「数学科」か「医学科」かの選択
自分は数学が一番好きです。
それは他の教科の勉強をしているときに強く感じます。
しかし、数学そのものを職業にするとなると不安でした。
ピーター・フランクルさんや数学オリンピックで出会った、雲の上にいるようなすごい才能の持ち主の方々と同じような世界に飛び込むのは、よほどの天才的な人のすることだと思っていたからです。
自分が賞を取ろうと思えるくらい数学に打ち込んで、ライフスタイルや収入に無頓着なまま年を重ねてしまったら、やはり就職や結婚のタイミングを逃すのではないか、と悩みました。
数学科に進んで企業や官公庁で講演したり、講師をしたりするのも誰もができるわけではないし、保険関係の数理士になったり、場の動向などを分析、予測する専門家になったりするのも狭き門です。
それに比べたら、大学のカリキュラムが職業訓練のようになっていて、決められたことをこなしたら、ほとんどの人が職業にたどり着く医学部のほうが、はるかに簡単なことに思えてきました。
性格についても、数学を職業にするような人は、何日も人と話さずに机に座っていても平気でいられて、ずっと数式を眺めている生活をもっとも幸せなことと思えるタイプの人だと思います。
それに対し、医師に向いているのは、コミュニケーション能力と体力の優れたタイプです。医学部は運動部出身の人も多く、社交的な人も多いのです。
よく考えたらどちらのタイプも自分とは違うのですが、私は家でじっとしているより人と会ってワイワイ話すことが好きなので、どちらかと言うと医師向きのような気もしてきました。
東京大学のシステムは、迷っている人には都合のいい進振り制度があります。理科III類に入ったものの1年半迷った結果、やはり理学部や工学部に行こう思ったら、行くことができます。
実際そういう人は何人も知っていますし、もっと後になって医学科を辞めて数学科に入り直した人もいます。
社会経験もなく世間もよく知らない未熟な10代のころに、職業を決めるのは難しいことですので、それは優れた制度だと思います。
反面、他の大学の医学部生がもっと早くから勉強している医学部の学習内容について、だいぶ遅れて始める東大のカリキュラムは、すごいスピードで進み、膨大な暗記と戦うことになります。
というわけで、迷いつつも理科III類に入学し、上記のことを悶々と考えながら過ごし、やはり医者になりたい、となり医学部に進学したわけです。
今でも数学科の友だちの話を聞いたときなどに「数学科に入っていたらどうなっていたかな」と考えますし、医学の勉強をしているときに「私は医者に向いていない気がする」などと悩んでしまいますが、実際に病院で実習をおこなっているうちに、「やはり直接的に人と関わり病気を治していきたい」という思いが強くなってきました。
よく「なんとなく受かりそうだから、医学部に行ったんじゃないの?」と言われますが、そうではなく医学の勉強を深めれば深めていくほど、医師になるという使命に目覚めていきました。
医学部での暮らしの話をします。東大医学部では2年の後半から3年で基礎的な医学(人間の体の仕組み)の授業や人体解剖の実習があります。
人体解剖の実習では、一個一個筋肉や血管などの名前を覚えていきます。
日本語名だけではなく、英語名やラテン語名も覚えなければならないので、とても大変です。
無事に4年に進級すると、今度は各部位(消化器とか心臓とか)に特化した授業が始まります。
なんと試験科目が40科目もあります。1、2週間に2科目程度の頻度で試験があるので大変です。一夜漬けで乗り切ることも可能ですが……(笑)。
4年の終わりにCBTとOSCEという国家試験の前の段階のような、全国の医学部生が一斉に受ける試験があります。合格率は高いですが、結構難しいので油断は許されません。
無事に合格したら、晴れて病院での実習が始まります。国家試験の勉強をしながら実習で大学病院や外部の病院に行きます。
外科の実習では実際に手術を見学したり、内科の実習では担当になった患者様と実際にふれあい、カルテを書く練習をしたりします。採血の練習や聴診器で音を聞く練習もあります。
教科書や国家試験用の問題集は膨大な量で、足の指の上に落としたら間違いなく骨折するくらいの重さの本もあるので、普段は持ち歩かずiPadやMacBookで勉強しています。
本当に頭がいい人の勉強法
<著者プロフィール:葛西 祐美(かさい ゆみ)>
1994年、東京都出身。専門塾へ通わず都立高校より東京大学理科III類に現役合格、現在は東大医学部医学科に在籍。高校時代に、数学の偏差値「99」という驚異の数字を記録した。2012年に中国で開催された女性限定の「中国女子数学オリンピック」で、日本人として初の優勝、翌年も優勝し連覇を成しとげた。天才数学女子大生として「日本の頭脳No.1決定戦」「頭脳王」「さんまの東大方程式」「Qさま」など数多くのTV番組にも出演している。趣味はアニメやコスプレなど、サブカルチャー方面。