2018年6月、プログラミング教育をいち早く取り入れたい小学校/教育委員会200団体に、教育用のマイコンボード「micro:bit(マイクロビット)」を無償で提供するプロジェクト「MakeCode × micro:bit 200 PROJECT」が発表されたが、これによって、すでにプログラミング教育を開始している小学校がある。このプロジェクトでは当初、200件ではなく100件の募集を予定していたが、各都道府県の小学校や教育委員会から100件を大きく上回る応募があり、プロジェクト名を「200」に変更したという。
新しい授業はもう始まっている…千葉大学教育学部附属小学校
このプロジェクトで提供された「micro:bit」と「MakeCode」を使った授業例として、千葉大学教育学部附属小学校4年生の授業を紹介しよう。「電気のはたらき」の単元で、“電気をコントロールして「おもちゃライト」を作ろう”という内容だ。
「micro:bit」には25個の赤色LEDライト、2個のボタン、光・温度・加速度・磁力センサーなどがある。今回の授業では、「光センサーで暗闇を感知し、赤色LEDライトを点灯させるプログラム作り」に挑戦することで、プログラムで電気をコントロールすることを学ぶ。プログラムを作るための環境は、無料で提供されている「MakeCode」を利用。パソコンでブロックを組み立てるように簡単にプログラミングができる教育用として開発されているものだ。

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言葉にするととても難しい内容に思えるが、実際の授業が始まると、パソコン画面の前で固まってしまう子はほとんどいない。ときには先生のアドバイスを聞き、ときには友だち同士で話し合いながら、試行錯誤をしてプログラミングを進めていく。そして、みんながプログラミングに成功して、LEDライトが点灯したときには、まるでゲームで勝利したかのような歓声があがっていた。
そして授業の最後に、先生から「Word(ワード)に今日感じたことを入力してください。」と言われると、皆が器用にキーボードを使って感想を書いていた。
千葉大学教育学部附属小学校では「micro:bit」と「MakeCode」を使い、9月には総合的な学習の時間で方位磁針を作っている。また10月には、外国語活動で感情を表すドット絵を活用したゲーム、総合的な学習の時間で温度警報器作り、特別活動として乱数を活用した相性診断ゲームなども行っており、プログラミング教育の可能性を広げている。




プログラミング教育の教育効果とは
千葉大学教育学部附属小学校で授業を担当したICT活用教育部主任の小池翔太先生に、その教育効果について聞いた。
--理科「電気のはたらき」の単元において、従来の授業と、「micro:bit」を用いるプログラミング体験を通じた「電気をコントロールして『おもちゃライト』を作ろう」の授業の違いはどのようなところがありましたか。
小池先生:この単元のねらいの例として、従来は、「乾電池の数とつなぎ方を変えてモーターを回すなどの学習活動を通して、電気の性質や働きについての見方や考え方を養うこと」などがあげられます。今回の授業は、この単元の発展学習として位置付けました。
ねらいは、電気を制御(コントロール)するプログラムを作成して、見い出した問題を興味・関心をもって追究したり、もの作りをしたりする活動を通して、コンピューターによって電気を制御することについての見方や考え方を養うこととしました。
電気を制御することができる楽しさや面白さ、達成感を味わってもらうことに重点を置くことにして、6年生のプログラミング体験を通した学習に、スムーズにつなげていけるようにできればと考えました。
--これまでに5回「micro:bit」を用いた授業を行っていますが、子どもたちのようすや理解度に、従来の授業と違いはありましたか。また、回数を重ねるごとにどのような変化や成長が見られましたか。
小池先生:当然のことですが「micro:bitとパソコンをUSBケーブルでつなぐ」「プログラミングのアプリを起動する」「作成したプログラムを保存する」「保存できたらUSBケーブルを外して、電池ボックスからの給電のみで『micro:bit』の動作を確認する」といったような、基本的な操作についてはスムーズにできるようになりました。
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プログラミングをすると、画面を通して即時的に反応が返ってくるため、子どもたちも遠慮なく楽しく試行錯誤できます。子どもたちは「困ったときは再起動」というフレーズさえ覚えて実行できれば、教師に頼ることなく主体的に学ぶことができます。当然、プログラミングも試行錯誤が前提となるため、「とりあえず実行」してみても、その結果がすぐに返ってきます。こうした経験を積み重ねることによって、日頃の教科等の学習や生活面においても、「とりあえずやってみようよ」というチャレンジ精神が身に付いてきたのではないかと感じています。
これは、プログラミング教育が必修化された背景にあるねらいとは直接関係ないとは思いますが、現代社会に求められるような力を、子どもたちも身に付けていると思います。こうしたプログラミング教育によって、私自身も思いがけない副次的な効果があったと、今は振り返っています。
--子どもたちは「Word」でレポートを上手に作っていましたが、各教科の授業で「Office(Word、Excel、PowerPoint)」はどのように活用されましたか。
小池先生:まず「Word」は日頃の授業の振り返りとして使用しました。校務の効率化という面でも、子どもたちの振り返りを「Word」などのデータで活用することで、授業の振り返りや分析もスムーズに行うことができるようになりました。
それ以外にも、算数科の折れ線グラフの学習で「Excel(エクセル)」を活用しました。1時間ごとに測定した気温のデータを元にして、その生データを活用して「Excel」で折れ線グラフを作成する方法を教えました。アナログの折れ線グラフとは異なり、最大値・最小値を変更することで瞬時に折れ線グラフの形を変えることができるので、算数科でねらいとしているグラフの変わり方について、コンピュータを活用しながら学習することができました。
--子どもたちはパソコンの操作にとても慣れているようすでした。キーボード文字入力など基本のパソコン操作、プレゼンスキル、プログラミング的思考など、新学習指導要領において必要とされている能力は身についてきていると感じていますか。
小池先生:それぞれの能力で身に付き方は異なると思います。タイピングでしたら、一種の訓練が必要です。子どもたちの身の回りの生活では、音声入力やフリック入力が普及していますから、キーボード入力の良さや今仕事をする上では必要なスキルで効率的なものであると納得してもらうことが大切だと考えています。
プレゼンスキルについては、小学校の現行の学習指導要領(本記事執筆時点:平成20年3月改訂)で「言語活動の充実」がポイントとされて以来、国語科やその他の教科での指導は進んできていると考えています。「PowerPoint(パワーポイント)」のようなプレゼンテーション資料を作成するアプリケーションは、学習者にも指導者にも比較的簡単に操作できるということを1人でも多くの先生が実感できることや、ICTの環境整備を整えていくことが、新学習指導要領において必要とされる能力を身に付けることに直結してくると思います。プログラミング的思考の育成についても、プレゼンスキルと同じことが言えると思います。

--プログラミング教育がもたらす教育効果を発揮していく子どもたちがつくる未来、大人になった子どもたちにどのような活躍を期待していますか。
小池先生:自分が追究したことを、どんどん世に発信していってほしいと願っています。インターネット、SNSが普及していき、特別な人だけでなく誰もが世界への発信者になることができるようになりました。社会的に影響を与えるようなコンテンツをもつ人が、SNSを少し活用すれば一気に拡散されるような時代になってきていると思います。
プログラミング教育で身に付けてきた論理的な思考力、チャレンジ精神、プレゼンスキル、ファシリテーションスキル(ものごとがスムーズに進むよう調整する力)は、未来に必ず必要な能力であると信じています。未来は、表現方法がより多様になるはずですから、それに備えて、自分の好きなことを追究し続けていってほしいです。
他方、過度にインターネットやSNSには期待し過ぎず、また、人の足を引っ張るために自分の時間を浪費するようなネットの使い方をしないようにして、必要な情報リテラシーも身に付けていってほしいと思います。

子どもたちの反応は
授業後に、3人の子どもたちに感想を聞いたところ、皆が一様に楽しかったとのこと。今後も続けたいとの声も聞けた。「micro:bit」やパソコンを使って挑戦したいことを聞いたところ、さらに本格的なプログラミングへの意欲がうかがえた(※名前はすべて仮名)。
「おもちゃライトやコンパス、温度警報器は、特にプログラミングが難しかったです。でも、どれも楽しかったです。ランダムではなくて、本当に相性診断するプログラミングをしてみたいです。」(蒼大くん)
「先生のお手本を見て、どんなプログラムがされているのかを考え、実際にやってみて成功すると、とても嬉しかったです。」(芽依ちゃん)
「とても難しかったけれど、とても楽しかったです。うまく作れた時はとても嬉しかったし、もっとやってみたくなりました。これからも、楽しんでいきたいです。難しいプログラミングを組んで、もっと自分たちや人のためになるものにチャレンジしたいです。」(新くん)
コンピュータサイエンス教育週間の特別授業…東京学芸大学附属竹早小学校
アメリカの非営利団体である「code.org」を中心に、2013年から開催されてきた「コンピュータサイエンス教育週間」。この時期に合わせて、プログラミング教育のためのイベントなど、さまざまなコンピュータサイエンスの普及活動が行われている。2018年は12月3日から9日がこの期間にあたり、その一環として、東京学芸大学附属竹早小学校で「MakeCode」と「micro:bit」を使ったプログラミング教育の特別授業が行われた。
2018年12月4日に行われた授業は、WDLCの会員である日本マイクロソフトの17名の社員がボランティアスタッフとして参加し、34名の5年生を対象に行われた。なお、東京学芸大学附属竹早小学校は「MakeCode × micro:bit 200 PROJECT」の参加校である。
授業は5時限目と6時限目に行われ、6時限目を見学するために教室に入らせていただいた。休み時間のはずの教室に入ったとたん驚いたのは、多くの子どもたちが画面に向かってプログラムを作り続けていること。楽しくてしかたがないようすだ。すでに5時限目で簡単にプログラミングの方法を教わり、「micro:bit」にハートマークを点灯させるところまでは終わっているとのことだったが、自ら進んで音楽を作り始めている子どももいた。
6時限目、日本マイクロソフトのボランティア社員の講師からの「ここからは好きにやってください」との言葉とともに、子どもたちは「MakeCode」のメニューを次々と開いて、やりたいことができるブロックを見つけては、プログラミングしていく。
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スピーカーからゲームのような音を鳴らすプログラムを作る子もいれば、好きな文字を作って、「micro:bit」のボタンを押すとその文字が表示されるプログラムを作る子もいる。なかには、「micro:bit」をふると、1つずつ数字が上がる簡易万歩計を作った子までいた。そうしたプログラムを、スタッフや友だちのアドバイスを受けながらもくもくと作っていく。
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
授業の終わりでは、「条件分岐」や「ループ」、「変数」を使ったプログラムを作った子たちが、具体的にはどのようなプログラムを作ったのかを発表した。発表されたのは、条件分岐としては「もし、端と端を触ったら矢印を表示するプログラム」など。ループとしては「画面が上になったとき、喜びの歌を繰り返すプログラム」などで、これらは、講師に指示されたわけではなく、子どもたちが自ら作ったプログラムだ。さらに、「Aボタンを押すと1増えて、Bボタンを押すと1減る」という変数を使ったプログラムの発表があったときには、先生やスタッフたちも驚いていた。

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環境があれば、プログラミングをしながら自ら感じて理解する
千葉大学教育学部附属小学校や東京学芸大学附属竹早小学校の子どもたちが、プログラミングを通して創造性が拡がっていくようすを見て、「教えるのではなく、子どもたちを見守ることが大切なのだ」と思い知らされた。
子どもたちが使えるパソコンがあり、そこにプログラミングを行える環境があれば、プログラミングをしながら自ら感じて理解していくのだと実感した。そして印象的だったのは「プログラミングには個性が出るけれど、男女差はないですね」というスタッフの言葉だった。どちらかというと親世代は男性が多かったプログラマーだが、これからは女性の活躍がますます多くなるかもしれない。
「MakeCode × micro:bit 200 PROJECT」のWebサイトでは、プログラミング教育の授業の映像や記録を無料で公開している。プログラミング教育に挑戦してみたいと考えているご家庭もぜひ参考にしてほしい。