ポプラ社の協力のもと、リセマムでは、読者限定で本書の一部を無料で公開する。予定調和では終わらない、ときに残酷でリアルな、4つの家庭の「中学受験」の行方はいかに…。
前回のお話はこちら。第二章 真下つむぎ(五月) 2
ゴールデンウィーク。塾の四日間特訓は、朝九時からはじまって夜七時までというスケジュール。家にいるよりも、塾にいる時間のほうが長い。
午前中の授業の後には、三十分のお昼休み。それが何よりも楽しみ。
「512+512は1024だよね、1024+1024は2048、2048+2048は4096、4096+4096は8192、8192+8192は、えっと」
すらすらと暗算していた唯奈が詰まると、
「16384! 」
と、涼真がすかさず答えた。
「そっか。じゃ、16384+16384は…はい、つむぎちゃん」
唯奈に指名されて、
「やだ、暗算苦手だってば」
つむぎが困ったように言ったところで、
「32768でしょう」
伽凛が答えた。
「さすが、速いね。32768+32768、次は比呂」
涼真は、自分の後ろに座っていた園田比呂に振った。比呂は、理科のテキストを眺めていたのに、
「えっ? 65536だっけ。で次は、131072じゃん、で、その次は、262144じゃん、で」
「はいオッケーでーす」
解答を読んでいるように答えていく比呂を、伽凛は笑いながら制した。
「やばいね、比呂を交ぜたら、全部答えちゃう」
比呂を神と言っている唯奈は、自分のことのように嬉しそうだった。
「っていうか、何回もやってたら、自然と答えを覚えるっつーの」
比呂は太い眉を、上げたり下げたりして言う。
1+1は2、2+2は4、というふうに暗算していくのは、最近このメンバーで流行っているゲームだ。何回やっていても、五桁以上になると、覚えようとしなければ覚えられるものではない。もちろん比呂は覚えていなくても、六桁の計算も三秒ほどで解いてしまう。
この塾に入って二カ月。なんとなくグループにも分かれていて、つむぎにも仲良しメンバーがいつのまにかできていた。
最初に仲良くなったのが伽凛だったので、自然と伽凛がいるグループにつむぎも交ぜてもらうようになったという感じだ。
伽凛と同じ小学校の唯奈。元ドラ生の涼真。そして、この塾でぶっちぎりのトップを独走している比呂。あの優秀な伽凛でさえも、比呂のことを「天才くん」と呼んでいる。算数オリンピックのファイナルに進んだこともあるくらい算数が得意。記憶力がいいから、ほかの教科もまあまあ無双。
こんなに賢いのならドラゴンにだって入れそうだけど、比呂はまったく興味がなさそうで「どこの塾でも一緒じゃん」と言ってのける。どうしてエイト学舎なのかというと、以前この塾の斜め向かいにあるマンションに住んでいて、通いやすかったからという理由らしい。小学四年の時に二駅離れたところに引っ越したのだが、転塾するのも面倒で、そのまま通っているのだと言っていた。
たしかに、比呂みたいに優秀なら、どこの塾にいたって変わらないのだろう。
「そうだ比呂、この問題、教えてくんない」
伽凛が算数の問題を比呂に訊ねる。
「ああ、これな。円の移動距離って、円の中心の移動距離って覚えておくわけ。円の回転数を出すのは、円の中心の移動距離を円周で割って」
比呂が説明しはじめると、唯奈も二人の間に顔を突っ込むようにして聞き入る。あの三人は、算数が大好きだから羨ましい。あまりにも悪すぎた模試の結果を思い出し、つむぎは気が重くなった。