【特別対談】Fisdom村上和彰氏×松永義昭氏…MOOCの進化で広がる可能性

 MOOCの第一人者のひとりである村上和彰氏と、JMOOC公認プラットフォームであるFisdomの立上げに尽力した松永義昭氏に、日本におけるMOOCの現状や課題、可能性について対談していただいた。村上和彰氏はFisdomのエバンジェリストも務める。

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松永義昭氏(左)と村上和彰氏(右)
  • 松永義昭氏(左)と村上和彰氏(右)
  • Fisdomのエバンジェリストを務める九州大学名誉教授、九州先端科学技術研究所 副署長の村上和彰氏
  • 富士通 DLP推進室 室長の松永義昭氏
  • 松永義昭氏(左)と村上和彰氏(右)
 米国の大学を中心に広がった大規模公開オンライン講座「MOOC(ムーク;Massive Open Online Course)」は、edX(エデックス)やCoursera(コーセラ)といった代表的なプラットフォームがサービスを開始した2012年ごろを境に急速に普及した。米国では、教育格差、地理的な課題に対するソリューションとしての意味合いから、単位認定制度が整備されることもあり、新しい授業スタイルとして定着している。日本においてはJMOOCが2015年に設立され、産学連携で先進的な授業、講義に取り組んでいる。

 一方、日本におけるMOOCは、米国のMOOCとは違った展開を見ることもできる。それは、アクティブラーニング、反転授業、協働授業、あるいは「総合的な学習の時間」において、MOOCやオンデマンド型のオンライン学習ツール、およびサービスの検討が進んでいる点だ。

 MOOCの第一人者のひとりである村上和彰氏(九州大学名誉教授、九州先端科学技術研究所 副所長)と、JMOOC公認プラットフォームであるFisdom(フィズダム)の立上げに尽力した松永義昭氏(富士通 DLP推進室 室長)に、日本におけるMOOCの現状や課題、可能性について対談していただいた。村上和彰氏はFisdomのエバンジェリストも務める。

◆Fisdom開発のきっかけ

村上氏:九州大学ではおもにコンピューターシステムを教えていたのですが、退官後、現在の九州先端科学技術研究所(ISIT)で、中小企業向けにコンピューターシステムやクラウドツールの使い方を指導したり、関連の研究を行ったりしていました。3年ほど前にビッグデータ解析やデータサイエンスのオンラインコースを作ったのですが、2015年にJMOOCが設立され、ISITのオンラインコースシステムをJMOOCの公認プラットフォームにできないかと考えました。その中で、富士通のFisdomに出会い、松永さんたちと話をするうちに、これまでにない新しい学びを提供するには、プラットフォームとしては自分達で一から作るFisdomがいいだろうという展開になりました。

松永氏:私は富士通入社以来、ずっと図書館向けのシステムを開発する仕事をしていました。JMOOCが設立されたとき、真っ先に手を挙げて関連の事業に関わってきました。図書館のもつオープン性や機能とMOOCの機能には共通する部分が多く、MOOCのプラットフォームを利用すれば、図書館の業務や大学の授業支援システムの付加価値を高められると考えたからです。JMOOCの公認プラットフォームを作っていたときに村上先生と出会い、「音楽を聴くように学ぶ」といったコンセプトやアイデアをいただきながら一緒に取り組むようになりました。

◆米日で異なるMOOC活用

村上氏:米国の場合、もともと大学ごとに放送大学機能やエクステンションと呼ばれるキャンパス以外での講義の仕組みがあり、MOOCというスタイルは動画配信が簡単になったことで必然的に広がりました。加えて、オープンガバメント(インターネットを活用し政府を国民に開かれたものにしていく取組み)による大学のオープン化の動き、教育格差の是正という背景、授業単位認定や大学間での相互認定(ある大学で取得した単位を持って、他の大学に転学することを互いに認め合う制度)もあり、広く普及しました。これは、松永さんの部署であるDLP、デジタルラーニングプラットフォーム(Digital Learning Platform)の名称が示すように、既存のオンラインコースウェアの枠に収まらないものを作るという点でFisdomと一致していますね。

松永氏:2016年度の大学のAO入試では、MOOCを利用する事例もでてきています。MOOCの課題コンテンツを視聴して、面接のときにその感想を発表するというものです。ただ制度的な問題などから、日本国内でのMOOC活用は遅れているかもしれませんね。図書館もだれもがオープンに使え、さまざまな場として機能しているのですが、MOOCの活用、DLPという視点において、図書館を変革することは容易ではありません。

 MOOCのもうひとつの課題として、コストに見合った成果やリターンをどう評価するかという問題もありますね。よいコンテンツを作るとなると100万円単位のコストがかかるのですが、大学はそれをブランディングやPRといった基準でしか捉えていないケースもあります。優秀な講義コンテンツを作った教員への評価がなされないことが、国内においてMOOCが停滞するひとつの要因にもなっているように思います。

村上氏:スタンフォードや東大がCoursera、MIT、ハーバード、京大がedXといったように、特定の名門大学しか参加できないMOOCコンソーシアムを作ったり、多額の寄付金による運営など独自のエコシステム(業界全体で収益構造を維持し、発展させていく仕組み)によってブランディングを強化する動きもありますね。ブランディングや権威付けは重要かもしれませんが、若干排他的な気もします。ブランディングや権威付けが、コストの問題にもつながっているのかもしれません。

◆学びスタイルの変化に応えるFisdom

村上氏:日本のMOOCはコンテンツ的には海外のものに劣ることはないと思いますが、MOOCというと動画で講義を聞いてテストをしたりレポートを提出したりといったネット授業の域を出ていない感があります。中学、高校でもアクティブラーニングや双方向授業の動きが高まる中、対話型、教え合い、さらに生徒や学生個々人に合わせたアダプティブラーニングが注目されています。文部科学省は次期学習指導要領でもアクティブラーニング(主体的・対話的で深い学び)を重視していますが、この5、6年で学びのスタイルがどんどん変わってきています。私も、この動きをうまくFisdomでキャッチアップしたいと考えています。

松永氏:MOOCの活用事例について、村上先生はオープンキャンパスやリメディアル教育(基礎学力を補うために行われる補習教育)などへの適用も考えていますが、大学の先生や経営層に対してどんなアプローチが必要だと思っていますか。

村上氏:現場の先生方は、授業のオンライン化は、正直なところ大変なのであまりやりたくないと思っている節がありますね。でも、教室での授業プラスアルファが可能という点で、オンラインの価値を見てほしいですね。たとえば、MOOCと対をなすしくみにSPOC(Small Private Online Course)がありますが、SPOCやその他のツールを使えば、学生の理解度や進捗、あるいは授業中の集中の度合いなどがわかったり、授業改善に利用できたりします。

 経営層に対しては、リメディアル教育への活用に加え、社会人向け教育への活用を考えてもらうようにしています。学びのスタイルとともに学びの場も広がっていますし、生涯学習やビジネススキルとしての専門、高等教育という視点では、学びのタイミング、期間、場所も柔軟に考える必要があり、MOOCやDLPの活用場面が広がるのではないかと思います。

松永氏:金沢大学が作った地方創生に関するコースを、Fisdomを使って石川県内の8大学に展開した事例があります。Fisdomが発行する修了証と座学により単位を認定するというものです。また、学生への授業活用とともにMOOCで公開することで、一般市民に対し、石川県をPRすることもできました。

◆学びと企業・社会とのマッチング

松永氏:デジタルラーニングプラットフォーム(DLP)としてのFisdomは、やはり場を提供することだと思います。DLPにとってどんなことが重要なのか、それを研究している段階でもあるので、学生のライフイベントと連動させたらどうなるのか、オープンエデュケーションとオープンサイエンスを組み合わせたらどうなるか、いろいろと試したら面白いと考えています。

村上氏:プラットフォームにはデータを集めるという役割があります。授業によって得られたデータを、勉強や研究のアドバイスだけに使うのではなく、就職先やキャリアパスに関するアドバイスをすることで、学びと企業・社会とのマッチングが可能だと思っています。

◆MOOCで音楽を聴くように学ぶ

村上氏:中高生向けの展開には興味があります。Fisdomのビジョンのうち、教え合い学習や協働学習のような授業の展開に向いているのではないでしょうか。「音楽のように学ぶ」というのは、まさにMOOCのコンテンツを音楽配信のように利用できないかという取組みです。ある生徒が視聴したコースをプレイリストのように他の生徒も共有できるようにする。他の生徒は、それを参考にコース視聴ができますし、自分でアレンジしてさらに共有することもできます。最終的には、自分が作ったコースやコンテンツも含めた、新しいコースを生徒が作る。あるいは、その感想やレポートもオンラインで発表・共有できるといいですね。

◆「誰でも何にでもなれる」世界を実現したい

松永氏:Fisdomは、MOOCとSPOCを統合したプラットフォームであり、両方の学習記録を受講者が参照できるようになる予定です。学習記録によってアダプティブラーニングの精度を上げることもできますし、進級や進学の際にも情報を継続させることができます。

村上氏:我々がFisdomに求めているビジョンは「Anyone can be anything」です。これはズートピアというディズニー映画の中のセリフですが、「誰でも何にでもなれる」ということです。Fisdomが教育のミスマッチによる不幸をなくし、教育格差も是正できるなら、生徒や学生は思ったものに何にでもなれる可能性が広がります。自分でキャリアパスを見つけていくこともできるでしょう。プラットフォームとして、それに必要な分析機能や、グループワーク、アダプティブラーニング、対話型ラーニング、アクティブラーニング向けのツールを充実させたいと思っています。


 大学のオンライン講義の一斉配信として始まったMOOCだが、村上氏と松永氏の研究は、映像講義の一方向配信にとどまらず、アダプティブラーニングやグループワークなどへの応用を考えたデジタルラーニングプラットフォーム(DLP)を見据えている。そのためFisdomでは、双方向性、学習データの収集と分析といった機能も研究されている。

 その先に見えてくるのは、大学のオンライン講義から、中高生に求められる新しい学びやスキルの習得、さらに企業や専門職のトレーニング、職業や年齢を問わない生涯学習のためのプラットフォームとしてのFisdomだろう。
《中尾真二》

中尾真二

アスキー(現KADOKAWA)、オライリー・ジャパンの技術書籍の企画・編集を経て独立。エレクトロニクス、コンピュータの専門知識を活かし、セキュリティ、オートモーティブ、教育関係と幅広いメディアで取材・執筆活動を展開。ネットワーク、プログラミング、セキュリティについては企業研修講師もこなす。インターネットは、商用解放される前の学術ネットワークの時代から使っている。

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