依存から没頭、術から論へ…尾原和啓氏に聞くネットやAIで変わる中高生の学び

 ChatGPTなど生成系AIの登場で中高生の学びはどのように変化していくのか。国内外からIT業界の黎明期を見つめてきたIT批評家の尾原和啓氏に、新著書「激変する世界で君だけの未来をつくる4つのルール」に込められた思いと親世代の心構えを聞いた。

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尾原和啓氏
  • 尾原和啓氏
  • 『激変する世界で君だけの未来をつくる4つのルール』(大和書房)
  • 『激変する世界で君だけの未来をつくる4つのルール』(大和書房)著者・尾原和啓氏インタビューのようす(チャートは佐宗邦威さんによるもの)
  • 『激変する世界で君だけの未来をつくる4つのルール』(大和書房)著者・尾原和啓氏インタビューのようす
  • 『激変する世界で君だけの未来をつくる4つのルール』(大和書房)著者・尾原和啓氏インタビューのようす

 コロナ禍やウクライナ戦争、それに端を発した物価高、世界的な気候変動と脱炭素の流れなど、激動の時代を迎えている令和の社会。AIの進化も著しく、対話型AIのChatGPTが世間を賑わせ、AIによって仕事や学びの在り方が大きく変わるという未来予測にまた一歩近づいた感がある。ITテクノロジーの発展に伴い環境が大きく変化している中で、子供たちにどのような学びが必要なのだろうか。

 2023年3月に初めて中高生に向けた著書『激変する世界で君だけの未来をつくる4つのルール』(大和書房)を出版したIT批評家の尾原和啓氏に聞いた。

 尾原氏は、NTTドコモ、楽天やGoogleなどのトップ企業14社を渡り歩き、シリーズ累計10万部の『アフターデジタル』などベストセラーを連発。新著書の中で、正解のないこれからの時代を生き抜く10代に伝えたい4つのルールとして、

  1. GIVE:与える人になろう

  2. OPINION:自分の意見を育てよう

  3. PARTY:頼り頼られる仲間をつくろう

  4. DIVERSITY:ちがいを楽しもう

を示し、子供たちの新しい生き方をおおいに肯定し、力強いエールを送っている。尾原氏が考える、これからの中高生の子育ての心構えとは。

ネットは好きと繋がり、違いをシェアする没頭空間

--今回初めて中高生向けの本にチャレンジしたのはどのようなお気持ちからでしょうか。

 親世代は、まだ子供の新しい生き方についてきていない現状があります。そこで、まずは子供たちが自分の生き方に自信をもって、未来を作っていけるようになってほしい。さらに親たちも、子供の新しい生き方を、喜びをもって肯定し、背中を押せるようになってほしいと思ったのがきっかけです。

 私自身を振り返ると、1999年のiモードをはじめ、常に新しい時代で人が繋がるプラットフォームを立ち上げてきました。そうした経験から人々の幸せの在り方がテクノロジーによってどう変わっていくのかということを本に記してきたんです。4年前に書いたのが20代後半の人向けの「モチベーション革命」。20代の価値観と今の社会を管理している40代後半以降の価値観が変わってきているので、この本でその違いや良さをお互いに理解しようと呼びかけました。今回の「激変する世界で君だけの未来をつくる4つのルール」では、中高生の世代がさらに変わった生き方をしているという構造的な違いを示しました。

 それぞれ何が変わったかというと、まず40代後半以降は「ないものをある」状態に変えていくことで幸せを作ってきた世代。何がなんでも達成するとか、おいしいレストランに行くとか、新しい身体的な快楽を得ることを非常に大事にしてきた。それに対して、Z世代にあたる20代は、生まれた当初から周囲に物が溢れて「ないものはない」世代。物心ついたときにはスマホがあって、中高生時代にすでにスマホとTwitterが標準装備だった彼らは、物を得る、身体的な快楽を得るよりも、気の合う仲間と好きなものの話をするほうが幸せだというように価値観が変わってきている。

 そしてさらに今の中高生は、幼少期にはiPadが側にあった世代なんです。この子たちが最初に触れる情報はただ流されるだけのテレビの映像ではなくYouTubeです。YouTubeで好みのものを何回も視聴し、気に入らなければスキップし、溢れる情報の中から好きなものをたぐり寄せる。さらに子供たちが初めて知らない人に出会う場は、昔は近所の公園だったのが、今やiPad上で動かすマインクラフトになっている。

今の中高生は、「溢れる情報の中から好きなものをたぐり寄せる世代」と語る尾原氏(チャートは佐宗邦威さんによるもの)

 このように今の若い子は、最初からiPadを使ってYouTubeで好きなものに没頭できるし、マインクラクトで知らない人とも一緒に家作りをすることがデフォルトなので、成長や幸せについての価値観も違う。しかし、残念ながら親や教育が追いついておらず、下手をすると中高生が自分の成長の感じ方や価値観がダメなものだと思ってしまう可能性もある。今回の著書では、「そうではない、もうすでにあなたたちは未来に来ている」ということを感じてもらいたかったんです。

--親世代はネット依存を心配しがちですが、中高生のインターネットとの付き合い方についてどう思われますか。

 親世代が、ネットは悪いものだと捉えれば捉えるほど、子供たちも逃げる場所になり、依存する場所になると思います。ネットは「好きと繋がる空間」であり、「好きなものをGIVEすることで、お互いの違いを楽しみ合える空間」だということを前提に話すと、それは没頭の場所に変わっていくネットを依存空間に変えるのか、没頭空間に変えるのかは親次第ではないでしょうか。

 また、依存の提供も長くは続きません。これはメディアの歴史からわかることで、テレビが登場したときも依存の懸念がありました。初期のテレビは刺激性を求めていたずら企画が多かった。でもそればかりだと飽きるので、だんだん教育ものが増えてきました。YouTubeもまったく同じで、成熟してきて今や教育系コンテンツも充実しています。そのことを保護者も理解していると良いと思います。

--では、中高生にとってネットの良いところとは何でしょうか。

 ネットの本質は「リンク・フラット・シェア」の3つで、遠くのものをつなぎ、共有の中で新しいものをうみだすことができることです。リンクは、「1個好きなものを見つければ、リンクによって次から次に好きなものを探索して情報の海を泳ぐことができること」。フラットは、「自分が感じたものをみんなに広げること」。さらにシェアは「自分が感じた良いものを、次の人にGIVEしようとすること」。この3つがネットの良さです。

 子供はもうすでにネット上のコメントのやり取りの中でGIVEやOPINIONをして、自分にはない意見を出してくれた人との出会いを喜ぶというDIVERSITYを楽しんでいるかもしれません。だとしたら親もそれを認めて参加することで、子供の好奇心が成長につながっていくことを親子で一緒に会話しながら楽しめるんですね。

不完全な模倣とずらしから新しいものをGIVEする中高生

--中高生のネット・IT活用で、興味深い事例を教えてください。

 あえて難しい言葉で言えば、子供たちのコミュニケーションや探究が「シミュレーション」から「シミュラークル」(意味:虚像、イメージ、起源不明のまま共通認識が発生する現象など)に変わっていることです。

 学校の授業では新しいものを習うとき、たとえば実験でも、誰かがやったことをシミュレーションして、追体験して学んでいく。でもTikTokでは、「前の人がやっていた動画が面白いから、自分も踊ってみた。キレキレなダンスはできないけど、少しパロディーを入れたら面白くなるのではないか。ここを少しずらせば、こんなことができるのではないか」という文化が根付いていて、「ずらしの中で、クリエイティブ性を作っていく」ことが起こっているんです。もはや起源がわからないぐらい「模倣とずらしの中で、新しいものができていく」ので、シミュレーションからシミュラークルに変わっている。この2つは、果たしてどちらがより主体的に新しいことを作っているのでしょうか。

 誰もが表現者になれる時代だからこそ、完璧なコピーはできないことがずらしを生み、ずらしの中で新しい波が生まれる。完全に真似できないからこその工夫が次の人へのGIVEに繋がって、それがDIVERSITYとして、みんなで違うものをどんどん楽しんでいこうという流れに変わっているのです。子供たちは主体的に楽しみながらGIVEを発信していると感じています。

「子供たちは主体的に楽しみながらGIVEを発信している」

--逆に、リアルのほうが良いことはなんでしょうか。

 好きなことについての「Do」の価値はネットのほうが強いけれど、「Be」の価値はリアルのほうが強い。好きを探究していく、何かをしようというときに「仲間を見つける空間」としてはネットが適しているものの、何もなくても一緒にいられるのはリアルの価値なんです。ネットだけに偏っていると 「自分は何かをしなくちゃ価値がない」と思ってしまうことも起こりうるけれど、リアルは「あなたがあなたでいること、存在自体で価値がある」という空間なので、そうした場所は非常に重要です。

 もうひとつのリアルの良さは、「偶然の出会いの力」が非常に強いこと。たとえば家族旅行で鎌倉に行ったとき、鎌倉では普段の生活では感じられない仏様や神様がそばにいて、そこに自然と尊敬が集まって、その中で安らかに生きる気持ちを感じられる。普段の世界では感じてることのできない当たり前に気付く。自分が知らなかった“当たり前”がたくさんあることに気付くのはとても大事だと思います。

生成系AIの登場で教育の焦点が「術」から「論」に

--ChatGPTなど生成系AIで子供たちは論文を書くこともできますが、そういうネットの使い方はどう思いますか。

 「美術は音楽にどうやれば追いつけるのか」という話を例に考えてみると、音楽は「音を楽しむ」もので、鼻歌でもなんでも、技術をもっていなくても楽しめるものの、美術は「美の術」、描き方や塗り方などの術を学ばないと発信者として美を楽しむことができないんですね。でもChatGPTに代表される、さまざまなコンテンツを一定レベルで生成できる生成系AIの登場によって、術を学ばなくても、自分が描きたい絵画を表現できる社会になり、美術がようやく発信者として「美を楽しむ」ものになった。

 そこで問いに戻って、論文はなんのために書くのか。しっかりした論理構成で書くのはあくまで術であって、本来の論文の目的は、世の中の事象について新しい見方を提供したり、そうした見方を整理したりといった「世の中の見方の提供」なんですね。そこでChatGPTを使えば、文章を書く術の部分はAIに任せて、人間は新しい論を提示したり、論と論を組み合わせたりといった「論を楽しむ」ことにフォーカスできる。今は論理構成や文章表現といった術を評価する教育になってしまっているけれど、それをAIによってスキップすることで、ようやく論を楽しむことに集中できるようになっていくのだと思います。

 ここで示した「論」が、4つのルールでいう「OPINION」なんですよね。日本も世界もこれまで「術」に教育のフォーカスが当たっていたので、OPINIONを楽しみ合うところまでいかなかったものの、AIなどでそこをショートカットできるようになる。今後はロジカルシンキングや文章表現は、論を書く技術としてではなく、楽しむために重要になっていくと思います。

ハイリスクな「無難」から踏み出す子供の挑戦に誇りを

--親は「無難に、親世代の常識から大きく逸脱しない範囲で安全に…」と思いがちです。

 まさに「無難」という言葉が、親世代の成功方程式だったのです。しかし、これからの社会では「無難」はもっともリスキーな言葉です。ものづくり大国日本が勝てた時代は、「良いもの」という正解を安く速く作ることが成功であり、失敗を減らすためには前と同じことをし続ける「無難」が大事だったんですね。でも今後は変化が加速していく時代なので、変化しないことが最大のリスクになる。「変化が怖い」気持ちを抜け出すことが大事です。

 Comfort Zone(現状維持のぬるま湯)という考え方があって、無難でいると失敗しないから怒られない。変化をすると予測できないから「不安」になるし、今までの成功パターンが通じなくて自分が無能に思えるので「痛み」を感じて、また無難に戻ってしまいがちなんですね。この典型例が童話の「すっぱいぶどう」で、新しい世界を「おいしくないブドウなんだ」と拒否してしまう。「無難」はいつの間にか未来を「すっぱいぶどう」にしてしまう。

「変化しないことが最大のリスク」

--ぬるま湯から一歩踏み出すために、親はどのように見守ると良いでしょうか。

 没頭できるものを見ていれば、ぬるま湯ではないところに飛び立っていける。そうする中で新しい自分を見つけることができるし、ネットの空間はどんなマイナー好きでも、必ず同じものが好きな人、仲間(PARTY)に出会えます。

 保護者には、子供がネットの中で見つけた新しい没頭できることを一緒に喜び、会話することをおすすめしたいです。バリ島のGreenSchool(*)が掲げている教育方針「Be proud of your Stepping out of your comfort zone」がとても良い視点を示しているのですが、これは「無難から1歩踏み出したことを誇りに思う」ということ。喜ぶのではなく誇る。ネットの空間では好きなものに向かって、いろいろな国やいろいろな年齢から一歩踏み出している人が横にいる。そうした子供の歩みを保護者が「素敵だね、とても良い人生を送っているよ」と本気で言える、誇れるようになることが大事なのではと思います。*Green School:インドネシアのバリ島に開校した幼稚園から高校まであるインターナショナルスクール


 「変化する社会では無難が一番のリスク」と語る尾原氏のコメントに、はっとした保護者も多いのではないだろうか。これまでの親の常識が通じなくなっていく激動の時代だからこそ、新時代を生きている子供たちのOPINIONを喜び、感性を信じることで、親こそが子供から学ぶことが多いのではないかと感じた。親もぬるま湯から一歩出る勇気をもち、子供とともに変化を楽しみながら、新しい時代を生きていくスキルを身に付けていきたい。

尾原和啓(おばら・かずひろ)

 1970年生まれのIT批評家。灘高等学校、京都大学を経て、京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート(2回)、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経産省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー等を歴任。現職は14職目。シンガポール・バリ島をベースに人・事業を紡ぐカタリストでもある。ボランティアで「TEDカンファレンス」の日本オーディション、「Burning Japan」に従事するなど、西海岸文化事情にも詳しい。
 著書に「プロセスエコノミー」「モチベーション革命」(幻冬舎)、「どこでも誰とでも働ける」(ダイヤモンド社)など。小学生のころは友達がおらず、本や漫画ばかり読んでいた。趣味は各国の市場・屋台めぐり。高校生の子供がいる。


激変する世界で君だけの未来をつくる4つのルール
¥1,500
(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)


(インタビュー聞き手:田口さとみ)

《羽田美里》

羽田美里

執筆歴約20年。様々な媒体で旅行や住宅、金融など幅広く執筆してきましたが、現在は農業をメインに、時々教育について書いています。農も教育も国の基であり、携わる人々に心からの敬意と感謝を抱きつつ、人々の思いが伝わる記事を届けたいと思っています。趣味は保・小・中・高と15年目のPTAと、哲学対話。

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