セカンドキャリアを築くワーママに聞く(1)…研究職からWeb系在宅ワークに転身した理由

 新卒で酒造メーカーの総合研究所に研究職として入社し、結婚を機に8年間勤めていたその職場を退職した森本さん。ライフスタイルの変化にともなうワークスタイルの変遷、転機となった出来事やキャリア形成への思いを聞いた。

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 大学の農学部を卒業後、酒造メーカーに入社し、総合研究所で研究職として勤務していたという森本真理子さん(仮名・38歳)は、現在、小学生と保育園に通う2人のお子さんの母親だ。夫が転勤族ということもあり、引っ越しも何度か経験しているという森本さんが選んだ「働き方」は、在宅ワークというスタイルだった。

 結婚を機に8年間勤めていた酒造メーカーを退職した森本さんに、ライフスタイルの変化にともなうワークスタイルの変遷、転機となった出来事やキャリア形成への思いを聞いた。

「女性ばかり我慢を強いられている」不公平に感じた第一子出産前後



--お子さんが生まれるまではどのようなお仕事をされていましたか。

森本さん:大学の農学部を卒業後、新卒で酒造メーカーの総合研究所に研究職として入社し、1年間は酵母の研究に携わりました。2年目以降はPCが得意という理由からPCを使用した研究支援に従事していました。Excelなどを用いた研究データの解析ツールの開発や、麹菌の遺伝子情報検索ツールのマクロ開発、社内ホームページなどの作成も行っていました。その後は、研究ニーズやシーズ精査するために、特許情報検索業務に携わったり。入社6年目で営業管理部門への異動辞令が出たため研究所を出て、営業職の実績の管理業務をしていました。

--新卒で働き始めた酒造メーカーをやめるきっかけはなんでしたか。

森本さん:夫との社内結婚がきっかけでした。私は関西の本社、夫は仙台の支店に勤務していたので、必然的に私が退職して仙台に引っ越すという選択肢を選ぶことに。仙台は10名程度の少人数の支店であり、続けて勤務を希望したとしても職が空いていない、夫も同じ支店での勤務を希望していないという状況だったためです。

--仙台に移られてからの生活はいかがでしたか。

森本さん:子どももまだいませんでしたし、しばらくノンビリしていたんですが暇になったので就職活動をして、大学の知的財産部で教授や准教授などが出願する特許業務に従事しました。企業と教授の共同研究などでの出願条件、持ち分や契約書などの折衝業務が多かったですね。ところが、就職してすぐに妊娠が発覚。7か月ほどで退職して出産しました。

--復職するという選択肢はなかったのでしょうか。

森本さん:本当は出産後に戻りたかったのですが、退職時に上司から「これだから女性は採用したくなかったんだよね、次は男性を採用しよう」と面と向かって言われてしまって。学内に相談できる部署があり相談には行ったのですが、夫や母から「矢面に立つことでストレスが溜まる。胎教に良くない」と言われて、それ以上の措置は断念してしまったんです。このとき、結婚や出産が、自分の望むキャリアを塞いでしまうことに絶望感を感じたことを覚えています。同時に、自分が結婚・出産で環境や生活をドンドン変えざるを得なくて希望するキャリアを続けることができないのに、男性側はそれほど生活を変えないことに不満を感じ始めていました。

--お子さんがお生まれになってからはどのように生活は変わりましたか。

森本さん:出産後は子どもと2人だけで過ごす時間が多くなり、初めての育児に加え、親戚も友達もいない土地での子育てということもあって育児ノイローゼになってしまったんです。そのときは自分では育児ノイローゼだとは思ってなかったんですけれどね。また夫に対しては、生活も仕事もやりたいことも我慢するのは私ばかりで不公平だと思っていました。子どもが1歳半ぐらいまでそんな状況が続いて、状況を打開するためにアルバイトに出ることにしたんです。

--どちらで働かれたんでしょうか。

森本さん:ある省庁の東北支局です。バイトに行くことが決まったのが2011年3月初旬でしたが、3月11日に東日本大震災で被災してしまって。幸いにも、勤務開始日をずらしてもらい、4月中旬からバイトをスタートすることができました。働き始めて、子どもと2人だけでいる時間が減ると精神的なバランスが取れるようになりました。働くことで、子どもと密着するような育児スタイルは自分には向いていないと自覚できたことが大きかったです。その後2年と少しが経過したところで第二子の妊娠がわかり、退職することに。もともと3年と勤務期間が決められていたので退職に異論はありませんでした。

「在宅ワーク」を「本業」にしたい



--森本さんの今のワークスタイルの「在宅ワーク」との出会いについて教えてください。

森本さん:出産後どうしようかと悩んでいたところ、たまたま在宅でデザイナーをしている人がいるという話を、バイト仲間から聞いたんです。在宅派遣みたいな働き方と言っていたので、検索したところクラウドソーシングサービスを提供している会社を見つけて、出産後に登録したのが始まりです。とはいえ、在宅ワークについては、登録にお金を取られるなどの詐欺の話も知っていたので、信頼の置けそうな3社以外は登録しませんでした。

--今はどういったお仕事をされているんでしょう。

森本さん:Web系のフリーランスとしての活動を経て、現在ではコーディング専門としてWebの仕事をしています。夫の福岡への転勤がきっかけで、Web関係の仕事を始めました。ちょうど「ライターやWebサイト、ECサイトの制作に関連する在宅の仕事は10年後もできるのか?」と考えていた時期でもあって。たまたまママだけのWeb系クラスが福岡のデジタル系専門学校で開講されるという情報を知り応募しました。知り合いのいない福岡で友達が欲しかったことと、独学でしか学んだことないWebやデザインをきちんと学ぶことで、中途半端だと感じていた在宅ワークを「仕事」として確立したいという気持ちがあって。それまで請けていた在宅ワークは、主婦の空き時間を利用した副業というスタンスだったので、自分の中で中途半端さが拭えなくて。副業ではなく本業にしたい、フリーランスとして業をもちたい、自分の仕事はこれだという自信をもちたいと思っていたんです。

--それまでもいろいろなお仕事をされてきた中で、さまざまなスキルを磨かれてきたと思うのですが、なぜ「Web系」を選ばれたのでしょう。

森本さん:いろいろな職を経験してきて、コンピューターを使った仕事であること、ものを作り出す仕事であること、書く仕事であること、この3つが私にとって「やりたい仕事」の条件であることがわかっていたからだと思います。だから、その3つの条件を満たした今のコーディング専門の仕事はとても充実感があります。

--これからセカンドキャリアを築こうとしているワーキングマザーや女性へのアドバイスはありますか。

森本さん:セカンドキャリアを考える上で、大事なのは好きなことを見つけること、仲間をつくることだと思っています。出産や育児、介護などがあると、時間の制限が多くなりますし、限られた時間だからこそ、好きなことを仕事にしたいですよね。好きなことが何かわからない人は、在宅ワークでもアルバイトでも、まずは未経験からでも始めてみることをお勧めします。

 もうひとつ大事だと思ってることは仲間をつくることですが、私は30代後半でWeb業界に足を踏み入れたので、自分ひとりでなんでもできるフリーランスになろうとは考えませんでした。私はWebサイトのデザインなどをするのは苦手ですが、コーディングは好きなので、ならばデザインができる人とタッグを組めばいいと思ったんです。自分ひとりで一人前の仕事はできなくても、何人か集まることで1つのものを作れるのですから。

 転勤族であっても、母であっても、育児・家事・仕事を楽しく自分らしくできる働き方を今でも模索しているんです。

--ありがとうございました。

 女性はライフイベントごとに、それまでのライフスタイルを大幅に変えなければならないケースが男性と比較してまだまだ多い。それに伴い、それまでのキャリアから離れる選択肢を選ばねばならないこともある。そしていざ、学びや仕事など新しいことを始めようとする際には、年齢やブランクがあるなどの理由からハードルが高いと感じてしまい、一歩を踏み出すのに躊躇する人もいるのではないだろうか。

 しかし、働きたい、学びたいと思ったときこそが、その人の「始め時」だ。また、ITの発達と共に仕事環境も急激に変化してきており、在宅で働くなどの選択肢も増えてきている。

 働きたいと感じている人にはぜひ勇気を出して踏み出してもらいたいと、強く感じたインタビューとなった。
《鶴田雅美》

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