自分が世界と出会う「早来学園」開校への思いを聞く

 北海道・安平町に2023年4月、小中学生がともに学ぶ義務教育学校「安平町立早来学園」が開校した。学校設立の背景や教育の特色について、山田誠一校長と安平町教育委員会の井内聖氏に話を伺った。

教育・受験 小学生
安平町立早来学園
  • 安平町立早来学園
  • 近隣4校の小学校と中学校、公民館図書室を統合
  • 図書室は地域住民も利用できる
  • 図書室の蔵書は5万冊
  • キッチン(調理室)は地域住民もネットで予約して利用できる
  • 発達段階に合わせて教室をデザイン 小学生の教室
  • 直接外へ出入りできる小学生の教室
  • 中学生の教室 天井が高く開放感がある

 北海道・安平町に2023年4月、小中学生がともに学ぶ義務教育学校「安平町立早来学園」が開校した。「自分が"世界"と出会う場所」をコンセプトに、チームラボが空間デザインを手がけ、学校と地域が一体となる空間を実現。学校設立の背景や教育の特色について、山田誠一校長と安平町教育委員会の井内聖氏に話を聞いた。

震災の傷跡を乗り越え、新たな学校が誕生

 北海道の南西部に位置する安平町(あびらちょう)は、新千歳空港から14kmほどの距離にある。2023年4月末時点の総人口は7,357人。日本ユニセフ協会の実施自治体として、子供にやさしいまちづくりを目指している。

 2018年9月に発生した北海道胆振東部地震により、安平町では早来中学校の校舎が利用できなくなってしまった。校舎の再建にとどまらず、近隣4校の小学校と中学校、公民館図書室を統合し、新たな学校「安平町立早来学園」が誕生した。学校設立にあたり、子供たちや住民と議論を重ね、建築家らと検討を続けたという。

 早来学園は2023年5月19日現在、全校児童生徒数が310人、学級数が通常学級11クラス、特別支援学級9クラス。中には、早来学園に入学するために移住した家庭もある。

自分自身にとっての新たな世界観と出会う場所

--早来学園のコンセプト「自分が"世界"と出会う場所」について教えてください。

山田校長:従前の学校は、子供たちに一定の能力を身に付けさせ、一定の方向に導く傾向にあったと思います。「これからの学校はどんな学校が良いのだろう?」と住民たちと一緒に考えた結果、「自分が"世界"と出会う場所」というコンセプトに決まりました。学校で多様な考えや価値観に出会うことにより、自分自身にとっての新たな世界観と出会ってほしいという願いが込められています。

--早来学園の特色を教えてください。

山田校長:早来学園の特色は「物理的な学習環境」「社会的な学習環境」「社会への参画意識の醸成」の大きく3つあります。

発達段階に合わせて教室をデザイン~物理的な学習環境~

山田校長:文部科学省が示す「主体的・対話的で深い学び」を実現できる環境が整っています。これは、教育学全般について研究し、建築やデザインが誘発する学びの可能性について造詣が深い専門家がチームを組み、校舎を設計したことによります。

 図書室やキッチン等は、地域との共用施設となっています。図書室は、子供向けの本だけでなく、大人向けの本や雑誌もあり、蔵書数は5万冊にのぼります。町の図書館が自分たちの学校の図書室にある感覚です。

図書室
キッチン(調理室)

山田校長:校内全域には高速Wi-Fi接続環境を整備し、子供たちは1人1台のタブレットを活用できます。児童生徒が学ぶ各教室は、従前の教室の1.5~2倍の広さに、あらゆる可能性が込められています。1年生~9年生(中学3年生)それぞれの発達段階に合わせて教室をデザインしており、細かく作りが異なります。各教室にはプロジェクターを2台以上設置し、教室の前後にプロジェクターとホワイトボードを配置しています。

学習を通じて社会に参画~社会的な学習環境~

山田校長:早来学園の生活科や総合的な学習の時間に、FoundingBaseという民間企業が深く関与しています。地域の素材と学校のニーズをうまく勘案しながらマッチングさせて授業を設計しています。

 また、開校までの2年間設置していた義務教育学校開校準備委員会では、保護者をはじめ地域住民が参画し、教育目標や教育課程について、さまざまな意見が出ました。子供たちの考えも拾い上げ、誰かが建てた学校ではなく、自分たちが建てた学校という意識が強くあります。

子供たちが主体的に関わって学校を運営~社会への参画意識の醸成~

山田校長:2023年3月の大幅な校則改定にあたり、校則改定委員会を設立し、生徒会の役員と学校の職員2人、PTA4人、有識者としてFoundingBaseのメンバーが加わりました。そこで子供たちは自分たちがきちんと守れる、そしてこの後、早来学園の卒業生として生きていくということまで考え、責任ある立場として堂々と意見を述べていました。学校の校則や運営は、先生がすべて決めるのではなく、自分たちの毎日の生活に関わることに「子供が意見できる」ことで、社会への参画意識が高まります。

作り手と使い手の思いが詰まった校舎

井内氏:学校改革は全国各地で行われていますが、その多くは既存の校舎で校長先生がリーダーシップをとって行われているようです。一方で、学校を新築しても、建築家の思いと実際の使われ方が全然違うことがよくあると聞いています。

 早来学園は、学校建設と学校運営が一緒に手を取り合って作りました。学校の耐用年数を考えると40~50年に1度しかないタイミングです。あらゆる可能性が込められている校舎ですので、教育委員会としても地域としてもできることは全面的に協力したいと思います。

安平町独自の教育手法「あびら教育プラン」とは

井内氏:あびら教育プランは、自分の人生を豊かに生きられる人になってほしいという思いが根底にあります。自分のやりたいことを見つけてワクワクして何かに挑戦できるということは、人生の豊かさにつながります。「豊かに生きているとき」とは、子供が小さければ小さいほど「遊んでいるとき」でしょう。大人も子供も熱中しているときと遊んでいるときは、豊かに生きています。だから最初は、遊びを通じて育つ「遊育」の機会を作っています。教えて育てる教育は大人が主語になりますが、遊育は「子供が主語になる」という点で異なります。思いっきり遊んだ子は、今度はもっと究めたくなります。なので、小学校高学年から中学生くらいのころには、探究することを支えていきます。

 そして、探究していく中で、一歩踏み出してみたくなります。自分で何か生み出してみようとか、新しいものに挑戦してみよう、という段階を「開拓」と表現しています。

 挑戦については、町民の前で「自分はこれがやりたい」とプレゼンをして資金を調達します。実際に小学生が解体前の早来小学校の校舎を使ってテレビ番組の逃走中をやりたいとプレゼンをして、実現したことがあります。しかし、中には資金調達が希望額に達しないこともあり、涙を流す小学生もいます。失敗も学びとなり、何が良くなかったのだろうと振り返ります。

 誰かに協力してもらう力、人に何かを伝える力、実行力と行動力、それらのベースは、「遊び」「探求」「開拓」であるというのが、安平町独自の教育手法「あびら教育プラン」です。

慣例的にやってきた行事を見直し、個性が生きる場に

--早来学園では、どのような学校行事がありますか。

山田校長:5月にスポーツフェスティバル(運動会)、9月にスクールフェスティバル(学習発表会、学校祭)があります。これらは小中一緒に行うため、一貫校の特色を生かした中身を計画中です。

 スポーツフェスティバルでは、徒競走を無くしました。足が速い・遅いと優劣をつけるのではなく、子供たちの個性と捉えたいからです。足が速い子も遅い子もチームで協力して1つの競技に取り組み、それぞれの個性の違いを組み合わせることで、自分の居場所が見つかり、1つのコミュニティが形成されていくものを目指しています。

 また、足の速い子の活躍の場面は、選抜リレーの形で残しています。一方で足の遅い子が辛い思いをしないようにする配慮も大事にしています。

 同様に、勉強や学習発表会の場においても、能力の差が目に見える形で掲示されることがないようにしたいです。その代わりに、それぞれの個性が生きるような場を作ろうと思っています。

 早来学園は小中一貫のため、6年生の卒業式と7年生(中学1年生)の入学式は行いません。これまで慣例的にやってきた行事を見直し、今の時代に合った形に作り直しています。

教科専用の部屋に「学びの履歴」が蓄積され、知的財産が引き継がれる

--教科ごとに教室を移動する「教科教室型運営方式」のメリットについて教えてください。

山田校長:早来学園には、それぞれの教科専用の部屋があります。教室という名称を使わず、国語は「国語室」、数学と理科の座学系は「理数室」、理科は「実験室」、英語は「外国語室」という名称を付けています。教科専用の部屋に入るだけで知的好奇心が喚起される仕掛けになっています。各教科担当の先生が子供たちの学びの履歴や成果物を掲示し、知的な財産を教室内に蓄積してほしいと考えています。さまざまな学年が同じ教科専用の部屋を使うことで、子供たちはそれを見て刺激を受け、さまざまな知的財産が引き継がれていってほしいと願っています。

外国語室では、語学に限らずディスカッションなどの話す活動で利用

学びの空間をチームラボが設計

--チームラボに空間設計を依頼した背景や、校舎・空間デザインのこだわりについて教えてください。

井内氏:文部科学省にこれからの学校施設を検討するチームがあり、そのチームメンバーが早来学園の教育環境設計に携わっています。新しい学校を建てるのであれば、既存の学校施設の建て方ではなく、今までにない空間を作れるチームラボに依頼しました。チームラボの担当者や教育環境設計の担当者が北海道出身ということもあり、地震で被災した児童生徒のために何かしたいという思いから協力してくださいました。

学校と地域が融合し、共創のきっかけが生まれる

--地域に校舎を開放する「安平シェアスペース」は、どのように利用されていますか。
地域住民が利用することで、学校への好影響などあれば教えてください。

山田校長:キッチン(調理施設)やスタジオ(音楽施設)、アリーナ(体育館)など地域との共用施設はインターネットから予約ができます。通常の学校では放課後に学校開放されていますが、早来学園では、施設が空いていれば、授業中でも貸し出しができる仕掛けになっています。アリーナで年配の方が集まって足腰を鍛える「足腰しゃんしゃん教室」や、調理施設で地域キッチンが行われています。午後9時まで開放しているため、地域のNPOの会議や少年団の打ち合わせなどにも活用されています。パソコンを持ってきて仕事している方もいます。周辺にカフェなどがないので、打ち合わせやテレワークスペースに学校が利用できると好評です。

山田校長:初年度ということもあり試行中ですが、地域住民が共用施設の利用を通じて学校への理解が深まり、子供からは地域の大人はどんな人がいてどんな活動をしているか、双方の活動が互いに目に見えることで、そこから生まれる化学変化を楽しみにしています。

 子供が学校で学ぶということ自体が社会への参画であり、「自分たちはここで堂々と学んで良いんだ」ということです。子供が学校で学ぶということが、この地域のコミュニティを形成する一因であるから、大人の側は「暖かく迎え入れて手助けしてあげたい」という気持ちになってもらえればと期待しています。

左:安平町教育委員会の井内聖氏、右:山田誠一校長

--ありがとうございました。

 民間企業と学校、自治体、住民の4者「産学官民」がタッグを組み設立した「早来学園」の先進的な事例が、全国に展開されていくことに期待したい。

《工藤めぐみ》

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