ポプラ社の協力のもと、リセマムでは、読者限定で本書の一部を無料で公開する。予定調和では終わらない、ときに残酷でリアルな、4つの家庭の「中学受験」の行方はいかに…。
前回のお話はこちら。第一章 真下つむぎ(三月) 2-1
家に帰ると、ママはコートを脱ぐより先にリビングの神棚に向かう。
合格祈願で参拝した有名な神社で買ってきたらしい。お札を飾るために、数日前にママが設置した。入塾できますように、とお願いしているのだろう。でも本当に効き目なんてあるんだろうか。
自分の部屋に入ると、つむぎはまっ先に本棚からタブレットを取り出した。四教科のテストを受けたので疲れた。勉強のこと以外で使ってはいけないことになっているけれど、ちょっとだけ、とお気に入りの動画を開いた。
やっぱりルイちゃん、かっこいいな。どうやったらこんなにきれいに踊れるようになるのかな。ネットで見つけたインタビューには、エースのルイが誰よりもストイックだと書いてあったし、たくさん練習しているのだろう。美人でスタイル抜群なのに、努力もできるなんて…はあ、とつむぎは途方に暮れそうになる。
かわいい女の子が上手に踊っているのを観ていると、ワクワクする。自分の周りにさわやかな風が吹くような感覚になり、一緒に踊り出したくてたまらなくなる。
いま一番憧れているのはmeLoveという、五人組のガールズダンスグループだ。デビュー曲の『ラブリーラブリー』のMVは何度も観ていて、絶対的エースであるルイのパートなら、完璧にコピーできるようになった。さすがに最近は勉強が忙しくて、あまり踊ることもできないから、MVを観るのが、何よりもの気分転換だった。
動画サイトを閉じて、アルバムのアイコンをタップして、『青明女子文化祭』のフォルダーを開いた。チアダンス部のパフォーマンスを録画したものを再生する。
これを観てもワクワクするけれど、meLoveのMVとは違った。さわやかな風が吹くのではなくて、自分の中、それも奥のほうから熱いものが迫り上がってくるような感覚になる。