老後に損しないための脱・夫の扶養「年収106万の壁」

 社会保険労務士、FP、年金アドバイザーなど多数の資格を生かして執筆活動を行っている「FPきむ」こと木村公司が、老後に損しないための年金にまつわる基礎知識を解説する。

生活・健康 保護者
イメージ写真
  • イメージ写真
 2016年10月1日からは、パートやアルバイトなどの短時間労働者であっても、次のような要件をすべて満たすと、社会保険(健康保険、厚生年金保険)に加入することが必要となったことをご存知だろうか。

(A)1か月あたりの決まった賃金が、8万8,000円(年収なら106万円)以上であること
(B)1週間あたりの決まった労働時間が、20時間以上であること
(C)学生ではないこと
(D)雇用期間の見込みが、1年以上であること
(E)従業員の人数が、501人以上の会社で働いていること

 また(E)の要件が改正されたため、2017年4月1日からは、社会保険に加入することに対する、労使(労働者と使用者)の合意がある場合、従業員の人数が500人以下の会社でも、社会保険に加入する。

目次
◆年金を増やすために、給与の手取り減を受け入れる人は意外に多い
◆厚生年金保険の加入によって、障害年金や遺族年金も金額が増える
◆遺族厚生年金の金額は、老齢厚生年金の4分の3程度になる
◆【例1】夫の遺族厚生年金がもっとも多い
◆【例2】妻の老齢厚生年金と夫の遺族厚生年金の合成がもっとも多い
◆妻が夫よりも大幅に年下の場合には、年金の増額を実感しにくい
◆社会保険に加入すれば病気やケガ、死亡に対する保障が充実する
◆将来的に遺族厚生年金は、有期年金の範囲が拡大される可能性がある


年金を増やすために、給与の手取り減を受け入れる人は意外に多い



 先日ニュースサイトの記事を読んでいたら、厚生労働大臣の諮問機関である社会保障審議会の年金部会が、(A)の要件を8万8,000円から、6万8,000円に引き下げる議論を、開始すると記載されていた。厚生労働省は要件の引き下げによる適用拡大により、新たに社会保険の加入者を、最大で約200万人増やす方向のようだ。

 また2020年の法案提出を目標にしており、その法案が成立した場合には、最短だと2021年から、社会保険の適用が拡大される見込みだ。2016年10月1日から上記のように、社会保険の適用が拡大されるとき、厚生労働省は新たに約25万人が、社会保険に加入すると予測していた。しかし実際は新たに約37万人(2017年度末時点)が、社会保険に加入したのだという。

 そうなると厚生労働省の予測よりも多くの人が、社会保険の保険料の天引きによって、給与の手取りが減るというデメリットと、将来に受給できる年金が増えるというメリットを秤にかけ、メリットの方を選んだのだと思われる。

 2021年から実施される可能性のある、社会保険の適用拡大の際にも、デメリットよりもメリットを選ぶ人が、意外に多くなるのかもしれない。

厚生年金保険の加入によって、障害年金や遺族年金も金額が増える



 厚生年金保険に加入する夫の扶養になっている妻は、国民年金の第3号被保険者に該当するので、この保険料を納付しなくても、原則65歳になったときに、国民年金から支給される「老齢基礎年金」を受給できる。また妻が第3号被保険者から抜けて、厚生年金保険に加入した場合には、この老齢基礎年金に上乗せして、厚生年金保険から支給される「老齢厚生年金」も受給できる。

 老齢基礎年金や老齢厚生年金といった用語は、誕生日の近くになると送付される、「ねんきん定期便」にも記載されているため、厚生年金保険の加入によって増える年金とは一般的に、老齢厚生年金を示していると考えられる。しかし厚生年金保険に加入した場合、一定の障害状態になったときに、国民年金から支給される「障害基礎年金」に上乗せして、厚生年金保険から支給される「障害厚生年金」も受給できる。また厚生年金保険の加入者が死亡した場合、その一定の遺族は、国民年金から支給される「遺族基礎年金」に上乗せして、厚生年金保険から支給される「遺族厚生年金」も受給できる。そのため厚生年金保険の加入によって増える年金とは、老齢厚生年金だけではないのだ。

遺族厚生年金の金額は、老齢厚生年金の4分の3程度になる



 65歳以上になった妻が、自分の老齢厚生年金と、夫の死亡による遺族厚生年金を、同時に受給できるようになった場合、妻の老齢厚生年金が優先して支給される。

 そして次のAがもっとも金額が多かった場合、遺族厚生年金は支給停止になり、またAよりもBかCの方が、金額が多かった場合、いずれかの金額が多い方と、妻の老齢厚生年金との差額が、遺族厚生年金として支給されるのだ。

A:(妻の)老齢厚生年金
B:(夫の)遺族厚生年金
C:(妻の)老齢厚生年金の2分の1+(夫の)遺族厚生年金の3分の2

 この「(夫の)遺族厚生年金」については、夫が公的年金に加入して保険料を納付した期間などが、原則25年(300月)以上ある場合、ねんきん定期便の中に記載されている夫の老齢厚生年金(報酬比例部分)に、4分の3を乗じると、大まかな目安額がわかる。

 なお、たとえば厚生年金保険の加入中に、短い加入期間で死亡し、厚生年金保険の加入月数が300月に満たない場合、最低でも300月は加入したものとみなして、遺族厚生年金を算出するため、次のように少しだけ計算式が変わる。

・老齢厚生年金÷厚生年金保険の加入月数×300月×4分の3

 ただ妻が65歳以上になる頃には、夫は公的年金の保険料を、原則25年(300月)以上に渡って、納付している可能性が高いので、前者のように老齢厚生年金に4分の3を乗じて、遺族厚生年金が算出される場合が多いと思われる。

 このようにして算出した夫の遺族厚生年金と、妻の老齢厚生年金を元にした、具体例を2つ挙げると次のようになる。

【例1】夫の遺族厚生年金がもっとも多い



 妻の老齢厚生年金が20万円で、夫の遺族厚生年金が60万円の場合、A~Cは次のようになる。

A:20万円
B:60万円
C:(20万円×2分の1)+(60万円×3分の2)=50万円

 65歳以上になった妻が、自分の老齢厚生年金と、夫の遺族厚生年金を、同時に受給できるようになった場合、上記のように妻の老齢厚生年金である20万円が、優先して支給される。

 またA~Cの中でもっとも金額が多いのは、Bの 60万円のため、妻の老齢厚生年金とBとの差額である40万円 (60万円-20万円)が、遺族厚生年金として支給されるのだ。

 そうなると妻に対して支給される年金は、60万円(20万円+40万円)になる。

【例2】妻の老齢厚生年金と夫の遺族厚生年金の合成がもっとも多い



 妻の厚生年金保険の加入期間が例1よりも増えたため、老齢厚生年金が50万円に増え、夫の遺族厚生年金が例1と同じように60万円の場合、A~Cは次のようになる。

A:50万円
B:60万円
C:(50万円×2分の1)+(60万円×3分の2)=65万円

 65歳以上になった妻が、自分の老齢厚生年金と、夫の遺族厚生年金を、同時に受給できるようになった場合、例1と同じように、妻の老齢厚生年金である50万円が、優先して支給される。

 またA~Cの中でもっとも金額が多いのは、Cの 65万円のため、妻の老齢厚生年金とCとの差額である15万円(65万円-50万円)が、遺族厚生年金として支給される。

 そうなると妻に対して支給される年金は、65万円(50万円+15万円)になる。

妻が夫よりも大幅に年下の場合には、年金の増額を実感しにくい



 両者の例を比較してみると、妻が受給する老齢厚生年金は、倍以上の差があることがわかる。しかし妻が自分の老齢厚生年金と、夫の遺族厚生年金を、同時に受給するようになった後は、5万円の差しかない。

 例2のようなケースでも、たとえば夫婦の年齢差が少ない場合、妻が65歳になってから、夫が死亡するまでに、数十年はあると考えられるので、厚生年金保険の加入期間が増えたことによる年金の増額を、実感できると思う。

 しかし、たとえば妻が夫よりも大幅に年下で、妻が65歳になる前に夫が死亡している場合、妻が65歳になったときに、厚生年金保険から支給される年金は、5万円程度しか増えないのだ。厚生年金保険の加入期間が増えたことによる年金の増額を、あまり実感できないかもしれない。

社会保険に加入すれば病気やケガ、死亡に対する保障が充実する



 厚生年金保険と同時加入の健康保険に加入している方が、業務外の病気やケガで休職した場合、休職する前の給与の3分の2程度になる、「傷病手当金」が支給される。

 またその病気やケガが悪化して、一定の障害状態に該当した場合には、上記のように厚生年金保険から、障害厚生年金が支給される。そのため社会保険に加入すれば、病気やケガに対する保障が、以前よりも充実するのだ。それだけではなく厚生年金保険の加入者が死亡した場合、その一定の遺族に対して厚生年金保険から、遺族厚生年金が支給されるため、死亡に対する保障も充実するのだ。

 このように社会保険によって病気やケガ、または死亡に対する保障が充実すれば、民間の医療保険や生命保険の保障を以前よりも少なくでき、そうすると保険料が安くなる。また、たとえば健康保険に加入する妻が、定年退職した年上の夫を健康保険の扶養にすれば、夫は保険料を納付する必要がなくなるため、夫婦で国民健康保険に加入するよりも、保険料が安くなる可能性があるのだ。

 このようなメリットがあるため、妻が夫よりも大幅に年下の場合であっても、やはり社会保険に加入した方が良いと思われる。

将来的に遺族厚生年金は、有期年金の範囲が拡大される可能性がある



 遺族厚生年金は原則として、たとえば再婚によって受給権が消滅しなければ、生涯に渡って受給できる「終身年金」だ。

 そのため子のある妻は、末子が18歳の年度末までは「遺族基礎年金+遺族厚生年金」、末子が18歳の年度末になった時点で妻が40歳以上の場合、65歳までは「中高齢寡婦加算+遺族厚生年金」を受給し、それ以降は上記のようになるので、遺族厚生年金だけは途切れないで受給できる。

 しかし2004年の改正により、30歳未満の子のない妻については、5年の「有期年金」に変わった。また厚生労働大臣の諮問機関である、社会保障審議会の年金部会において、有期年金とする範囲をさらに拡大すべきではないかという議論が、実施されたことがある。

 こういった点から考えると、夫婦の年齢差にかかわらず、社会保険に加入して自分の老齢厚生年金を、できるだけ確保しておいた方が、将来に実施されるかもしれない有期年金の範囲の拡大に、慌てずに対応できるのだろう。

木村 公司
1975年生まれ。大学卒業後地元のドラッグストアーのチェーン店に就職。そのときに薬剤師や社会福祉士の同僚から、資格を活用して働くことの意義を学び、一念発起して社会保険労務士の資格を取得。その後は社会保険労務士事務所や一般企業の人事総務部に転職して、給与計算や社会保険事務の実務を学ぶ。現在は自分年金評論家の「FPきむ」として、年金や保険などをテーマした執筆活動を行なう。
【保有資格】社会保険労務士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士、DCプランナー2級、年金アドバイザー2級、証券外務員二種、ビジネス実務法務検定2級、メンタルヘルス・マネジメント検定II種
《リセマム》

【注目の記事】

特集

編集部おすすめの記事

特集

page top