学びあう児童、余裕ある先生…ICTで実現、佐賀県多久市の「働き方改革」

 平成30年1月26日、佐賀県のほぼ中央に位置する多久市において、佐賀県多久市立東原庠舎中央校で公開授業が行われた。同市が同年1月から推進する、「児童生徒の学び方と教職員の働き方改革プロジェクト」を取材した。

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2018年1月26日、佐賀県多久市立東原庠舎中央小学校で行われた公開授業のようす(写真は理科の時間)ふりこで重さをはかる実験中。タブレットを利用して、結果を記録していく
  • 2018年1月26日、佐賀県多久市立東原庠舎中央小学校で行われた公開授業のようす(写真は理科の時間)ふりこで重さをはかる実験中。タブレットを利用して、結果を記録していく
  • どうなるのかな?授業に真剣な児童たち。写真は電子黒板とタブレットを利用し進められる授業での一コマ
  • 2018年1月26日、佐賀県多久市立東原庠舎中央小学校で行われた公開授業のようす(写真は算数の時間)
  • 2018年1月26日、佐賀県多久市立東原庠舎中央小学校で行われた公開授業のようす(写真は算数の時間)
  • 2018年1月26日、佐賀県多久市立東原庠舎中央小学校で行われた公開授業のようす(写真は体育の時間)
  • 2018年1月26日、佐賀県多久市立東原庠舎中央小学校で行われた公開授業のようす(写真は体育の時間)シュートとパスの回数を記録しておき、試合後の作戦会議に役立てる。先生はアドバイス係
  • 2018年1月26日、佐賀県多久市立東原庠舎中央小学校で行われた公開授業のようす(写真は理科の時間)児童らの記録をもとに、見えてきた「重さ」の法則について学ぶ
  • 学びあう児童、余裕ある先生…ICTで実現、佐賀県多久市の「働き方改革」
 「いーち、にーい、さーん…」「もっと重くしたらどうかな」「次は私が測ってみるね」―教室に児童の明るい声が響き渡る。使っているのは、Excelとタブレット端末。先生が児童の実験結果を電子黒板に表示し、気づきをまとめてゆく―。佐賀県多久市立東原庠舎中央校・小学5年生の教室では、近年話題の教育ICT機器を利用しながらも、決して“無理のない”授業が実施されていた。

教育ICTで現場の学び・働き方を改革、多久市の挑戦



 平成30年1月26日、佐賀県のほぼ中央に位置する多久市において、佐賀県多久市立東原庠舎中央校(たくしりつ とうげんしょうしゃ ちゅうおうこう)で公開授業が行われた。四方を山に囲まれたこの緑豊かな盆地では、平成29年4月から小中一貫教育が開始され、多久市立東原庠舎中央校、多久市立東原庠舎東部校、多久市立東原庠舎西渓校の3校で小学校児童957人、中学校生徒523人が学んでいる(平成29年度学校基本調査に基づく)。同市には国の重要文化財に指定されている「多久聖廟(せいびょう)」があることから、孔子の教えにもとづいた教育や「論語カルタ」の導入など、特色ある教育を行ってきた。

佐賀県多久市立東原庠舎中央校(たくしりつ とうげんしょうしゃ ちゅうおうこう)。2013年4月1日から小中一貫校としてスタートした
画像:佐賀県多久市立東原庠舎中央校

 多久市は教育ICTの導入にも積極的で、平成21年4月からは市内全校に全普通教育に電子黒板を導入。平成26年11月からはシャープと日本標準、日本マイクロソフトによる実証研究の現場に選ばれており、教育ICTを活用した学びの推進に注力している。平成28年度には、総務省の「先導的教育システム実証事業」に選定された経験も持つ。

 平成30年からはさらに、学校教育現場の学び方や働き方を変えようと、日本マイクロソフトソフトバンク コーマス&サービス(ソフトバンクC&S)と協力した「児童生徒の学び方と教職員の働き方改革プロジェクト」をスタート。市内に合計190台のタブレット端末を整備(平成29年度)し、児童生徒間における協働学習の増加と、テレワークの開始も視野に入れた教職員の「働き方改革」を推進する。

協働学習を8割へ、学びの改革



 公立・私立に関わらず、子どもを取り巻く教育環境は日々、進化している。保護者の世代とは大きく異なり、まだまだ地域差はあるものの、電子黒板やタブレット、行き届いたPC環境はもはや、めずらしいものではなくなってきた。しかし、「教育ICT」や「ICTを利用した学び」と聞くと、まるで“サイバー教室”のような、技術の粋を集めた最新鋭の教室で授業が行われるようすを思い浮かべてしまう保護者は少なくないだろう。

 そんななか、中央校が今後取り組んでいくのは、おもに文教モデルのタブレット端末を利用して、マイクロソフトが提供する「Microsoft 365 Education」を授業で活用していこうとする、ソフトもハードも非常にシンプルな施策だ。

 「Microsoft 365 Education」には、教育機関向けの「Office 365 Education」や「Windows 10 Education」などの機能・サービスが含まれている。無線LAN環境があれば、教室や校庭、体育館などの場所を選ばず、WordやExcel、PowerPointやOneNoteなど、どこでも自由にOffice機能を利用できる点が特徴だ。

 中央校の小学5年生の教室を覗いてみると、児童らが実にスムーズにExcelを使いこなしていることに驚く。理科の授業では、1班に2台のタブレットが配られ、電子黒板と連動した協働学習が実施されていた。

2018年1月26日、佐賀県多久市立東原庠舎中央小学校で行われた公開授業のようす(写真は理科の時間)ふりこで重さをはかる実験中。タブレットを利用して、結果を記録していく
画像:ふりこで重さをはかる実験中

 紐の先におもりを結び、ふりこの振り幅と時間を計測。時間はタブレットからストップウォッチ機能を呼び出して、計測した時間はExcelの該当箇所に入力する。さすがデジタルネイティブ世代といったところか、タブレット端末の取扱いに不自由は感じられない。ゆうゆうと使いこなし、能動的に意見を交換しあっている。バスケットボールに熱中している体育の授業では、チームメイトのパスやシュート回数を記録し、次の試合に向け、Excelを用いて作戦会議をするようすも見られた。

2018年1月26日、佐賀県多久市立東原庠舎中央小学校で行われた公開授業のようす(写真は体育の時間)シュートとパスの回数を記録しておき、試合後の作戦会議に役立てる。先生はアドバイス係
画像:誰が一番シュートをしたかな?真剣に作戦会議をする児童ら

 算数の授業では多角形を取り上げ、担当の先生が六角形を電子黒板に表示。教職員用に導入されているタブレットを手元で操作し、児童らが形と角、頂点の数の関連性に気づくよう、赤線を書き込んでいった。

2018年1月26日、佐賀県多久市立東原庠舎中央小学校で行われた公開授業のようす(写真は算数の時間)
画像:先生のタブレットと電子黒板が連動している。算数のようす

 語弊を恐れずに述べれば、ExcelやWordといったOffice製品は、いち社会人、保護者世代にとってはもはや“普通”のもの。真新しさや奇抜さはない。しかし、中央校で見られた伸び伸びとした活用方法からは、大人も戸惑うほど多機能なサービスやハードの導入に見られるような肩肘をはった「ICT教育」ではなく、児童生徒および教員の身の丈にあった導入および活動の重要さが見えるようだった。

「楽しいです!」児童・保護者の反応は上々



 おもに小学5年生がタブレットを管理しているという中央校で、実際にタブレットを活用した授業を受けている児童に話を聞いた。すると、タブレットを使った勉強は「楽しい」「難しくない」「休み時間に使うこともあります」など、前向きな意見が聞かれた。

 理科の授業を実施した古川能正先生によると、タブレットを活用した授業については、保護者からの反応も上々。学習記録をデータ化できるため、個人面談の場で児童の学習状況やつまずきを客観的に示すことができているという。

 ただし、「タブレットは高価なものなので、扱い方には注意が必要」とコメント。さらに、今後児童らがタブレットを自宅に持ち帰り、予習復習を自宅でできるようにする、反転授業などに取り組むことになった場合には、「家庭での扱い方やネット回線の整備など、学校側からの配慮が必要になるだろう」と指摘した。

 古川先生は、教育ICTを活用した授業を実施するうえで重要なポイントを「教師は子どもの気づきを引き上げることに専念すること」と述べる。これまで紙を活用した授業では無駄が多かった点、たとえば図の切り貼りや資料配布、まとめの時間などをICTで効率化し、生まれた時間をもっと、児童の学びを深化させる時間に充てようという意味だ。そのため、Office機能については各校に配置されたICT支援員と相談しながら選定したり、特別に調整してもらったりと、調整も行っているようす。教育ICTは、なんでも叶える“魔法”ではなく、理想の授業を叶える“道具”として捉えている姿が見えた。

教務、さらに校務もフルクラウド化…教員の働き方改革



 多久市は今回、市内全校の全職員に対し「Windows 10」を搭載したPCを完備。まずは教職員に最低1人1台の作業環境を用意し、教務だけでなく、校務のデジタル化や、教職員間での情報共有にも使ってもらおうという試みを始める。

 多久市の働き方改革が掲げるおもなねらいは、教職員の残業時間を縮減することだ。遠方からの会議参加や事務作業もできるよう、4月からはテレワークも可能にする。児童生徒の成績を含む個人情報を多く扱うことから、セキュリティ面での不安が大きく、校務のクラウド化は見送られてきた。しかし、この度多久市はソフトバンクC&Sの助言を受け、フルクラウド化を決定。同市教育委員会教育長の田原優子(たばる ゆうこ)氏は、「フルクラウド化することで、PCはただの箱になった」と表現。教育者という性質上、教室に出ず常に遠隔授業を行うというのは現実的でないとしながらも、月80時間以上の残業をしている教職員をゼロにしたいと意気込む。教職員がクラウド上で「Microsoft 365 Education」を存分に活用し、「時間の作り方を覚え、子どもと一緒にいる時間を増やせれば」と期待を述べた。

 IT関連製品の製造・流通・販売、およびIT関連サービスを提供するソフトバンクC&S内で、教育ICTの導入や運用、設計などのコンサルティングを担当しているICT事業本部EM本部 エデュケーションICT推進室室長の古泉学氏は、多久市の教育クラウド化について「学習系ネットワークと校務系ネットワーク、校務系外部接続ネットワークの完全分離が求められる『教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン』に沿った運営とした」とコメント。平成29年10月に公表された同ガイドラインに従いながら、教育現場に影響のない設計に配慮したという。

多久市教育クラウド化概要
画像:多久市教育クラウド化概要

 社が推進する「デジタルトランスフォーメーション」を教育現場にも展開し、「先生の働き方改革」と「子どもたちの学び方改革」を進めたいと話すのは、日本マイクロソフト執行役員常務 パブリックセクター事業本部長の佐藤知成氏。同社のWord、Excelなどに代表される文書作成機能を利用し、クラウド上で教材や情報共有のスピードを加速させ、事務作業の時間短縮や「見える化」の実現をねらう。「OneDrive for Business」や「SharePoint」といった、企業でも利用されている情報共有ソフトを活用した会議や打ち合わせの効率化も進めてほしいとする。佐藤氏は多久市が「Microsoft 365 Education」を導入することで、働き方改革が進み、教職員が教材研究に充てる時間や、「休みやすい環境」づくりに貢献できたらと期待を込めた。

 多久市市長の横尾俊彦氏は、ICTを「I Create Tomorrowの頭文字」と表す。ICTありきの教育ではなく、大切なのは「ICTを使って何をつくるか、何をするか」という点であることを強調した。横尾氏は会見において、「新しい時代の取組みを、この小さな市、多久でもやってみよう、そしてこの(取組みを持って)新しいことにチャレンジしよう」とし、多久市の取組みが教職員の働き方に余裕を持たせることができればと、市長挨拶を締めくくった。

 児童生徒の学びと教職員の「働き方改革」は始まったばかり。教務と校務のフルクラウド化がもたらす影響に今後、注目していきたいところだ。
《佐藤亜希》

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