「質問する力」「教える力」について考えたことがあるだろうか。前回のコラムでも書いたとおり、この2つは学力を伸ばす鍵となるスキルだ。しかしそれだけではない。新井氏に言わせると「子どもたちが今後迎える新しい社会で活躍する上で、とても重要な意味をもっている」とのこと。知識の習得に加え、「質問する力」「教える力」を身に付けることが大切な成長のための要素になりうる所以を、一緒に考えてみたい。
「質問する力」「教える力」のある学生は、志望校合格率が高い!?
アルクテラスが現在まで約5年間に渡って提供する「Clear」は、学生どうしの学び合いを促進するノート共有サービスだ。「Clear」の中には、学習に関する不明点や自分が解けない問題などを「質問」として投稿し、それに対して他の学生が「回答」として教えることのできる「Q&A」機能を備えている。アルクテラスの調査によれば、これまでに約50万件もの質問と回答のやり取りがされているそうだ。
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「Clear」ではユーザーどうしが日常的に質問と回答を投稿し、学び合いの輪が広がっている
さらに、2018年4月に受験生ユーザー約300名を対象に合格実績を調査したところ、質問する・教えるというアクションを複数回行っていた受験生ユーザーの半数以上が、第一志望校に合格していることがわかった。受験という忙しい時期に他の学生に勉強を教えるという、ともすれば時間の無駄と思われるようなことを繰り返している学生の多くが第一志望校に合格できる理由はなんだろうか。
「質問する」「教える」を繰り返すことで育まれるもの
彼らの合格率が高いことの背景には、まず前提として「わからないことを放置しない」という学習への積極的な態度が見て取れる。さらに新井氏は、それ以上の深い理由があると分析する。「Clear」ユーザーの投稿内容やアプリ上での活動傾向を整理すると、下記のようになる。
「質問する」までの過程
Clearで「Q&A」機能を活用しながら志望校に合格をした学生たちを分析すると、以下の特徴がある。
・自分が理解できているところ/理解できないところを把握している
・それを人に的確に伝えられるように投稿している
・不明点を解決するために能動的に質問をしている
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自分が今どういったレベルにあり、何を知りたいのかを明確に伝えることで、相手も回答しやすくなる
「教える」までの過程
一方、Clearの中で教える活動を繰り返して志望校に合格した学生たちには、次のような特徴がある。
・質問された内容について、正しく理解している
・自分でなく質問者の立場で、的確な説明をしている
・間違いのないように教えようという責任感がある
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相手の理解度を考慮しながらアドバイスを投稿する「教える力」の高さ
質問をするには、不明点を解決しようとする主体的な態度が必要だ。それに加え、自分の理解の程度を客観的に把握する必要がある。一方、教える立場には、自分だけでなく相手にもわかるような深い理解と説明力が必要になる。知識として答えを知っている、解法を知っているという上辺の理解だけなく、内容を咀嚼し、質問者の意図を汲みながら、相手に合わせて記述・表現をすることが大切だ。
入試問題に向き合うとき、その出題意図や求める答えをうまく推察し、自分の持ちうる情報を整理しながら伝える力。このようなスキルが、結果的に学力の向上や志望校への合格につながることは、容易にイメージできるだろう。
「質問する力」「教える力」は、これからの社会で活躍する力にもつながる
あらためて言うまでもないが、勉強は決して受験や進学のためだけに行うものではない。むしろ、学校を出て以降の社会で必要とされる力を養うことのほうが、本来の目的だろう。たとえば、新しいサービスや商品を世の中に送り出す仕事における、必要なスキルを考えてみたい。
かつて商品開発・サービス開発の現場で使われてきた思考方法は、需要のある商品・サービスとは何かを唯一無二の答えとして導き出すものだった。しかし現代は、テクノロジーの発展やニーズの多様化とともに、それぞれの場面、ユーザーそれぞれの立場にとっての最適解を探し続ける必要が出てきている。そんな現代において、新しいサービスや商品を生み出すとき、まさに「質問する力」「教える力」が大きな効力を発揮する。
新しいアプリケーションの開発を具体例にすると、その流れは概ねこのようになる。
1. ターゲットとなるユーザーの抱える課題の把握
2. ユーザーにとって使いやすい機能という視点での設計
3. ユーザー向けアプリのエンジニアリング開発
4. アプリをリリースして継続的改善
言わずもがな、1~4の各工程では、さまざまな人たちと関わる。ターゲットとなるユーザーへのヒアリング調査はもちろん、設計段階での事業責任者、デザイナー(設計者)との情報共有、開発段階でのエンジニアとのやりとり、リリース段階でのマーケティング担当者との協力などだ。それぞれがプロフェッショナルとして仕事をする一方、より良いサービスを開発する上で、各工程での情報共有や相互理解は欠かせない。そこで必要になるのが「質問する力」「教える力」だ。
正直なところ、一緒に仕事に取り組むメンバーと適切にコミュニケーションをとれる社会人はさほど多くない。「質問する」「教える」というスキルは、誰もが持ち合わせているわけではないのだ。学生のうちからそのトレーニングを積んでおくことは、将来の仕事をする上で通用する価値を高めることにつながり、子どもたちにとって財産になるはずだ。
ベストセラーとなった『LIFE SHIFT』を著したリンダ・グラットンが提唱するように、現代の子どもたちが成人するころには「人生100年時代」を迎える。彼女は社会で働き始めてからの学習の重要性がさらに高まると主張する一方で、そこで身に付けるべきスキルは「自分の理解状況を客観的に把握する力」と「能動的に疑問を解決する力」だと語る。学生の頃から、これらに通じる「質問する力」「教える力」を身に付けることは、キャリアを築く上で強い味方になることは言うまでもない。
新学年になって初めての定期テストを終え、あらためて日々の生活や学習計画を見直している頃だろう。受験という目の前の通過点だけではなく社会に出てからの活躍も見据えながら、「質問する」「教える」ことを通しての学びを意識してみてはいかがだろうか。