学力低下とゲームの関係…ゲーム規制条例を科学的に検証

国際的な研究を参考に香川県議会が主張するゲーム規制条例の科学的根拠を掘り下げていきます。

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“ゲーム障害”が国際疾病になったいま、ゲーム規制条例を科学的に見直してみる
  • “ゲーム障害”が国際疾病になったいま、ゲーム規制条例を科学的に見直してみる
  • “ゲーム障害”が国際疾病になったいま、ゲーム規制条例を科学的に見直してみる
  • 出典「Video-Games Do Not Negatively Impact Adolescent Academic Performance in Science, Mathematics or Reading」
  • 出典「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例に対する香川県弁護士会長声明に対する見解」
  • 出典「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例に対する香川県弁護士会長声明に対する見解」
  • 出典「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例に対する香川県弁護士会長声明に対する見解」
  • 出典「平成30年度香川県学習状況調査報告書」
  • “ゲーム障害”が国際疾病になったいま、ゲーム規制条例を科学的に見直してみる

ゲーム規制条例を科学的に検証

香川県議会(以下、県議会)は、2020年5月25日に香川県弁護士会会長が立法事実の欠如などを理由に条例の廃止を求める声明を出した際、条例の必要性(立法事実)に関し「教育の現場において、臨床的に未成年者のゲーム依存が学力・体力・精神に悪影響を及ぼす或いはその蓋然性が高い」ことや、県議会が定めたゲームやネットの制限時間の目安として参考にした3つの資料を含めた見解を発表しました。しかし、前提となるゲーム依存の基準が示されていないため、各資料内の主張やドラモンド教授らが挙げた3つの研究における問題、“主観性”、“社会文化性”、“サンプル数”を中心に見解の詳細を紐解いていきます。

まず県議会は、条例の必要性を支持する「臨床的」な証拠として「スマートフォン利用にあたっての児童の悩み・心配事」を提示しました。この資料では、2014(平成26)年と2017(平成29)年の小学4~6年生と中高生を対象に、スマートフォンなど(ソース元では「ゲーム機」も記載)を利用する際に、自身が当てはまる悩みに関連した8つの項目に〇を付ける単純な複数回答質問を元にした折れ線グラフです。

ソース元となった「平成29年度スマートフォン等の利用に関する調査」の全文を確認すると、調査対象は263校、小学生は2,018人、中学生は2,072人、高校生は708人とあくまでゲーム規制条例が「香川県民を対象とした条例」と考えれば、社会文化性もサンプル数も十分であると判断できます。一方で質問は生徒の自己診断に依存した内容であり、更には寝不足の項目等に、具体的な定義(例:睡眠6時間以下)が記載されていないことから、生徒の主観性の影響を受けている可能性は高いです。例えば、慢性的な睡眠不足に陥っている生徒は自身を寝不足と捉えない可能性があります。

さらにこの資料には、ドラモンド教授らが挙げた3つの点とは別の問題があります。県議会は、該当資料に「スマートフォンの利用に当たり「勉強に集中できない」や「寝不足」などの悩みがある子供の割合が増加傾向にあることがわかりました。」と注釈を入れ、該当する中高生の折れ線グラフを吹き出しで強調しています。確かに「高校生の勉強に集中できない」の割合は19.9%から25.7%と約6%も増加している一方で、小学生では10.3%から8.7%と1.6%と微量ではあるものの減少傾向にあります。

県議会は、この項目に関して中学生側も強調していますが、16.2%から17.7%と1.5%の増加と高校生側と比べ微量な上に、変化量でみれば小学生側とほぼ変わらないことが見受けられます。それにもかかわらず、中学生側を強調し、小学生側に起きた減少傾向に対する考察や検証をせず無視した上で、「悩みがある子供の割合が」と一般化するのは恣意的とも考えられ、これを「臨床的」証拠として扱うのは難しいでしょう。

次に県議会は、子供のゲームやネットの利用制限時間を定める際に参考にした資料として「スマートフォン等の利用時間と平均正解率の状況」と「国立病院機構久里浜医療センターによる全国調査結果」を提示しました。

まず「スマートフォン等の利用時間と平均正解率の状況」は、小学5年生から中学2年生の4学年の生徒を対象に、スマートフォン等の利用時間を「全く利用していない」から「4時間以上」まで段階的に尋ねた上で、問題の平均正答率との相関の折れ線グラフが掲載されています。

質問の内容は、自己診断ながらも明確で主観性が入りにくい一方、この資料だけでは回答した生徒の人数や、出題された問題が確認できません。そこで、ソース元になった「平成30年度香川県学習状況調査」を確認したいところですが、出版元として記載されている香川県教育委員会のホームページに記載はなく、同委員会の出先機関である香川県教育センターが出版した「平成30年度香川県学習状況調査報告書」(以下、調査報告書)しか見つかりませんでした。

調査報告書を見てみると、「児童生徒数」や「問題の質と量」の記載があり、回答者の学年やグラフの様式に共通点が見られる一方で、数値が合致する項目が存在せずソース元ではないことがわかります。資料に掲載されているデータが少なく、情報源も確認できないとなると、そのデータに説得力があるのか否かなどの判断が一切できないため、議論するのは困難です。

百歩譲って上記の点に目を瞑ってもまだ問題はあります。県議会は、「スマートフォン等の利用時間が長い児童生徒ほど、問題の平均正答率が低い傾向にある」と資料に注釈を入れましたが、グラフを見ると「全く利用していない」と答えた生徒は「1時間より少ない」と答えた生徒より平均正解率がわずかながらも低いことが確認できます。この矛盾は、「全く利用していない」と答えた生徒の中に、経済的理由でそもそもスマートフォン等を所持していない、言わば学習塾などの学校外教育に投資出来ない層が含まれているからではと考えられます。

それに加え、ゲーム規制条例の適応範囲は18歳未満なのに対し、資料には小5~中2、つまり11歳~14歳までのデータしかありません。そして、15歳以上の生徒を対象にしたドラモンド教授らの研究では、ゲームのプレイ頻度と学力低下の間には関係が見つからなかった点も考慮すると調査の余地が残っており、ゲームが学力低下に繋がっていると結論付けるには時期尚早です。

そして「国立病院機構久里浜医療センターによる全国調査結果」には、日本国内の10歳~29歳を対象に調査したゲームのプレイ時間と、その他の回答を掛け合わせたクロス集計表が掲載されています。この資料では、サンプル数が4,438人(85%)と記載されていますが、抜粋されている質問の内容や、ソース元である「ネット・ゲーム使用と生活習慣についてのアンケート 調査結果」の「過去 12 ヶ月間に、85.0%(男性 92.6%、女性 77.4%)がゲームをしていた。」という記述を見るに、調査対象全体から、ゲームを普段からプレイしている人のみを抽出したデータであると考えられます。表では、「家族との関係が悪くなった」を除く3項目において、ゲームのプレイ時間上昇に伴い当てはまる人の割合が大幅に増えていることが見受けられます。

しかしこのデータは自己診断に依存しており、質問内容も回答者の自己判断に委ねている部分が多いことから、主観性の影響を受けている可能性は大いに考えられます。さらに資料では、調査対象に関して「10~18歳のサンプル数が多くなるように設計した上で無作為抽出」と記載してありますが、ソース元を確認するとサンプル全体(5096人)の内32.6%が19歳以上であり、全体の半数を下回っているものの少ないとは言い切れずこのデータが18歳未満を対象にした条例制定の参考になるかは疑問です。

次ページ:県議会の主張には根本的な問題がある

“ゲーム障害”が国際疾病になったいま、ゲーム規制条例を科学的に見直してみる

《ケシノ》

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