東大医学部生・司法試験最年少合格の河野玄斗さんの勉強法、失恋相談も!

 「天才」「神脳」と称されさまざまなメディアでご活躍中の東大医学部生で司法試験にも一発で合格した河野玄斗さんの著書「シンプルな勉強法」(KADOKAWA)から、これから中学受験、高校受験、大学受験を控える親子にとって励みとなる考え方や勉強法をご紹介。

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 中学受験、高校受験、大学受験を控えるお子さんのいるご家庭にとってはこれからが正念場。年末年始気分は少しだけ…と気合いを入れて準備を進めているご家庭も多いのではないだろうか。

 「天才」「神脳」と称されさまざまなメディアでご活躍中の東大医学部生で司法試験にも一発で合格した河野玄斗さんの著書「シンプルな勉強法」(KADOKAWA)から、これから受験を控える親子にとって励みとなる考え方や勉強法をご紹介。誰でも使えて結果を出せる、超効率的勉強法とは?

俗物的な目的は勉強するうちに崇高さへと昇華する



 身近でわかりやすい幸福との関連を想像することで、自分のなかからうまく勉強へのやる気を引き出すのです。受験勉強を念頭に置いた具体例ばかりでしたが、これを一般化すると、いかに俗っぽいモチベーションだとしても、それが自分にとって(結果として他人にとっても)プラスに働くのであれば、それはそれでよい、ということです

 むしろ、崇高なボランティア精神しか認められなかったら、あまりに生きづらい世の中ではないでしょうか。そもそも「純度100%の崇高なボランティア精神のみ」という状況はあり得ないと思っています。どんなボランティアでも「自分がよく思われたいから」だったり、もっとシンプルに「自分がボランティアしているのが楽しいから」だったり、「自分のため要素」はどこかしらに存在するものです。そして、それは恥じるべきことではないと思います。勉強の目的も「国をいい方向に変えたい」「困っている人を助けたい」といった崇高なものでなくてもよいのです。

 そして実は、はじめは俗物的な目標を持って勉強していたけれど、勉強を突き詰めていくうちに、気づくと崇高な目標が現れていた、ということはよくあるのです。勉強をし始めた頃は、「その勉強によってどういうことができるか」「その勉強が自分の性分に合うか」などについて具体的なイメージは湧いていません。しかし、それを突き詰めていくと、次第に自分のなかで具体的なイメージが構築されていきます。と同時に将来の可能性も広がり、「自分はこういうことがしたい」という目標が明確になってくるのです。

 僕も東大理科三類を受けたときは、明確に「東大医学部を卒業して医者になるぞ!」とは思っていませんでした。そもそも、受験しようと思ったきっかけは「模試を受けたら自分の偏差値で十分狙えることがわかったし、東大の最難関学部に入ったら家庭教師などのバイト代も高いからお得だ」というくらいの理由だったのです(また、理科三類からは任意の学部に進めるので、可能性を狭めないでおくという目的もありました)。

 「人を救いたい」という崇高な精神を抱いて医学を志す人も、医学部には多くいます。一方で、「親が医者だから、自分も医者になろうかな」とぼんやり考えて受験する人や、僕のように「得なことがあるから」という人もいるでしょう。

 しかし、僕の夢も入学後についてきました。医学の世界で人の命を救う方々を多く知って感銘を受け、また、法学の視点から人を救う道があることも大学で知ることができました。そして、「医療と司法の両方を学んで、難しい医療訴訟を扱える弁護士になりたい」という目標を持つことも。

 学生でも社会人でも、「勉強という貯金」があるからこそ、将来自分の進む道を切り開ける場合は多くあります

自分の「カッコいい」と思う理想像に近づこう



 これまでは「俗物的な目標でもいい」という話をしてきましたが、勉強が捗るのであれば、なんとなく「勉強したらいいことありそう」や、「勉強している人ってカッコよさそう」でもよいと思うのです。

 前者については、勉強の意義に集約されるのでここでは割愛するとして、後者について少し触れておきます。

 みなさんは、勉強している人についてどう思うでしょうか。

 漫画などでステレオタイプに描かれる「ガリ勉=根暗」というイメージもあるかと思いますが、僕個人としては、勉強している人は、シンプルに「カッコいい」と思っています

河野玄斗さん初著書「東大医学部在学中に司法試験も一発合格した僕のやっている シンプルな勉強法」より
河野玄斗さん初著書「東大医学部在学中に司法試験も一発合格した僕のやっている シンプルな勉強法」より/撮影:西宮大策

 高校生の頃の話ですが、問題を解いている僕たちを見ながら、先生がこのように言ったことがあります。「演習中悪いんだけど、君たちカッコいいわ。みんな必死に頭働かせて問題に向き合っている。その真摯な姿はホントに輝いているし、その姿を見た女の子はきっと惚れると思うよ」

 勉強に限らず、スポーツでも芸術でも、「何かに打ち込む姿はカッコいい」と思われるものです。僕の場合、「ひたむきに勉強している人がカッコいいと思っているから、自分もそういうカッコいい人になりたくて、ひたむきに勉強した」のですが、みなさんも「こういう人ってカッコいいな」と思うことがあるでしょう。その感情は意外と崇高で、サラッと流すべきものではないのです。「カッコいいな」と思う感覚は、「自分もそうなれるならなりたい」という願望を反映しています。

  だからこそ、この感覚をおぼえるたびに、「自分はどういう人をカッコいいと思うのか。自分はどうなりたいのか」を抽出して、自分のなかの理想像を作り上げてみてください。僕もたくさんの人と接しているうちに、自分なりの理想像ができ上がりました。その像は様々な側面を持っているのですが、一部を紹介すると、次のような人です。

 「自分に自信のある人間だが、慢心することも、他人を見下すこともせずに、ひたむきに努力している。『自分はすごいんだぞ』という自信ではなく、『頑張ってやるぞ。だって自分は頑張りさえすればなんだってできるんだから』という自信が原動力になっている」

 だいぶ話は逸れましたが、要は「勉強してる人ってカッコいい」という感情を抱いたのであれば、それを自分の理想像に組み込んで、その理想像に近づくために勉強すればいいのではないか、ということです。

 「勉強している人ってなんとなくカッコいいじゃん」よりも、「勉強してる人はカッコいい!自分もそうなりたい!」と、自信を持って即答できたらベストでしょう。

おまけ・失恋相談



 先ほど、勉強に限らず「何かに打ち込む姿はカッコいい」と言いました。

 ここからは完全な余談なのですが、僕は友人から、「好きな人に振り向いてもらえない」「振られたけどまだ好き」といった恋愛の相談をされることがあります。そういうときは、同情の言葉をかけつつも、いつも同じことを言っています。

 それは、「自分磨きをしよう」です。

 自分の魅力を高めることで振り向いてもらえるようになる可能性は高まりますし、仮に振り向いてもらえなかったとしても、財産として「磨かれた自分」が残るので、どっちに転んでもプラスです。

 また、「相手に振り向いてほしい」(はたまた「自分のことを振った相手を見返したい」)という明確で強いモチベーションがあるので、そのモチベーションを利用しないのはあまりにもったいないでしょう。

 そして何より、「自分磨きをするためにひたむきに努力している姿」は、それ自体がとても美しいものです。きっと、その姿に惹かれる人は多いことでしょう。

東大医学部在学中に司法試験も一発合格した僕のやっている シンプルな勉強法

発行:KADOKAWA

<著者プロフィール:河野玄斗>
 1996年、神奈川県生まれ。私立聖光学院高等学校卒業後、2018年現在、東京大学医学部医学科5年生に在学中。4年在学中の2017年に司法試験に一発合格。第30回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストベスト30入り。雑誌・テレビにも多数出演。本書が初の著書。

《編集部》

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