校長に話を聞いた。

同校で理科教師として9年間教壇に立った後
「生徒も先生も前向きにしたい」という思いを抱き校長に着任



--まず最初に、坂城高校はどういった特徴のある学校か教えてください。

 長野県の北部にある長野市と上田市の間に千曲川が流れています。この川の流域沿いにある坂城町という町にある、全日制普通科の高校です。県内では大きな長野市と上田市という2つの都市の間にしなの鉄道が走っており、広域から生徒が集まってこられる利便性の高い立地です。

 坂城町というのは200社くらい、小さな製造業の会社が集まっているところで、卒業生の60%以上は、高校卒業後にこうした地元の会社に就職していきます。進学する生徒もいますが、地元に近いところを進学先に選び、卒業後は再び地元に戻って就職をするケースが多いので、本校は最終的に地元を支えていく、地域産業の核となる有意な人材の育成を念頭において、教育活動を行っています。

--伊藤校長は、校長に着任される以前にも、坂城高校で9年間、理科の教員として教壇に立たれていたそうですね。坂城高校の生徒さんにはどのような印象をもっていますか。

 生徒たちはフランクに先生と会話するなど、非常に素直な子が多いですね。ただ、中学時代には不登校だったり別室登校だったり、あるいは発達障害といった課題を抱えている生徒たちもいて、学力面では非常に幅が広い生徒が入学してきます。高校に入るまではあまり学校生活で良い思いをしてこなかった子たちが入学してくる割合が高くなっています。

--学校に対して不安を抱えたまま入学してくる子が多いということでしょうか。

 そうですね。学校の先生に対して斜に構えるというか、最初は非常に不安感をもっている子が少なくありません。でも、根っこのところはとても素直な子たちなので、その子の気持ちをしっかり聞き、受けとめてあげて、何をしていきたいのかということをきちんと対話してあげると、だんだんと気持ちが打ち解けてきて、学校生活を一生懸命取り組むようになっていきます。そういう意味では、教員の立場からすると非常にやりがいのある学校だと思い、これまでさまざまな取組みをしてきました。

--校長として、学習にICTを活用しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

 先ほども申し上げたとおり、学力面では非常に幅が広い生徒が入学してくるので、対面型一斉授業では、なかなかターゲットが絞りづらいんです。現場の先生方は、あるレベルに絞ると、それよりも上位層、あるいはもう少し頑張らなければいけない層が取り残されてしまうというジレンマを抱えていました。

 また、一斉授業という形態になじめないお子さんたちも、非常に困難を抱えていました。そして教えている先生方も、そこがうまく改善できないため疲弊しているという状況にありました。

 そのような中で、“EdTech”(*2)の話を聞いたとき、ピンと来たんです。これを活用して生徒ひとりひとりに合った教育が実現できれば、先生方も生徒たちも気持ちが前向きになれるのではないかと思ったからです。
*2 EdTech:Education(教育)× Technology(技術)を組み合わせた言葉。教育分野にテクノロジーを活用しようとするビジネスやサービスなどを指す。

地域のスタンダード校という位置づけで選んでもらえた「未来の教室」の実証事業



--そこで、「未来の教室」の実証事業に手を挙げられた、と。

 ICTの活用にはどうしてもお金がかかるので、これは思いだけではどうしようもないなと思っていた矢先に「未来の教室」のことを知って、思わず手を挙げさせていただきました。採用が決まったときは、まったく無名の地方の県立校で「なぜ坂城なのか?」と不思議なくらいでしたが、あらためて日本全体を俯瞰してみると、全国の高校の70%以上は本校のような公立校なんですよね。ですから、地域のスタンダード校という位置づけで選んでもらえたのだと思います。

未来の教室実証事業の目的
未来の教室実証事業の目的

--現場の先生方の反応はいかがでしたか。

 実は長野県でも、この「未来の教室」以前から、「未来の学校構築事業」という取組みが立ち上がっていて、本校も少人数学級の改革の研究校に指定していただいていました。そこで、先生方にはICTを使った個別最適化学習(アダプティブ・ラーニング)の導入事例の視察に行ってもらったこともあったので、「未来の教室」の実証事業にも比較的入りやすかったのではないかと思います。

 一方で、最初はパソコンを壊されるのではないかとか、盗まれてしまわないかとか、そもそもタイピングができるかとか、さまざまな不安や危惧は声としてあがっていました。

--実際にChromebook(*3)を生徒さんたちに渡した際は、どんなようすでしたか。
*3 Chromebook:GoogleのChromeOSを搭載したコンピューター。

 我々が思っていた以上に、生徒たちは適応能力が高く、ICT機器に対するアレルギーがないのには驚きました。

 タイピングについては、最初にアカウント登録などをする際、生徒たちには難しいだろうと、NTTドコモさんにキーボードの配置から全部、初歩的な手順の説明を細かくお願いしていたのですが、まったくの杞憂でした。生徒はどんどん勝手にやる(笑)。まず触ってみる。キーボードを叩いてみる。「あれ? 動かなくなっちゃった」とか、「ローマ字入力で“りょ”ってどうやって打つんだっけ?」とか、友達に聞きながら、どんどん自分でできてしまうんです。

 生徒たちのようすを実際に見に来ていただいたらわかるのですが、生徒たちはパソコンを自分で常に持ち歩いています。持ち帰りもできるので、家でも使っています。当初の懸念にあった、そこらへんにポイと置いてあっても、それが壊されたり盗まれたりしたケースは一度もありません。

 ただ、これは実際に使ってみる中でわかってきたことなんですが、学校の教室の机って小さいんですよね。そこに教科書とノート、パソコンを置いたらもういっぱいで、それによる落下の破損はあります。

--昨年の10月から英語、数学、国語の授業に、個別最適化学習のための無学年式デジタル学習教材「すらら」が採用されましたが、まず、10月以前の授業のようすはどのような感じだったかお聞かせいただけますか。

 たとえば、数学だと高1では数I、高2では数IIを扱うのですが、正直に申し上げると、本校の生徒にとってはとても負担感が大きい内容です。教える側の先生方も、どうやって皆がわかる授業にするか、非常に腐心していました。

 元々本校では、昔からプリントを使った学習を行い、そのプリントをきちんとやっているかを評価の対象にするとともに、テストもそのプリントから出題していました。

「すらら」においては、「知る」についての支援を行い、教科学習の効果・効率の向上を目的とした。「創る」の学習の成果の安定化、効率化、最大化をマイナビとトモノカイが担当。NTTドコモは環境面を支援。
「すらら」においては、「知る」についての支援を行い、教科学習の効果・効率の向上を目的とした。「創る」の学習の成果の安定化、効率化、最大化をマイナビとトモノカイが担当。NTTドコモは環境面を支援。

 でも結局のところ、それでは本校の生徒たちにとってはどうしても「穴埋め」作業になってしまうんです。授業ではただ記録という作業をして、テストの前にそこを暗記してそのままアウトプットするのみ。学力をつける、という意味で果たしてこれでよいのだろうかという悶々とした思いを、教員としての9年間もち続けていました。

 さらにこれは、先生方にとっても大きな負担でした。クラス全体が大体納得できるような内容に収斂したプリントをつくるというのは、非常に時間のかかる作業だからです。新任で来ると1から準備してつくらなければいけませんし、だからといってそうしたプリントを使わず、板書型の授業でサクサクと進めてしまうと、生徒にとっては聞いているだけになり、どうしても頭に入ってこないので、授業の雰囲気が乱れてしまっていました。

自分でできることにトライする、主体性をもった生徒が増えてきた



--「すらら」導入後はどんな変化がありましたか。

 導入後約1年が経ちましたが、英語と数学に関してはフィットしてきているのかなという手応えは感じています。詳しい話は後でそれぞれ担当教諭がお伝えしますが、生徒たちの学習時間は明らかに増えています。

 「すらら」のコンテンツがとてもよくつくられていて、声優を使ったり、キャラクターに工夫があったり、取っつきやすい内容です。生徒たちはゲームのようにやっている子も多く、クリア数を増やしたいからと、ガンガン進めていく。この「ゲーム感覚」で自然と力がついていくというところがいいのかなという気がしています。

英数国3教科で教員による授業と、すららを利用した授業のハイブリッドで展開
英数国3教科で教員による授業と、すららを利用した授業のハイブリッドで展開

 端末は家に持ち帰れるので、家でも自主学習をしている子がいます。以前は家で勉強する子は少なかったので、「なんで家でも勉強するの?」と聞いてみたら、「ランキングに載りたい」と。「すらら」では学習時間のランキング上位者が全国レベルで毎月発表されるんですよ。そうするとアイテムのようなものがもらえたりするらしく、それを狙っているっていう子もいますね。

--生徒さんたちの学習に対するモチベーションは変わったといえるでしょうか。

 「すらら」をやっている授業を何度も見ていますが、一番の大きな変化は寝ている生徒がいなくなったことです。課題にまったく手がつかない生徒や、すぐ終わり、手持ち無沙汰になる生徒がいなくなりました。

 もちろん、「すらら」だけだと問題を解いて入力する作業ばかりで生徒たちが疲れてくることもあるので、先生方も色々と工夫をして、「すらら」の学習内容と日常生活を関連づけて考えさせたりしています。たとえば、Chromebookでエクセルを使って平均値や標準偏差といった統計的な課題に取り組ませていると、生徒たちは非常に落ち着いて真摯に課題に向き合い、笑顔も見られます。

すららを利用した授業のようす
すららを利用した授業のようす

 また、生徒同士「ちょっとここわかんないんだけど?」「あぁ、それね」といった、学習内容について話し合う場面が、授業中に見られるようになりました。先生のほうはというと、モニターを見ながら、つまずいている子がいたら横に行って「どうした?」と声をかけたり、「どこでつまずいたかな?」と支援に入ったりします。だからといってガヤガヤとうるさくなっているかというと、そうでもない。周りのことも気にかけながら自分の課題に取り組んでいるという、授業が非常にいい雰囲気になっていると感じます。

--生徒さんたちが一番変化したところはどこですか。

 自分でできることにトライしようとしている、主体性をもった生徒が増えてきましたね。たとえば英検で、4級に受かるか受からないかくらいのレベルだった生徒が、それこそ先ほどいったランキングの上位者に名前が載るくらいものすごく勉強して3級に合格しています。

個々のペースで学習(対象は高校1年生75名、生徒と教員1人1台Chromebookを利用)
個々のペースで学習(対象は高校1年生75名、生徒と教員1人1台Chromebookを利用)

--就職しようと考えていた生徒さんも大学進学を目標にするようになるのではないでしょうか。

 生徒がこんなことをやりたいという気持ちで進学を望むなら、学校としては全力で応援します。ですが、大学進学自体を目的にすることはしたくありません。あくまでも坂城高校での3年間は、自分で考え、主体的に自分の将来を切り拓いていく力を身に付けてもらうことがもっとも大事な目標です。実は私自身、昔は進学実績を必死に上げようとしていた経験があり、大人が過度に干渉することの問題点はよくわかっています。本人の意志を尊重せず、大人が敷いたレールを進ませてしまうと、途中で辞める子、その環境に不適応を起こしてしまう子が出てきてしまうんですね。

 その反省に立っているからこそ、君はこうしたほうがいいとか、こっちに進むべきだとか、我々が期待を膨らませて勝手に目標を高めたり、レールを敷いたりしてはいけないと思っています。

 「(2)学習意欲がないのは、生徒の責任ではない」へ続く。
《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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