子供に「べき」を背負わせない…児童精神科医・吉川徹先生<後編>

子供たちが時間を忘れてのめり込み、もっぱら恨まれ役のゲームやネット。ゲームやネットから離れられなくなった子供たちに、親はどう向き合えば良いのか。ネットやゲームとうまく付き合っていくために、どんなことに気を付ければ良いのか。

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子供に「べき」を背負わせない…児童精神科医・吉川徹先生<後編>
  • 子供に「べき」を背負わせない…児童精神科医・吉川徹先生<後編>
  • 児童精神科医 吉川徹先生 と教育ライター 加藤紀子さん
 子供たちが時間を忘れてのめり込み、もっぱら恨まれ役のゲームやネット。ゲームやネットから離れられなくなった子供たちに、親はどう向き合えば良いのか。ネットやゲームとうまく付き合っていくために、どんなことに気を付ければ良いのか。

 「ゲーム・ネットの世界から離れられない子どもたち」(合同出版)の著者であり、自身も「ネットとゲームの世界にどっぷり浸かって成長してきた」という児童精神科医の吉川徹先生インタビュー前編「子供のゲーム・ネット依存が心配…親はどう向き合う?」では、ゲーム・ネットに対して、保護者はどのように向き合えば良いのか、勉強への影響について聞いた。

 後編は、家庭内でのルール作りや、ゲームやネット依存に関して医療機関を受診したほうが良い場合の目安、何もかもゲームやネットのせいにしてしまう風潮の背景にある本質に迫る。

取り上げても減らしても解決しにくい



--「宿題や手伝いなど、やるべきことをやったら好きなだけゲームをやらせても良い」という専門家のアドバイスを聞くことがありますが、先生はこのルールについてどう思われますか。

 これは子供のタイプによるので、晩ご飯を好きなものから食べる子か、嫌いなものから食べる子か。夏休みの宿題は手早く片付けて安心したい子か8月31日にならないとやらない子か。わが子はどちらのタイプかを見極めておくのは参考になると思います。

 先に嫌なことを選ぶタイプなら、「先に宿題やお手伝いを終わらせたら、後は気が済むまでゲーム」というルールで大丈夫だと思いますが、31日にならないとやらないタイプだと、先に宿題をやらせても、丁寧にとか、間違えないようにとか、そんなことに気を配っている余裕はなかったり、うわの空でなかなか宿題が終わらず、結局夜更かしになってしまったりという悪い連鎖も起こりえます。これでは宿題はゲームを邪魔する敵となり、まるで宿題を嫌いにするためのルールになってしまいますし、実際に僕が見ている限り、学校から帰ってきた後はまず休息が必要で、先にゲームを済ませてちゃんとおしまいにしてから宿題に取り組む、という流れが合う子供が結構多いのです。

 ちなみに我が家の例でいうと、宿題が終わっていなくても決まった時間に寝なければいけないというルールにしていて、ゲームが先でも後でも、寝るまでに自分でなんとか時間を見つけて宿題をやっておかなければいけないことになっています。ただし子供が頼んできたら、朝早く起こしてあげるというサービスはしています(笑)。

--拙著「子育てベスト100」(ダイヤモンド社)の中でも、子供のタイプに合わせて学習法を選ぶことを勧めているのですが、勉強嫌いの子が、勉強の仕方を変えればやるようになることは実際にありますか。

 確かに子供がどういう学習のスタイルが合うかを早めに見つけておくのは大事でしょうね。体を動かしていれば集中できる子は確実にいます。つまり今の日本の学校環境だと、じっとしていることが苦手な子は勉強が嫌いになりやすいことは確かです。

 ここでもっとも大事なのは、嫌いなこと・苦手なことの巻き添えを増やさないことです。たとえば字を書くのが苦手な子が、算数の授業で「文章題を書き写しなさい」なんて言われたら、巻き添えを喰らって算数が嫌いになってしまうでしょう。あるいは、国語以外の教科で、ノートに書いている字の「とめ・はね・はらい」を細かく指摘されたら、その教科まで嫌になってしまうなど、元々嫌いなこと・苦手なことはちょっとしたことなのに、他のことも一緒くたに嫌いになるというのは実際によく起きています。

 それでも10年、20年前に比べれば、じっとしていられないとか、字を書くのが苦手とか、子供の特性を学校に理解してもらうための交渉もずいぶんしやすくなってきています。

--仕事柄、スーパーマザーと呼ばれるお母さんたちにお会いする機会があるのですが、最近共通して感じるのは、「押すより引くのがうまい」ということです。「これはちょっと子供に受けないな」と思ったら、サッと引いて、違う方法を提示する。そういうやりとりの中で、子供がこれだ!とハマる方法を探っていくのが上手なんですよね。

 そういう親御さんは、好きと嫌いのアセスメント(査定)が上手ってことですね。この課題は子供がどれくらい、内なる思いからやりたいものなのかとか、これをやらせてみたら好きあるいは嫌いになりそうだとか、そこの見極めが自然とうまくできるんですね。

--子供が好きなことを見つけるために、親にはどんなことができますか。

 アンパンマンでも仮面ライダーでも、野球でもサッカーでも何でもいい。子供が幼いころから、好きになったものを取り上げないことです。実際には「勉強の邪魔になるから」という理由で取り上げられることが結構よくあります。子供が飽きてやらなくなるのは仕方ないけれど、せっかく好きになったものは取り上げないことが絶対に大事です。

--ゲームを好きになってしまっても、取り上げないということですか。

 そうです。それも飽きるときが来ると思います。その後はまた、昔好きだったものにリバイバルすることもありますし。もしウルトラマンにリバイバルしたら、将来は庵野監督みたいになるかもしれません(笑)。

--親のほうには、毎日勉強は適当に済ませ、ゲームに熱中している子供と向き合う中、「わが子はこの沼から果たして抜け出せるのか」「勉強は遅れてしまわないか」という悲痛な思いがあるのですが、それでも取り上げてはいけないんですね?しつこく聞いてしまってスミマセン…(苦笑)

 親御さんのお気持ちはよくわかりますが、それでも待っているほうが無難だと思います。本にも書いていますが、依存状態は固定的ではなく、可変的である場合が多く、実際に子供を見ていると、本当にわりと飽きているんですよ。さらに長い目で見れば、むしろズッポリと沼にはまった経験のある子のほうが、その後は良い人生が送れているのではないかという気がします。

ズッポリとゲームの沼にハマってしまったら



--「依存状態は可変的」とおっしゃいましたが、とはいえゲームやネットの提供側は、少しでも長くユーザーにのめり込んでもらえる工夫を綿密に作り込んでいるプロ集団です。こうした中毒性についてはどうお考えでしょうか。

 先ほども言ったように、ゲームを綿密に作り込まなければいけないのは、ゲームはすぐに飽きられるからです。飽きられないようにするために、プロ集団が綿密に作り込む必要があるわけですが、それでも子供たちは一定期間遊ぶと飽きて、次の新しいゲームをやっていますからね。

 新作のゲームを買い与えることに対してすごく警戒心の強い親御さんがいますが、たとえば3年間に1本しか買ってもらえなかったら、その子はそのゲームをやり続けるしかありませんよね。でも半年に1本ずつくらい新作を供給される子は順番に飽きていくので、「飽きたからこのゲームはおしまい」という経験を積み重ねられます。また、新作のゲームにどんどん浮気をするような子だと、新作欲しさからお手伝いをしたり、友達とその話題で盛り上がりたいからと学校へ行きたがったり、親にとって育てやすさにつながるメリットもあるのです。

--医学的にわかっているネットやゲームの悪い影響について、保護者として知っておくべきことを教えてください。

 確実にわかっているのは、VRや3Dが一部の子供にとって斜視になりやすいということです。また、ブルーライトによる目への影響については未だ議論の余地が残されているものの、大人も子供も寝る前には目に光を入れないほうが良いというのはかなり確実です。睡眠と覚醒のリズムに悪いので、ゲームをやるならお日様が高いうちにやり、外が暗くなったら控えたほうが良いということになります。それ以外だと、ゲームそのものが悪いと証明されているものはあまりありません。

--ゲームやネットへの依存に関し、医療機関を受診したほうが良い目安としてはどのような状況でしょうか。

 医療機関に限らず、外部(学校の先生やスクールカウンセラー、教育委員会が設置している相談窓口など)に相談したほうが良い見極めどころは、家族だけで解決するのが難しいくらい行き詰まっているかどうかです。

 具体的には以下のような状況を目安にしてください。

ゲームもネットも自由に使って良いと認めているにもかかわらず、子供が暴力をやめない


家の中で強盗が起きる(金品を盗む行為は親が管理を行えば回避できるが、金を出せ、クレジットカードを貸せ、など力づくで脅してくる場合)

 

家族の方針が一致せず、両親の足並みが揃わない


親が子供に対し、何がなんでもゲームをやめさせようとすることがやめられない(子供がゲームをしているのを見るとイライラが止まらなくなる)



--子供が主体的にゲームやネットをコントロールする力を身に付けるには、どうすればいいですか。

 そもそも「力を身に付けるためにはどうするか」という考え方だとうまく行きません。とりあえずできる、ということを目指すとこじれることのほうが多いです。そうではなく、子供自身に「ゲームやネットの時間をコントロールしたい」と思ってもらうにはどうすればいいか。子供が「やりたい」というほうを目指すアプローチです。

児童精神科医 吉川徹先生 と教育ライター 加藤紀子さん
児童精神科医 吉川徹先生 と教育ライター 加藤紀子さん

 そのためには子供の心を天秤に見立て、ゲームやネットの反対側にどんなものをお皿に載せてバランスを取ろうと思うだろうかと考えてみてください。そのお皿に載っているものは、将来就きたい仕事かもしれないし、こういう学校に行きたいということかもしれない。あるいは家族と仲良しでいたいという子もいるかもしれません。

 そのためには、(前編で)話したように、子供が好きなことを見つけること。そして子供がいろいろな時間の使い方を知ることが必要です。それには、大人が外で稼いできたお金を使って自分の生活を豊かにしている姿を身近で見て育つこともとても大事ですね。大人になったら灰色の生活が待っているとなると、今を楽しむしかなくなってしまい、天秤の反対側が見つけられなくなりますから。つまり親ができるのは、子供が大人の生活に憧れ、希望をもてる環境をつくることだといえるでしょう。

--天秤に載せられるもの、つまり「これを手に入れるためならゲームやネットの時間を手放してもいいと思える」ものをどれくらい増やしていけるかということですね。

 年齢が上がってくると、親が代わりに探してくるわけにはいかなくなります。そのため、繰り返しになりますが、幼いころにはできるだけ好きなものを取りあげず、飽きるまでハマらせる体験をさせてあげることが大事です。

 親はわが子の「能力」の方に目を向けがちですが、実はこれはこじれやすいんですよ。よくこじれるのは、「好きじゃないけどやるべきだからやる」というもの。運がいいとうまくいくこともあるけれど、こじれたときは相当ややこしくなります。

 以前、NHKの引きこもり特集で「べきお化け」というキャラクターが登場しました。「べきお化け」に取り憑かれて「べき」をたくさん背負うと身動きが取りにくくなり、こじれたところから離れるのが難しくなります。親としてはできるだけ「べき」を背負わせないよう心がけたほうが良いでしょう。

--勉強しないのも、親の言うことを聞かないのも、不登校も、何もかもゲームやネットのせいにしてしまう風潮がありますが、お話を伺って、その背景にあるもっと本質的なところに向き合うことが大事だとわかりました。

 私がいちばん本で書きたかったことはまさにそこです。

 子供のゲームやネットの問題は、取り上げるなり時間を減らすなりすれば解決すると思われがちですが、多くの場合、問題の核心はゲームやネットではありません。不登校の問題も、ゲームやネット依存を治療すれば学校に行くのではなく、学校に行きたくないからゲームやネットに依存しているのだと考えたほうが良い。不登校や引きこもりの相談とゲームやネット依存の相談は重なるところが多いということも知っておいてもらえたらと思います。

 ゲームやネットの問題に向き合ううえでいちばん大事なのは、子供が家族や社会から孤立してしまわないことです。まだまだ研究が追いつかず手探りの部分が多いのですが、不登校や引きこもりについてはこれまでの研究成果の積み重ねがあるので、これをゲームやネット依存の対処に生かさない手はないと思っています。未来は予測できず、変化のスピードも速い時代ですが、今どんなことができるのかを考え続けていきたいですね。

ーーー

 インタビューを終え、吉川先生が本のサブタイトルに「子どもが社会から孤立しないために」と付けられた理由がよくわかった。子供がネットやゲームから離れられなくなった時、そのこと自体をどうにかしようとするのではなく、そうならざるをえなかった子供の背景にある困り事や不安、不満を丁寧に観察し、話を聞き、解きほぐしていくことをいちばんに心がけたい。

子どものこころの発達を知るシリーズ10 ゲーム・ネットの世界から離れられない子どもたち: 子どもが社会から孤立しないために

発行:合同出版

<著者プロフィール:吉川徹(よしかわ とおる)>
 児童精神科医、愛知県医療療育総合センター 中央病院子どものこころ科(児童精神科)部長、あいち発達障害者支援センター副センター長ほかにNPO法人日本ペアレント・メンター研究会副理事長、日本児童青年精神医学会代議員などを担当。愛知県を中心に発達障害のある児童青年の臨床に長年携わっている。

加藤紀子(かとう のりこ)
1973年京都市生まれ。1996年東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、子どものメンタル、子どもの英語教育、海外大学進学、国際バカロレア等、教育分野を中心に「プレジデントFamily」「NewsPicks」「ダイヤモンド・オンライン」「ReseMom(リセマム)」などさまざまなメディアで旺盛な取材、執筆を続けている。一男一女の母。2020年6月発売の初著書「子育てベスト100」(ダイヤモンド社)は、2021年2月現在累計16万部発行のベストセラー本となり、教育関連の書籍では異例の大ヒット作に。(写真撮影:干川修)
《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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