【英語講師討論(前編)】これからの時代に不可欠な、使える英語を教えたい

教育・受験 小学生

(左から)イーコラボの井出先生、大木先生、芳井先生
  • (左から)イーコラボの井出先生、大木先生、芳井先生
  • 井出麻美子先生
  • 芳井由美先生
  • 大木美希先生
  • 子どもの英語教育について語る先生方
  • 和気あいあいとした楽しい雰囲気
 子どもを取り巻く英語学習が、大きく動き始めている。2018年度から段階的に正式な「教科」として、成績がつけられるようになる。並行して、英語活動の開始が小3からへと前倒しされ、中学での英語は基本的に英語で実施。2020年度から、完全実施の予定だ。

 子ども英語教室として、小学館ホームイングリッシュスクールから始まり、小学館ホームパル、小学館アカデミーと45年にわたる歴史をもち、日本の英語教育の変化に対応し続けてきた小学館アカデミーは、今後の変化に対応し、本気で英語を使いきれる日本人を育てるために段階的に導入を進めてきた。乳幼児~小学生対象の英語教室「イーコラボ」を2015年、本格スタートさせる。

 「小学館アカデミー」はイード・アワード 子ども英語教室において、2013年、2014年の2年連続で「先生がよい英語教室」を受賞した。その英語教室で長年活躍してきた3名の先生、井出麻美子先生、芳井由美先生、大木美希先生に、子どもの英語教育の変化について、さらに今後子どもたちがよりよく生きるための英語学習についてお話しいただき、2回にわたって紹介する。

 前編は、子どもの英語教育現場で感じる変化を中心に、英語にまつわるご自身のエピソード、そして英語教育がどのように変わっていくかを聞いた。

◆英語にまつわる自分の体験を伝えたい

--英語の先生になろうと思ったきっかけは何ですか。

芳井先生:いくつかの教室で教えています。子どもの頃、近所の方が行っていた、小学館の英語教室に通っていました。先生がとても楽しく、レッスンも英語も大好きで、それがきっかけで大学では中学・高校の教員免許も取得しました。その後、語学を使いながら世界で活躍する仕事、旅行会社の営業と添乗の仕事に就いたのですが、やはり教える仕事の魅力に惹かれて英語の先生になりました。

大木先生:子どもの頃から数々の習い事を経験し、それぞれの先生に憧れを抱き、そこから将来教える仕事がしたいと思ったのがきっかけです。その中の習い事のひとつが、小学生のときに学んだ英語です。教室では英語も先生も教室も大好きでしたし、たくさんの友だちができました。

 その後、中学・高校で合計2度留学を経験したなかで、英語の先生になることを目指し、英語を教えながら充実した生活を送っています。

井出先生:現在、小学館アカデミー本部にて、イーコラボの開発に携わっています。子どもの頃は、英語に触れる機会はまったくない、長野県の山間で過ごしていました。しかし、小2のときに、急きょ父の仕事の関係でアメリカ南部にあるジョージア州へ、家族6人で行くことになりました。現地校で、毎日サバイバル生活を送りながら身につけた英語は、今かけがえのないものになりました。

 その後、小6で日本に帰国し、渡米前に住んでいた長野に戻りましたが、いつかまたアメリカへ行こうと英語のトレーニングを続け、高2のときに1年間、カナダのブリティッシュコロンビア州へ留学しました。留学から戻り、大学の商学部で貿易の勉強をしましたが、国際社会における英語の重要性や、子どものときの学習の大切さを思い起こし、小学館アカデミーで子どもの英語教育に関わるようになりました。

--英語にまつわる印象深いエピソードはありますか。

芳井先生:以前、旅行会社に勤務していて、添乗員としてお正月にスペインへ同行した際、スペインがストライキ入りし、マドリードの観光名所であるプラド美術館に入場できないというトラブルが起きました。さらに、マドリードからグラナダ行きの飛行機も運休、それらをひとりで解決しなければ、ツアー日程を大幅に変更することになります。

 とにかく、プラド美術館へ向かい英語で交渉し、なんとか1時間だけ鑑賞させてもらえることに。その後空港では、飛んでいる飛行機を手配するために、英語とボディランゲージを駆使し、なんと30人分の席を確保できたのです。

 トラブルを乗り越えられたのは、英語ができたということと、懇願の感情を表した会話ができたことで、相手に困っている切実な状況が伝わったからだと思います。このときの経験は、いま子どもたちへ、身をもって体験したこととして伝えられるので、私のキャリアがとても活きていると思っています。

大木先生:私は、中2のときに1か月間アメリカのミシガン州へ、また高3のときに1年間アメリカのバージニア州へ留学しました。留学先では学校の先生をはじめ、とてもいい方々にめぐり合いました。とりわけ、ホームステイ先のホストファミリーの方々の愛情あふれる言葉やしぐさ、態度に気持ちを込めて伝え合うようす、そういう家族の形にとても感銘を受けました。

 私が感動したそのときの経験を、日本の子どもたちにもぜひ知ってほしい、そんな国や場所へたくさんの子どもたちを送り出したい、そこから英語の先生になりたいと思うようになりました。

井出先生:私は、小学生時代のアメリカ現地校でのことを、今でも鮮明に覚えています。言葉も文化も何もわからないで生活するなかで、昨日わからなかった言葉や出来事が、今日理解できた、学びのある毎日を自分で体感できたことは、今とても大きな財産となっています。

 ランチボックスを忘れた、という自分にとっての大事件がありました。学校に向かうバスの中では、涙を流すほど。お昼ご飯を食べないわけにはいきませんので、忘れたことを先生に必死で伝え、理解してもらえた体験をはじめ、困難を必死で考え乗り越え、つかんだ学びは大きな出来事でした。まさに、生きるための学びでしたね。
《船田るみ子》

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