ボローニャ国際児童図書見本市2017、ヨシタケシンスケ氏「もう ぬげない」特別賞…日本が得た3つの大きなトピック

 イタリア・ボローニャで、2017年も世界最大の児童書見本市「ボローニャ国際児童図書見本市(Bologna Children's Book Fair、ボローニャブックフェア)」が開催された。総出展数は75か国1138社におよび、4日間で3万8,000人超が来場した。

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2017年ボローニャ国際児童原画展授賞式では日本人受賞者が全員そろった
  • 2017年ボローニャ国際児童原画展授賞式では日本人受賞者が全員そろった
  • 会場メイン広場のボローニャ国際絵本原画展展示風景
  • ミッフィー絵本をメインに出展するオランダの出版社
  • 北欧諸国の共同ブースではムーミン絵本の一画も
  • ボローニャ国際絵本原画展応募作のなかで1作だけ選ばれるSM賞の展示。Juan Palomino氏が受賞
  • 2017年の受賞本がガラスケース内に並ぶ
  • 受賞関連作を購入できる販売コーナー
  • 受賞作品の絵はがき販売は2017年からの試み
◆3つの大きなトピック

 見本市の核は、翻訳出版権の売買である。しかしまた、核から派生した数多くの動きが4日間で同時多発的に起こるのも、ここの特徴だ。日本にとっての今年の大きなトピックは、次の3点である。

1、「もう ぬげない」が特別賞受賞

 見本市では毎年、参加出版社が前年に出版した絵本から優秀なものを見い出し、複数の賞を贈っている。今年はそのうち、ボローニャ国際児童図書賞(Bologna Ragazzi Award)のフィクション部門で、ヨシタケシンスケ氏の絵本「もう ぬげない」(ブロンズ新社)が特別賞に選ばれた。

 「もう ぬげない」は、服をうまく脱げない男の子の話だ。お風呂に入るのに上着を脱ごうとしたら、首でひっかかって止まってしまった。このまま生きるのもいいんじゃないかしらと、空想をたくましくするストーリーである。困った状況をあっけらかんと受け入れようとする男の子の姿が、シンプルな色の線画でたんたんと語られ、大人もニヤリとさせられる。

 ヨシタケ氏は受賞について、こう述べる。「服がひっかかるという、誰もがやってしまうのに深くは考えない事柄を絵本にできたこと、また、それを読んだ人が笑ってくれることが嬉しいです。私はもともと大人の本のイラストレーターで、絵本はできないと思ったこともあった。絵が小さいし、色付けも下手、お話作りも苦手…と理由は尽きませんが、今はできることを寄せ集めて絵本を作っています。これもそうしてできました」。

 彼の謙遜ともとれる言葉は、そのまま技法の稚拙さをさすのではもちろんない。むしろ作品を生み出すうえで、突出した得意分野だけを自問自答して選びとるからこそ、シンプルさが人の心をつかんでやまない作品を生み出すことができる。

2、日本人6名が絵本原画展で入選

 ヨシタケ氏が受賞したのは、すでに出版された絵本が対象の部門だ。一方で、原画そのものが審査されるボローニャ国際絵本原画展(Bologna Illustrators Exhibition)もまた、付属イベントの目玉である。

 名前こそ「原画展」だが、応募作が入選し陳列されること自体が、絵描きにとっては名誉な「賞」の性格をもつ。新人作家の登竜門として知られるこの「賞」に、51年目の今年は3,378作品の応募があり、26か国75名が入選。うち6名が日本人作家だった。入選者は50音順にアンヤラット渡辺氏、オオノ・マユミ氏、コクマイトヨヒコ氏、古郡加奈子氏、ホンダアヤノ氏、山本まもる氏。

 長く大学で教授を務めつつ、本賞への道を探ってきたというコクマイ氏は、受賞の感想をこう語る。「応募自体は初めてでしたが、20年前に板橋区立美術館での巡回展を見て、出したいという気持ちは持ち続けていました。スタイルや制作時間の調整を経て、今回は5点の原画の全体バランスが整った。いけるという確信はありました」。彼の作品はコラージュを用い、電気で動く動物たちをモノクロで表現している。審査員から「白黒の中にも色が見えるようだ」とコメントされた点については、まさに色や音、光といったテーマを暗に設定して描いているという。6名の作品を含む受賞全作は、7月に予定される東京・板橋区立美術館での巡回展ほかでも見られる。

3、「にほんのえほん」ブースの開設

 日本にとって、今年の見本市内で最大の話題は「にほんのえほん」ブース開設だろう。2016年度は日伊国交樹立150周年の節目にあたり、記念事業の一環として在イタリア日本国大使館とJBBY(日本国際児童図書評議会)の共催で実現した。

 ブースの正式名称は「にほんのえほん Visually Speaking:Seeing Japan through Picture Books」。国内でここ5年以内に刊行され、文字にたよらなくても楽しめる50冊を、絵本評論家の広松由希子氏と大阪国際児童文学館の土居安子氏が選書した。

 九州の炭坑街での子どもを描いた「ボタ山であそんだころ」(石川えりこ/福音館書店)、原爆被害について考えさせる写真絵本「さがしています」(アーサー・ビナード、岡倉禎志/童心社)、一瞬一瞬の時間の流れを鮮烈に感じさせる「まばたき」(穂村弘、酒井駒子/岩崎書店)など、幅広い内容のタイトルが陳列された。開催初日4月3日にはブース内でオープニングレセプションが開かれ、来場者でひしめきあうなか、梅本和義駐イタリア日本国大使が開所の挨拶をした。

 毎年、日本でボローニャ国際児童原画展の巡回展をする板橋区立美術館も、特別協力している。同館副館長の松岡希代子氏は、「日本からはこれまで個々の企業などの出展はありましたが、国としてのブース設置はありませんでした。当出展は、見本市での日本の子どもの本の発進力を高めるのがねらいです。わが国では子どもだけでなく、大人も絵本をよく楽しみます。絵本美術館がたくさんあるのも、『MOE』など大人向け絵本雑誌が定期刊行されているのも、日本だけの特徴。また、そんな絵本文化を形づくるベースのひとつに、第二次大戦後、岩波書店や福音館書店などの出版社が良質の絵本を作る努力をし、読み聞かせによって広めてきた背景があります。しかし、こういった豊かな絵本文化が、国外に向けてはうまく伝わっていないのが現状です。日本の多彩で質の高い絵本、絵本文化を、広く世界に発信できたら」と、開設のねらいについて語った。

 会期中には、日に1本のトークイベントも実施された。イベントには、著作「りきしのほし」(加藤休ミ/イースト・プレス)が同ブースに並ぶ、絵本作家・加藤休ミ氏も来場。トークに並行して、ライブペインティングを披露する場面などが見られた。

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《てらしまちはる》

てらしまちはる

ワークショッププランナー/コラムニスト/絵本ワークショップ研究者。東京学芸大学個人研究員。2022年3月に単行本『非認知能力をはぐくむ絵本ガイド180』(秀和システム)を刊行。絵本とワークショップをライフワークとしている。アトリエ游主宰。

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