ポプラ社の協力のもと、リセマムでは、読者限定で本書の一部を無料で公開する。予定調和では終わらない、ときに残酷でリアルな、4つの家庭の「中学受験」の行方はいかに…。
前回のお話はこちら。第一章 真下つむぎ(三月) 3-2
昨日とは違う教室だった。五十嵐先生について、つむぎも中に入った。もうすぐ授業がはじまる時間なので、生徒がたくさんいてがやがやしている。
「あっ、いた。堀部さん! 伽凛ちゃん! 」
左右を見回していた五十嵐先生は、誰かを見つけて声を上げた。前のほうの席にいたポニーテールの女の子が、こちらを振り返る。ちょっと、こっち来て、と五十嵐先生に呼ばれると、何? という表情をしながらその子はこちらにやって来た。
「あっ、新しい子?」
「真下つむぎちゃん。今日からこのクラスだから、よろしく。つむぎちゃん、彼女はここの姉御だから、頼れる存在よ」
五十嵐先生にそう紹介されると、姉御? と顔をしかめて言い返すも、伽凛と呼ばれた彼女は、まんざらでもなさそうに顎を上げた。
「よろしくって、何すれば良いの?」
「いろいろ教えてあげて。つむぎちゃんの席、伽凛ちゃんの隣にしておいたから」
五十嵐先生は「はーい、みんな、今日から新しい座席表」と大きな声で言って、持っていたプリントをホワイトボードに貼る。伽凛もそれを確認しに行って、すぐに戻ってきた。
「あたしの席がここで、真下さんはこっち」
「ありがとう…ございます」
伽凛に案内された席に、つむぎはリュックを置く。
「良いよ、普通にしゃべってくれて。あっ、涼真! ここみたいよ」
伽凛は、座席表を見に行こうとした眼鏡をかけた男子に、自分の席のうしろを示してみせる。
「あっ、そう」
「涼真、こちらは真下つむぎちゃん。今日からうちのクラスらしいんで、よろしく。つむぎちゃん、この人は牛窪涼真」
さすが姉御というだけあって、伽凛は面倒見がよさそうだった。
「これまで塾は? 」
涼真という眼鏡男子は、感情の見えない表情でつむぎを調べるように眺める。
「えっと…東研フロンティアっていうところに」
「ああ、東フロ」
涼真は鼻の付け根の眼鏡を中指で上げる。
「涼真って、前はドラ生だったんだけど、五年の途中からこっちに移ってきたんだよ」
伽凛が説明した。