ポプラ社の協力のもと、リセマムでは、読者限定で本書の一部を無料で公開する。予定調和では終わらない、ときに残酷でリアルな、4つの家庭の「中学受験」の行方はいかに…。
前回のお話はこちら。第二章 真下つむぎ(五月) 1-1
開け放った窓からやさしい風が舞い込んで、カーテンがフレアスカートみたいに膨らんだ。どこかで猫が鳴いている。良いお天気だから、お散歩しているのかな。こんな陽気に算数をしなくてはならないとは、どんな罰ゲームだろうか。と言いながら、勉強を中断して休憩に動画を観ていたのだけれど。
体を動かしたくてたまらなくなり、つむぎは椅子から立ち上がった。『ラブリーラブリー』のサビのダンスを軽く踊ってみるが、しばらくやっていなかっただけでけっこう忘れてしまっていた。それどころか、手足がうまく動かなくなっているような気がする。
小さいころから毎週体操クラブで新体操やマット、バク転の練習なんかもしていたのに、五年になる前にやめてからはあまり運動することがなくなった。穂月と顔を合わせる機会が減るから、体操クラブを辞める時は寂しいと思わなかったが、今頃になって、あの場所が少し恋しい。先生も生徒も、みんな体を動かすことが大好きで、体操だけじゃなく、レッスンの後にみんなで流行りのダンスを練習したり…。
「楽しかったな」
思わず、独り言がこぼれた。今さら、もしもなんて考えてもしょうがないけど、ふと考えてしまう。もしも中学受験しなければ、体操クラブを続けられたのだろう。穂月も辞めているから、ストレスもなくて、以前みたいに楽しいだけの場所になっていたのだろう。
でも、やっぱりそんなことを考えても意味がないし、その代わりに、もう一つだけMVを観てから社会をやろう。
と、思っていたら、物音がした。つむぎはタブレットの電源を切り、画面を真っ暗にしてから定位置の本棚に戻して机に向かう。洗面所に足音が入っていき、手洗いとうがいをしている音。もうすぐ入ってくる。部屋のドアが開いた。
「ただいま」
勉強しているか偵察しにママが顔を出す。
「あっ、おかえり」
まるで勉強に集中していたからママが帰ってきたことになんて気づいていなかったというふりをして、つむぎは机の問題集から顔を上げた。
「つむぎ、全斉模試の結果がアップされたよ」
ママがスマホをこちらに向ける。
「もう見た? 」
「まだ、これから。一緒に見よう」
そう言われ、えー、とつむぎは口を尖らせた。
「自己採点したけど、悪かったから見たくないんだよね」
点数はどの教科もいつもより低かった。だけど、みんなもできていなくて平均点が低ければ、偏差値が下がることはない。つむぎはそうあってほしいと期待していた。
「そんなこと言っても、見ないわけにはいかないんだから」
「わたしが先に見る。貸して」
ママの手からスマホを奪い取ろうとした。待ってよ、アカウントとパスワード入れないと、とママは画面を操作してから、こちらに渡す。結果と書かれているフォルダーをクリックすると、表が出てきた。
【東研フロンティア 全国一斉テスト 4月26日実施】
四教科 319/500 偏差値53.9
二教科 203/300 偏差値55.6
算数 85/150 偏差値48.1
国語 118/150 偏差値63.2
理科 56/100 偏差値46.2
社会 60/100 偏差値58.4
まず、算数の偏差値が目に飛び込んできた。48.1って。50切ってる。
理科はさらに悪い。
「えっ、えっ」