実践の繰り返しで「社会を生きる力」を身に付ける…国際高専が抱く使命

 国際高等専門学校の2年生のエンジニアリングデザインの授業を担当している国際理工学科教授・山崎俊太郎氏にインタビューを行い、同校の学びとその魅力について聞いた。

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道の駅瀬女での発表会のようす
  • 道の駅瀬女での発表会のようす
  • 2020年のアグリビジネス班が手掛けた商品の「紅はるか」
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  • アグリビジネス班の道の駅瀬女での発表会のようす
  • 地元の人ともコミュニケーション
  • 発表会では質疑応答のシーンも
  • 作成したポスターを道の駅に掲示
 少子化が進む中で、子供たちに今後必要となる「社会を生きる力」「人間としての総合力、たくましさ」。それらをビジネスやものづくりの経験を通して育んでいるのが国際高等専門学校(以下、国際高専)だ。

グローバルな視点で社会の課題を解決し、新たな価値を創造する「グローバル・イノベーター」の育成を進めているこの学校で、教育の中核をなしているのが「エンジニアリングデザイン」教育である。

 「エンジニアリングデザイン」の授業は、問題発見・解決型のプロジェクト活動を実践する理工系PBL(Project Based Learning)にもとづいて行われる。学生たちが「社会を生きる力」を身に付けるプロセスについて、2年生の同授業を担当している国際理工学科教授・山崎俊太郎氏にインタビューを行い、その学びと魅力を聞いた。

個別の目標を立て成長度を評価する



 国際高専のエンジニアリングデザインでは、まず1年次に基礎として身の回りの課題発見と解決のためのものづくりを行い、その後2年次で学校を取り巻く地域の課題解決に着手する。これらに必要なITスキルなどの技術を身に付けるのが「エンジニアリングコンテクスト」と「コンピュータスキルズ」という2つの授業だ。

スキル習得と実践を行き来、グローカルな価値創造ができる人材を育成
 エンジニアリングデザインは、その他の授業で覚えたものを実践する場である。山崎氏は「学生たちが自分のスキルで社会に向けたソリューションを作り上げる過程で、プロジェクトの進め方や意思決定力、リーダーシップなどを学ぶ」と語る。学生たちは身に付けたスキルを生かしながらプロジェクト活動を行う中で、仕事の進め方や社会性、人間力を磨き、教員は学生に伴走しつつ、ひとりひとりの個性と成長度に着目して学生を指導し評価するという。

 国際高専2年生のエンジニアリングデザインの授業テーマは、昨年度に引き続き「Agriculture Innovation Project」。白山麓における中山間地域に普遍的な少子高齢化や耕作放棄地、獣害の増加などの課題に真摯に向き合い、その課題解決に向けて取り組み地元に寄与することこそが国際高専が白山麓に所在することの意義である、と山崎氏はいう。同時に、国際高専が日本のSDGsを担う人材を育てる場であるという考えを背景として、このプロジェクトが企画された。

 このプロジェクトではサツマイモの生産販売とブランド化を行う「アグリビジネス班」と、AIやIoTを用いて獣害対策に取り組む「アグリテック班」に分かれ、ビジネスを体験したい学生は前者、ものづくりやAIを体験したい学生は後者を選択する。「学生から希望を聞き、面接を行います。やり取りの中で、その子の伸ばしてあげられる部分が見えてくる」と山崎氏。学生ひとりひとりの個別目標を立て、弱点を少しでも克服するよう、指導しつつ見守るという。

2020年のアグリビジネス班が手掛けた商品の「紅はるか」
2020年のアグリビジネス班が手掛けた商品の「紅はるか」

在学中から「仕事の進め方」を学ぶ



 授業を進めるにあたっては、教員も入念な準備と勉強を欠かさない。 山崎氏は「年間のゴールを決め、学生の成長の場としてふさわしい課題を設定することが重要」だという。

 たとえばビジネス班でいうと、地域の農家の指導を受けながらサツマイモ「紅はるか」の生産を行い、営業、販売、決算まで手掛け、さながら「農業法人」の経営ビジネスを体験する。「製品の広告宣伝用のポスターやWebサイト作りにおいて、要求仕様、工程管理、デザインレビューなどをエンジニアリングデザインプロセスに基づいて行います。特にデザインレビューでは、要求仕様に基づいて何度も厳しい議論を行い、そうした中で学生たちは論理的思考、ディベート力、課題分析力、意思決定力が養われるのです」(山崎氏)。

道の駅「瀬女」
道の駅「瀬女」

アグリビジネス班の道の駅瀬女での発表会のようす
アグリビジネス班の道の駅瀬女での発表会のようす

 企業経理についても学び、農作物の生産コストと売り上げから、収益を計算し、ビジネス成長性の分析や改善策について取り組んでいる。去年は獣害対策投資が大きく営業利益が赤字となってしまったため、今年度は耕作量を増やすとともに、利益率が高い焼き芋の道の駅店頭販売を強化して収益改善を図る予定だそうだ。

 アグリテック班においても、獣害対策システムの開発は、要求仕様、実装仕様、工程管理、デザインレビューなどをプロセスに準拠して進めることで、ものづくりのマナーともいえるノウハウを身に付ける。同班は昨年、AIを使った高精度なサルの画像認識システムを開発し、電気学会で最優秀賞を受賞した。

「U-21学生研究発表会」で国際高等専門学校2年生チームが最優秀賞を受賞
 前年度のこの成果を元に、今年度は実際の畑に音と光による威嚇機能と、生産者が所有するスマホのLINEアプリに向けたアラーム通知機能の実証を行う。「この実証が成功した場合、その次のステップとしてドローンの自動運転による威嚇機能を開発し、広いエリアでの獣害対策ソリューションを目指しています」と山崎氏は展望を語った。

教員も学生とともに学ぶ



 授業にあたって、まず教える側がスキルを徹底して習得する。最新のAI技術や企業経理などを教員自ら勉強しながら授業を進めるため、学生たちは日々勉強する先生たちの姿を目にしているのだ。

 社会に出ると、多くの課題には正解がなく、答えを導く方法を誰かに与えられるとは限らない。「課題に対して、上司も部下も模索しながら答えを出そうと共に励むのが今の世の中の有りようです。国際高専の教員は、みな専門内外の勉強に日々苦労しつつも、その姿が学生たちの学びにつながると考えて頑張っています。一方で学生たちはそうした先生たちの姿を見ることで、大人が答えをすべてもっているものではないと理解し、たとえ大人になっても学び続ける必要があると知ることができると思っています」と山崎氏は述べた。

 なおチームの役割分担だが、班ごとに目標と年間計画、納期まで決め、目標に向けてどうやって進めていくかを議論し、その際にどれだけの役割が必要なのかを確認している。たとえばビジネス班では営業、販売、在庫管理、経理の担当を必要としていて、学生の個性を見つつ合意のもとで役割を決めていき、それぞれに対して計画と納期、作業内容を詳しく決めるという。

地元の人ともコミュニケーション
道の駅では地元の人ともコミュニケーション

 こうした役割分担と細分化された課題を進める中で、チーム全体のプロジェクトを進めるのに欠かせないのがリーダーシップ教育である。「リーダーシップスキルの教育は、目標設定・共有、率先垂範、同僚支援という3要素からなるマナーを指導するもので、チームによるPBL型授業では非常に重要です」。

 現代におけるリーダーシップは「サッカー型」だと山崎氏は話す。権限と責任を持っている人はサッカー場(現場)にはおらず、サッカー場にいる人は全員リーダーシップを持ち行動をする。チームを勝たせるために役割を全うし、なおかつゴールをするには今どこにパスするべきかを臨機応変に自分で考え、上の指示を待たずとも、現場の判断で柔軟にプロジェクトを進められるのが特徴だ。

 「古典的な考えでは組織に想定外のことが起きても、上まで報告をあげ指示を仰がなければなりません。スピード感の求められる現代では、それではもう間に合わない。現場で困った人がいれば全体のために同僚支援を行いつつ、自分も同僚から支援を受けられるよう、困ったときは意思表示をするのが重要だし、それが求められる世の中になっている。そのため国際高専では在学中に、このサッカー型のリーダーシップを学んでほしいと考えているのです」。

社会の担い手になるために必要な力



 こうしたエンジニアリングデザインのプロジェクトを経て、学生はどのように成長していくのか。「毎回授業が終わるたびに、学生はその日の振り返りをレポートとして提出します。教員はそのレポートに対して、評価する点や改善して欲しい点を記載してフィードバックします。このような学生とのやりとりは、成長の記録のみならず、相互の信頼関係も醸成します」と山崎氏。

 学生が実施した作業と成果、反省や気づきをレポートとして記録し、それに対して3人の教員がアドバイスを行うという、非常に手厚いサポートだ。「ひとりひとりがどう成長していくかを思い描きながら接し、個人の成長した点をレポートで示していく。要は、文通ですね。教員からそうやって手間と愛情をかけた指導を受けると、子供も変わるものです。教員が思っていることを理解しようとするし、ともに成長しようという気になってくれるのです」。

 2年間のエンジニアリングデザインの授業を通じ、学生たちのリーダーシップや論理的思考力、ディベート力、意思決定力は格段に向上したという。「高校でいう1~2年生は非常に伸びしろがあって、意識的に指導してあげれば目に見えて変わります。初めのうちは教員が『なぜ?』と問うと怯んでしまう学生もいますが、1年を経るとちゃんと答えられるようになりますし、論理的になります。理由が自分の腹に落ちていると、相手にプレゼンをするときに、自信をもって伝えられるようになります。何度もそういうトレーニングを繰り返すことで、他人に伝える力を着実に獲得していくのです」。

発表会では質疑応答のシーンも
発表会では質疑応答のシーンも

 このような実践トレーニングこそが国際高専の最大の魅力、「豊かな人間力」「社会を生きる力」の育成につながっているのである。「現代の子供は少子高齢化の中で大事に育てられているせいか、深掘りした議論や物事を考えて行動する練習をしていないなど、生きるためのスキルが訓練されていないと感じる」と話す山崎氏。「子供が減っている世の中にあって、活力のない子が増えるのはさらに問題だととらえています。国際高専では、社会の担い手として『社会人になる力』を身に付けてから送り出さないといけないと考えています。そのためにはテクノロジーを磨くだけではなく、生きる力を教えてあげることが大切だと思っています」。

作成したポスターを道の駅に掲示
作成したポスターを道の駅に掲示

技術を社会のために活かす方法を学べる



 高専は工学的スキルを身に付けることに特化した学校だと思われがちだが、国際高専は良い意味でその殻を打破していると感じる。同校の教育は、スキルを身に付けるだけではなく、スキルの本当の意味での生かし方を教えている。それは社会生活を送るうえで必要な総合的な人間力と言い換えることもできるだろう。「AIもスマホと同じように、中身を知らなくてもいずれは誰もが導入できるようになる。大事なのは何のために使うのかだ」と指摘した山崎氏の言葉が印象的だった。社会を生きるたくましさを身に付けるために、自然豊かな白山麓で学ぶ時間は子供にとって特別な体験になるに違いない。

 なお、国際高専では、9月19日(日)、11月3日(水・祝)、12月5日(日)にオンライン進学説明会を開催。学生による活動紹介も行われる。9月19日(日)は宇宙ゴミに関するYouTube動画を全編英語で作成した学生が登場。また11月3日(水・祝)は、当記事で紹介した学生たちが、自ら栽培した「高専 紅はるか」を道の駅瀬女で販売しながら、エンジニアリングデザインの活動報告もオンラインで行うという。社会を生きるたくましさを身に付けた学生たちの姿をリアルタイムで見ることができる絶好の機会だ。

国際高専がわかる!ICTサイト
《羽田美里》

羽田美里

執筆歴約20年。様々な媒体で旅行や住宅、金融など幅広く執筆してきましたが、現在は農業をメインに、時々教育について書いています。農も教育も国の基であり、携わる人々に心からの敬意と感謝を抱きつつ、人々の思いが伝わる記事を届けたいと思っています。趣味は保・小・中・高と15年目のPTAと、哲学対話。

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