GIGAスクールが示す、新しい学びの指針「Educational Solution Seminar 2020」

 日本教育情報化振興会は2021年1月23日、情報教育対応教員研修全国セミナー「Educational Solution Seminar 2020」を開催した。事例を交えながら、GIGAスクール実現後のこれから学びについて語られた。

教育イベント 先生
Educational Solution Seminar 2020のプログラム
  • Educational Solution Seminar 2020のプログラム
  • Educational Solution Seminar 2020で挨拶をする山西氏
  • Educational Solution Seminar 2020で講演する西田氏
  • Educational Solution Seminar 2020で講演する豊福氏
  • Educational Solution Seminar 2020で共有されたスライド
  • Educational Solution Seminar 2020で共有されたスライド
  • 「GIGAスクール構想」の実現ロードマップ(内閣府経済・財政一体改革推進委員会 第2回 EBPMアドバイザリーボード 会議資料より)
 児童・生徒が1人1台の端末を手にして学ぶGIGAスクール構想の実現に向けた取組みが進められている。令和の学びのスタンダードとされるGIGAスクールがスタートすると、子どもたちの学びはどう変わり、どんな力を身に付けていくのだろうか。

 こうした疑問に対して、教育専門家の立場や先進事例から方向性を示したのが、2021年1月23日にオンラインで開催された情報教育対応教員研修全国セミナー「Educational Solution Seminar 2020 一人一台端末時代~GIGAスクール構想をどう活かすか~」である。

「GIGAスクール構想」とは



 文部科学省が2019年12月に掲げたGIGAスクール構想は、「1人1台端末と高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することで、特別な支援を必要とする子どもを含め、多様な子どもたちを誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育環境を実現する」「これまでの我が国の教育実践と最先端のベストミックスを図ることにより、教師・児童生徒の力を最大限に引き出す」ことを目指している。

 GIGAは、Global and Innovation Gateway for All(すべての子どもにグローバルで革新的な入り口を)の略で、これまでの教育実践にICT(情報通信技術)を掛け合わせることで、学習活動を一層充実させ、全ての子どもに能力に合った最適の学びを提供するもの。国は当初、2023年(令和5年)度までに1人1台端末の整備を進めることとしていたが、コロナ禍の休校の教訓を受け、これを前倒しし、2020年(令和2年)度補正予算にて環境整備を進めてGIGAスクールの早急な実現を目指している。

「GIGAスクール構想」の実現ロードマップ(内閣府経済・財政一体改革推進委員会 第2回 EBPMアドバイザリーボード 会議資料より)「GIGAスクール構想」の実現ロードマップ(イメージ)

コンピューターを文具のように日常使いする



 セミナーではまず、主催者として挨拶した日本教育情報化振興会会長の山西潤一氏から「教育の情報化」について最新の動向が説明された。

 山西氏によると、欧州など教育情報化先進国では10年前から1人1台端末を実現しており、日本はようやくこうしたグローバルの流れに追いついたところだという。しかし、ハードの整備は比較的容易であるものの、教育現場ではその活用の仕方が問題になっていると話す。「子どもたちにとってコンピューターは、ノートのような文具と同じように、今や当たり前のもの。1人1台端末の実現により、調べる・伝える・深める・まとめるといった学習がやりやすくなり、一斉・個別・協働といった学習の各場面で活用できる」と説明した。また、ICT活用の指針として米国発の代替→改善→改造→創造のモデルを示し、教育情報化はまずノートからコンピューターへの代替から始まり、日常使いをすることでより使いやすく改善・改造し、情報活用の実践力を育てるためのものであると語った。

コンピューターが真の学びの道具に



 さらに、子どもたちが端末を家庭に持ち帰ることで、学校と家庭がシームレスにつながり、連絡や宿題などにも活用できるようになる。その実現には、クラウドにデータを保存し、子どもたちにはアカウントを配布してどこからでもアクセスできる環境が前提となることから、情報モラルや情報セキュリティのリテラシー教育が重要になるという。

Educational Solution Seminar 2020で挨拶をする山西氏日本教育情報化振興会会長・山西潤一氏

 今後は、子どもたちがどこからでも主体的に、調べて、まとめて、共有し、問題解決に活かすアクティブ・ラーニングが可能になる。山西氏は、スティーブ・ジョブズの「コンピューターは『Bicycle for the mind(知の自転車)』であるべき」という言葉を引用したうえで「コンピューターは知を広げて育て、自分の力でなんでもできるようになるツールであり(1人1台端末が実現することで)ようやくコンピューターが子どもの真の学びの道具になる」と語った。

ICTで個別化・個性化された学びに対応する



 次に、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター主幹研究員/准教授の豊福晋平氏が「GIGAスクール時代のICT活用を考える」と題して講演した。GIGAスクールの実現に向けて、個別最適化された学びを実現できるよう、公教育は大幅に変わる必要があると語った。

 社会背景をみると、これまでの工業社会は安定的だったゆえに規格化された労働力が求められており、その要求知識も一定のため、公教育は標準化されたカリキュラムを効率よく提供することが求められていた。しかし今後の情報社会では、社会は予測不可能になり、職能変化への対応が必須になってくる。また、要求される知識は増大し、小学校で英語やプログラミングが必修化されるなどカリキュラムも大幅に変わる。豊福氏は「公教育は授業のやり方を見直して、個別最適化された学びを提供することが求められる」と述べた。

 それを踏まえ、いま教育情報化が求められる理由として、要求知識増大に対応するために効率的な学習方法が必要なことや、ICTスキルは個人の資質・能力と一体化していること、異なった背景をもつ学習者にICTは有効に作用することなどを挙げ、情報社会にふさわしい個別化・個性化された教育にはICTが不可欠だと強調した。

Educational Solution Seminar 2020で講演する豊福氏国際大学グローバル・コミュニケーション・センター主幹研究員/准教授の豊福晋平氏

子ども中心のICT活用を増やす



 ICTの教育効果は導入しただけでは得られず、実際に活用しなければ得られない。豊福氏は「習熟することで情報効率を上げ、量(使用する回数)を増やすことで質の向上につながり、(それらで得た)圧倒的情報を学びに生かすことで教育効果につながる」と話す。そのため、利用機会や時間、用途を増やしてICT活用を習熟することが必要とした。GIGAスクール実現後は、子どもたちにコンピューターを扱うにあたっての正しい知識を伝えたうえで、それを使ってひとりひとりに合った学習を展開し、さまざまなものを創造していくことが求められる。「膨大な情報をいかに学びに生かしていくかが教育効果のポイントになる」と指摘した。

 また、学習者中心の1人1台運用のポイントは「教員の負担を増やさずに利用機会を増やすこと」と述べ、これからの教育情報化は、1.学習者中心の文具、2.学校日常のデジタル化、3.基礎ICTスキル育成、4.自律と活用の4つが重要なキーワードになるとした。

 「学習者中心の文具」については、端末とIDを個人に割り当てて、端末を徹底的に「自分のもの化」し、文具と同様に自分の道具として活用できるようにするということだ。「学校日常のデジタル化」は、ICTを教員にとっての特別な教具から学習者も常時使う文具的な立場へと昇華させ、デジタル連絡帳やメールなど特にコミュニケーション面で日常使いをすることを意味する。

 「基礎ICTスキル育成」は日常生活でICTを毎日使うことで、学習の基盤となる基礎的ICTスキルとしてタイピング能力や機器の安全な管理、ICTエチケットなどを学んでいくということ。最後の「自律と活用」に関しては、日本における「ICTは依存の原因、禁止抑制すべきもの」とした旧式の考え方から、欧米の「ICTは日常生活のライフラインであり、デジタルジレンマと上手に付き合うもの」というデジタルシティズンシップ教育へ移行していくことが重要だと述べた。

Educational Solution Seminar 2020で共有されたスライド2030年に向けた教育観とICT

 豊福氏によれば、ICT導入から安定期に入るまでは冒険と挑戦が繰り返され、あらゆる課題が噴出する「やらかし期」がある。「課題は必ず起こる」と心構えておき、カバーをする仕組みやルールを用意しておくことや、デジタルの影響について子どもと考えていくことが大事になると語った。

千葉県柏市が取り組む教育情報化



 事例発表では、柏市教育委員会教育研究専門アドバイザーの西田光昭氏が「常時1人1台環境での学びに向けて~柏市における教育の情報化~」と題して同市の教育情報化の取り組みと今後の展望を紹介した。

 西田氏によると、柏市は1986年(昭和61年)にコンピューター活用検討委員会を設置し、小中学校のICT環境整備を推進し、学校内Wi-Fiの整備を始めた。2019年(令和元年)度からは3人に1台の端末の整備を進めている。教室に1台のパソコンが配備された時点で、子どもたちは計算練習や学級日誌作成などで活用するようになり、今後1人1台端末が実現すればさらに活用が進むだろうと話す。また、普通教室には電子黒板や投影プロジェクタを常設し、授業による活用を進めている。同市ではICTをツールとして「情報を収集・選択する」「思考・表現する」ことを目的に定め、小中学校9年間で身に付けておくべき情報モラルを整理した「柏市情報モラル育成プログラム」を策定。さらに校務の情報化を進め、校務用のサーバ・アカウントの一元化やクラウド活用に向けた検討を行っている。

 同市はこうしてICT環境の構築や研修、運用・活用のサポートを一体的に進めており、西田氏によれば、この10年で教員がICTを使って指導する従来の環境から、子どもがICTで自主的に学ぶ環境へと変化してきたという。それに伴い、教員に求められる指導力も、資料などの効果的な提示から、子どもに自発的に取り組ませるためのスキルへと変わってきたそうだ。

幸せに生きるための情報活用能力を



 同市がそうした取組みを進めている中で、国から示されたのがGIGAスクール構想であった。これにより、3人に1台から1人1台へと環境が飛躍的に良くなり、割り当てられた場所と時間にだけ使うものから、毎時間使うものへと変わった。クラウド上にあるシステムやデータを好きなときに、どこからでも使える学び方に変化し、それは社会に出たときに通用するスキルにもなる。子どもをはじめ、保護者や先生がこれからの時代で幸せに生きるために、必要な情報活用能力を身に付けることこそが重要であると語った。

Educational Solution Seminar 2020で講演する西田氏柏市教育委員会教育研究専門アドバイザーの西田光昭氏

 同市における今後の展望として、西田氏は「ICTはすでに当たり前のように身近にあるが、まだ勉強や生活をより充実させるツールとしては活用しきれていない。まずは教員が、そして次に子どもたちが日常的な道具として認識し、より主体的に活用できるように、新しい時代に必要となる情報活用能力や問題発見・解決能力など学習の基盤となる資質・能力を育成していくよう取り組む」と述べた。

子どもとともにICTに向き合う



 今回のセミナーで明らかになったのは、GIGAスクール前後での学びのスタイルの変化である。子どもはみな自分のコンピューターを文具のように持ち歩き、授業中でも家庭でも、日常的にクラウドデータにアクセスして、自分のペースで調べ学習やレポート作成、意見の発表、コミュニケーションなどに情報を活用することができる。情報セキュリティやデジタルジレンマとうまく付き合っていくための情報活用能力が磨きながら、創造的な学びのツールとしてICTを使いこなす。

 工業社会から情報社会に移行し、未来の予測が立てづらい現代では、多くの情報から必要な情報を取捨選択し、使いこなす情報活用能力が必須となる。GIGAスクール構想により、子どもたちがこれからの社会を生きるために必要な情報活用能力を育成するための指針が示された今、現場の教員、保護者、子どもたちがともにICTに向き合い、よりよい活用の仕方を考えていくことが求められている。
《羽田美里》

羽田美里

執筆歴約20年。様々な媒体で旅行や住宅、金融など幅広く執筆してきましたが、現在は農業をメインに、時々教育について書いています。農も教育も国の基であり、携わる人々に心からの敬意と感謝を抱きつつ、人々の思いが伝わる記事を届けたいと思っています。趣味は保・小・中・高と15年目のPTAと、哲学対話。

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