【NEE2019】変態たちが集い、学び合う場所…APU学長・出口治明氏

 2019年6月6日に行われた「NEW EDUCATION EXPO 2019(NEE)」での基調講演に、立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏が登壇した。

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2019年6月6日、NEE2019の基調講演「日本の教育と大学の役割」に登壇する出口治明氏
  • 2019年6月6日、NEE2019の基調講演「日本の教育と大学の役割」に登壇する出口治明氏
  • 2019年6月6日、NEE2019の基調講演「日本の教育と大学の役割」に登壇する出口治明氏
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 2019年6月6日に行われた「NEW EDUCATION EXPO 2019(NEE)」の午前の基調講演には早稲田大学総長の田中愛治氏が、そして同日午後の基調講演には、立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明氏が登壇した。

 奇しくも2018年に大学トップに就任した2人。大学の創立の歴史や出自は異なれど、2人それぞれ90分の基調講演には、各々が目指す大学像とそれを率いる覚悟と意志が如実に表れていた。なお、田中氏の基調講演については【NEE2019】たくましく、しなやかな研究大学へ…早稲田大学総長・田中愛治氏を参考にされたい。

タテ・ヨコ思考を体感できる多様性あふれるキャンパス



 司会に登壇を促された出口氏は、ステージにあがると「自己紹介」と言いながら、まず映像を流した。



 穏やかな表現のプロローグ。ドローンで撮影されたキャンパスの鳥瞰映像。さまざまな国と地域から集まった学生たちの表情。次々と切り替わるイメージ映像。費用をかけて、おしゃれな紹介ビデオを作ったものだな、という感想もつかの間。

 「こんな大学で学長をやっております。これは当時在籍していたタイ出身の学生が、自主的に制作した大学紹介動画です。その学生は卒業後、マレーシアをはじめとする他国出身の仲間と一緒にプロモーションムービーの制作会社を立ち上げました。APUは、そういう学生を輩出している大学です」(出口氏)

 APUには、90の国と地域から学生が集まっている。Times Higher Educationによる2019年・世界大学ランキング日本版によれば、西日本において私大1位、全国の私大でもトップ5に2年連続して選ばれ、今注目される大学のひとつだ。

 「人間は、大昔から世界をフラットに見られない動物です。自分の色眼鏡で見てしまう。フラットに見るための方法論が必要だと思います。」そう話す出口氏が勧めるのが、タテ・ヨコ・算数で考える方法だ。「タテ」は歴史、「ヨコ」は世界、「算数」はデータを示す。平城京、平安京が未完に終わったことを引き合いに出し、当時の中国と日本ではあまりにも国土面積やGDPが異なっていたこと、そんななかで唐の都を模した大都市を建設しようとしたこと自体が無謀であることを述べた。歴史の教科書では語られない、多角的な視点だ。

 これらの思考法の習得について、出口氏は考える「型」を真似することを提案する。出口氏曰く「世界の有名大学のリベラルアーツのベースになっているとおり、デカルトやアダムスミスをはじめとする歴史的な『考えるプロ』たちの原著を読んで、彼らの思考法を追体験すること」だ。

構造的に勉強しない国、日本…学ぶ態度の醸成がカギ



 「素晴らしい名教授陣の、惚れ惚れするような名講義も、学生に興味がなければ、試験が終わった途端、その内容を忘れてしまいます。大学は教授が『教える』のではなく、学生の『学びたい』という意欲をバックアップする場所だと思います」(出口氏)

基調講演に登壇する出口治明氏

 脳科学の調査を引きながら語る出口氏によれば、知らないことを知ることは楽しいと感じられる学習への積極的な態度を身に付けられるのは19歳までと言われているそうだ。民間企業の立ち上げ、そして代表取締役社長の経験もある出口氏は、企業の人材育成の観点からも「学ぶことが楽しいことを覚えた子どもは一生勉強し続ける」と評価する。

 インターネットの普及や今後のAI社会において、知識を得るコストはますます下がり、その価値は陳腐化する。その反面、重要になるのがその知識を活用するスキル、考える力・思考力だ。豊富な材料と、シェフ並みのクッキングスキルでおいしい食事を作ることができるのと同様、豊富な知識と考える力さえあれば、豊かな人生を送れるのである。

 「日本は、大学でもっとも勉強をしない国だと言われています。その悪の根源は企業にあります。大学での成績を採用基準に入れないからです」と出口氏は言う。偏差値が比較的高い大学出身、素直で、協調性があり、我慢強く、上司の言うことをよく聞く人間がもてはやされるかつての就活市場からは早々に脱却しなければいけない、というのが出口氏の論だ。アメリカの某企業では、たとえハーバード大学であっても成績が中以下の学生は採用されないという。一方、大学のレベルはどうであれ、すべての科目でトップランクの成績を修めた学生は、どこの企業からも声がかかる。

 「たとえ偏差値が低くても、自分で選んで進学した大学で最高のパフォーマンスを上げた子は、就職先でも自分で納得しさえすれば、最大限パフォーマンスを発揮してくれると期待できるからです」(出口氏)

 言わずもがな、GAFAやユニコーンを立ち上げているのは、クセや個性の強い人物たちだ。「好きなことを徹底的にこだわって、最後までやり遂げる、多国籍の変態たち」、そう出口氏は愛をもって表現する。

こだわってやり遂げる「変態」たちは、APUが引き受けます!



 「考え方や特性の近似する人間どうしよりも、ダイバーシティにあふれ、顔も個性も能力も異なる“遠い”人間が集まる集団のほうが、イノベーションが起こりやすいことは、科学的にも証明されています。変態たちがわいわい過ごすなかでイノベーションが起こるのです。APUはそういう環境です」(出口氏)

 そう話す一方で、社会を動かすために偏差値は必要なものだとも話す。覚えた大量の知識を、短時間でアウトプットできるクイズ王のような人材もまた企業や社会には必要だからだ。

 「日本の大学は元来『富士山型』です。富士山を模した山が地方に点在するように、東大と、それを目指すミニ東大があるのが今の日本です。いろんな大学があってしかるべき、言うなれば『八ヶ岳型』が理想だと思っています」(出口氏)

 同時に出口氏は、リカレント教育についても触れた。

基調講演に登壇する出口治明氏

 「前職での経験から、社会に出て伸びる人材は『仕事なんてどうでも良い』と思っていることがほとんどです。責任感のあるなしではなく、上司の機嫌をとったり、こざかしく社会適応能力を発揮するのではなく、自分が好きでやりたいことをのびのびと実現する姿勢のある人です。そして、学ぶことが楽しい、知りたいという思いのある人です」(出口氏)

 前述のとおり、知識獲得のためのコストが下がる今、常に知識をブラッシュアップする必要がある。社会に出たらしばらく働いて、2~3か月大学に戻って学びの環境に身をおく、軽やかなキャリアの歩み方が求められる時代だ。

 「そのためにも脳科学的に重要だとされる19歳、つまり大学在学中は好きなことを徹底的にやらせることに尽きると思っています」(出口氏)

 「変態たち」に敬意を示しながら、彼らが学びを徹底的に楽しむ環境として大学を捉える出口氏を学長に迎えて約1年。「APU2030ビジョン」を掲げ、世界に誇れるグローバル・ラーニング・コミュニティを目指す立命館アジア太平洋大学。これから大分県別府のキャンパスはますます活気を帯びるに違いない。
《野口雅乃》

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