【民間人校長】生徒との対話・授業・情報発信…できたこと、できなかったこと

 苦戦中ー。1学期が終わろうとしているいま、北角氏に再度伺った話から、正直に感じた印象である。「これまでのところ、できたことと、できなかったことで言えば、できなかったことのほうが圧倒的に多いですね。」

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北角裕樹校長
  • 北角裕樹校長
  • 大阪市立巽中学校
 「親しくしていた同期ですので、非常に驚きましたし、とても残念です。公職である以上、無責任だとの批判を受けることはやむを得ないと思います。」

 その上で彼は続けた。

 「一方で、彼が訴えたかったことも一理あります。彼が言っていたことで、印象に残っている言葉があります。いわく、大阪市教育委員会は、民間人校長という傭兵を雇った。本来は、傭兵をどこに配置するか、どういった武器を持たせるか、補給をどうするかなどの戦略が必要なのだが、市教委にはまったく戦略がない。ただ、パラシュートで傭兵を戦場に落とし、ただ戦えと言っているだけだというのです。言い得て妙だと思います。」

 彼の同期に、大阪市立敷津小学校の山口照美氏がいる。Z会に勤める筆者と同じで、民間教育機関で働いた経験を持つ人物だ。彼女は日経電子版にて「ママ世代公募校長奮闘記」という記事を連載中で、7月9日に公開された「退職公募校長の置き土産」という記事の中には、下記のようにある。

  「本気で私たちに改革を求めているなら、配属先の学校そのものを「改革推進指定校」にしてはどうか。

  「指定校には民間人校長が来ます、その代わり『ヒト・モノ・カネ』の自由度を高くします、スケジュールもある程度は動かせます、大きな改善に人手が必要なら送り込みます」

  手続きを簡素にし、金銭の使い方を柔軟にすることで、ようやく「校長経営戦略」の文字に意味が出てくる。それなのに、手続きは相変わらず古いままだ。その点を、退職した校長は「『新しい風』と言うけれど、改革の具体的なビジョンが見えない」と指摘していた。」(日経電子版「ママ世代公募校長奮闘記」7月9日公開より引用)

 メディアを通じて退職公募校長を見る世間の目は、一様に厳しい。正直、筆者も、メディアで見たインタビューを見て、子どもたちへの謝罪の言葉が一つもなかったことを残念に思った一人だ。しかし、同期の公募校長2人の語る内容から、民間人校長公募そのものの仕組みや運用にも課題があることが浮かび上がってくる。

 初めての大規模民間人校長公募施策の中で、初めての仕組みの運用--何もかもが初めてで、校長自らも公教育が初めてという環境。苦戦を経験しながら、小さな発見を積み重ね、次につなげることで、北角氏は困難に立ち向かおうとしている。

 「できなかったこともたくさんあるのですが、やるべきでないと判断したことも多いですね。アイデアを考えついては、却下するということを繰り返しました。

 やろうとしてできなかったこととしては、“お盆休みの数日を完全な休日にする”という試みを職員会議にかけたのですが、反対の声もあったのでやめました。有給休暇が消化できていない教職員も多いし、夏休みが短くなることもあって、休暇を確実にとれるよう、学校そのものを閉めてしまおうというアイデアだったのですが、“部活やりたい”“有給は取っておきたい”などという声もあるんですね。その意見を聞いて、提案をひっこめました。今後どうするかは改めて考えますが。」

 そしてもちろん、できたこともある。

 「外部の力を学校に引き込むことの先鞭はつけられました。アメリカ人の学生ボランティアを呼んで、週2回ほど1年生の英語のクラスの授業をしてもらいました。日本の大学への留学生だったのですが、彼も日常の中には、日本の子どもとの接点があまりないので喜んでいました。英語を習いたての1年生に、実際に英語が話されている様子を目にしてもらうことで、英語の勉強が役に立つのだと実感してもらえたと思っています。

 また、巽中学校はこれまで、週1回の昼休みしか図書室を開けることができませんでしたが、地域のボランティアに来ていただくことによって、毎日開館することができるようになりました。すると毎日50人前後の生徒が来るようになりました。」

 話の最後、彼はこう締めた。冷静に、淡々と、かつ、心の奥底に熱さを感じる口調で。

 「僕自身は、どんなに逆境でも戦いぬこうと思っています。」

<著者紹介>寺西隆行(株式会社Z会理科課課長)
1973年生まれ、東大工学部卒。高校数学の編集業務を担当した後、2004年からWeb広告・宣伝やWebPRの職務に従事、中高生向けSNSやオフィシャルブログなどの立ち上げに携わる。2009年、10年と2年連続で「日経ネットマーケティング イノベーションアワード」優秀賞受賞PJを率いる。2011年4月より現職。NPO法人CANVASフェローを務めるなど、公私問わず教育業界からの情報発信に精力的に取り組んでいる。
《寺西隆行》

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