「オンライン教育の流れに逆らってきた」星友啓氏に聞く、スタンフォード・オンラインハイスクール成功の理由<前編>

 加藤紀子さん連載「教育の今と未来」。今回のゲストは、スタンフォード・オンラインハイスクールの校長を務める星友啓氏。2006年の創立以来、シリコンバレーのテクノロジーとアカデミアの最先端の知見を生かし、世界のオンライン教育をけん引してきた同校の教育とは。

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「ネットだから手厚い」星友啓氏に聞く、スタンフォード・オンラインハイスクール成功の理由<前編>
  • 「ネットだから手厚い」星友啓氏に聞く、スタンフォード・オンラインハイスクール成功の理由<前編>
  • 星友啓氏と加藤紀子氏、オンラインインタビューのようす
  • スタンフォード大学

 世界トップレベルのスタンフォード大学に中高一貫校があるのをご存知だろうか? スタンフォード・オンラインハイスクールは、2006年の創立以来、シリコンバレーのテクノロジーとアカデミアの最先端の知見を生かし、世界のオンライン教育をけん引してきた。ここで2016年から校長を務めているのが、哲学博士でEdTechコンサルタントとしても活躍する星友啓氏だ。

 戦争・疫病・気候変動等、混沌とした未来を前に、世界の教育をリードする現場では何を重視しているのか。『スタンフォード・オンラインハイスクール校長が教える子どもの「考える力を伸ばす」教科書』(大和書房)を上梓した星氏に話を聞いた。

スタンフォード・オンラインハイスクール3つのユニークな特徴

--スタンフォード大学にオンラインで学ぶ中高一貫校があるとは、日本ではあまり知られていないと思います。最初に、スタンフォード・オンラインハイスクールについて、どんな教育を行なっているのか。どういう点が最先端でユニークなのかを教えていただけますか。

 パンデミックを経て最先端とは言えなくなってしまったかもしれませんが、僕らは17年前にオンライン教育を始め、生徒が事前に教材や動画を使って予習し、授業はディスカッションや演習等のインタラクティブな時間に充てる「反転授業」を行っています。

 ユニークな点としては、次の3つがあげられると思います。

 1つ目は、スタンフォード大学にある中高一貫校であること。大学の中にあるので、大学レベルのコースが多いのもユニークな特徴といえます。

 2つ目は、唯一の必修科目が哲学であるということ。今の子供たちにとってもっとも必要な「考える力」を養うために最適な方法として、学校設立当初からカリキュラムの柱にしています。

 そして3つ目は、生徒が自分で自分の学びをデザインできるような形にしていること。生徒ひとりひとりにアカデミックアドバイザーが付き、そのサポートを受けながら、自分独自のカリキュラムを組み立てていけるような仕組みになっています。そのため、学年やクラスという概念がほとんどないのも特徴といえます。

--「オンライン」「反転授業」「スタンフォード大学内」「哲学」「アカデミックアドバイザー」等、多方面でユニークさが際立ちますが、星先生として特にこだわっているのはどんなところですか。

 3つ目の生徒へのサポートの部分ですね。1人の生徒に対して、アカデミックなアドバイスの他にも、メンタルのカウンセリング、進路指導でそれぞれ1人ずつ、計3人でサポートしています。

 思春期は難しい時期ですから、サポートする大人が1人だけだと相性が合わなければ終わりみたいなところがありますけれど、3人いれば1人くらいはケミストリーが合う人がいるはずだろうと。

--それはものすごく手厚いですね。学力以上に、自己認識や自尊感情といった非認知能力の部分にフォーカスをされてきたということですよね。オンライン教育であえてそういうところに力を入れてきたというのは意外な感じがします。

 そうですよね。

 僕らのこうしたSELSocial Emotional Learning=自尊感情や対人関係能力を育てる教育)への強いこだわりに関して、周囲は批判的でした。「スタンフォードというブランドを使ってオンラインでやるのに、もっと合理的にできないのか。そんな少人数で、しかもそんなコストをかけて手厚いサポートをする必要があるのか」と。今では随分理解されるようになりましたけど、いまだに「バカか」と言う人もいます。もう「バカで結構」という感じです(笑)。

 利益をあげることを最優先に考えれば確かにその通りなのかもしれませんが、僕らは「人は繋がりの中でしか学べない。学びにはコミュニティが絶対に必要だ」という信条でひたむきにやってきました。

 結局、僕らが成功した理由というのは、オンライン教育全体の流れに逆らってやってきたところにあるんじゃないかなと思うんです。

子供の凸凹は混ぜて認め合うのがスタンフォード流


--私がこのたび上梓した『子育てのちょっと気になる困りごと解決ブック』(大和書房)では、「授業中に立ち歩く」「間違いを指摘すると暴れる」「忘れ物が多い」等、日常生活で抱えているさまざまな困り感を、どうやって親子ともハッピーな形で解決することができるのかについてまとめています。日本の社会は、まだ子供ひとりひとりの個性を尊重しきれず、依然として同調圧力の強い環境です。スタンフォード・オンラインハイスクールでは、そうした個性の突き出た子、凸凹が激しく困り感の強い子をどうやって育てているのでしょうか。そういう子の個性を強みに変えていくために学校が意識してやっていることはありますか。

 実は、うちの学校の前身は、スタンフォード大学のEducational Program for Gifted Youthというプログラムです。今は「ギフテッド」という言葉は学校名に入れていませんが、元々は凹凸の激しい子供を学力面だけでなく、生活面でもフィジカルな面でもオンラインでサポートしようというのが始まりでした。先ほどお話ししたような手厚いサポート体制を敷いているのも、そういう子供が多いからなんです。

 スタンフォード大学の中には、発達障害や身体障害がある学生たちへの多様なサポートを考案し、提供している部署があります。たとえばADHDで集中しづらい学生であれば試験時間を延ばせないかとか、耳が聞こえない、目が見えない、病院に入院していて動けないような学生にどうやって授業に参加してもらうか等を個別に解決していくんです。僕らもその部署の知見をシェアしてもらいつつ、オンラインでそういう生徒たちをどうやってサポートすれば良いのか、大学と一緒に開発しています。

 日本の特別支援学級も素晴らしいのですが、普通学級との間に明確な線が引かれてしまっていて、「混ぜる」ことはほとんどしないですよね。アメリカでは、個別にサポートをすることで、その学生たちも他の学生と混ぜます。彼らが互いの多様性を認めあいながら、一緒に学習していける環境を意識してつくっていくんです。

--どんな子にも光るところがあるはずです。でも日本では個性を伸ばす方向ではなく、できないことばかりに目が向いてしまい、親の方が「うちの子はダメだ」「うちの子だけできない」という困り感から抜けられない。どうやったら光るところを見つけてあげられるのかという悩みが私のところにも多く寄せられます。

 僕の中ではまず、「見つけてあげる」という姿勢が引っかかります。本来は子供自身が見つけるものであって、どこかにホコリをかぶって転がっている答えみたいなものを、誰かが代わりにホコリを払って見つけてあげるような作業ではないはずです。

 つまり、結局は得意なものって子供が自分で気づくものですよね。そういうものを子供が自分で見つけるために、親は元々子供が生まれもつ好奇心や自律心を折らないってことに集中したほうが良い。

 人間の脳のメカニズムとして、好奇心や自律心といったものが存在することはわかっています。じゃあなぜ、ワクワクが続かないのか。自律的に生きられないのか。

 それは元々あるものを社会生活の中で潰してしまっているからなんです。

星友啓氏と加藤紀子氏、オンラインインタビューのようす

子供のワクワク感や好奇心を保つ3つのカギとは

--確かに、本来は子供自身が見つけるものであるはずなのに、いつの間にか親が成績のように数値化された情報をもとに、一方的に子供の得意・不得意を刷り込んでいるかもしれないですね。

 そもそも得意・不得意って何なのか。大人である僕らの固定概念を少し壊していかないといけません。たとえば国語のテストが70点で算数が95点だと、「算数が得意なんだね」と捉えがちですよね。でもテストの結果は、これまでどれだけやってきたかを示しているに過ぎません。点数が悪くても、それはこれまでの頑張りが反映されただけであって、本当の意味で好きとか得意とかにあまり関係ない。だけど最初にテストの点数が他の子に比べて良くなかっただけで、その教科は「苦手」だと刷り込まれてしまうケースがたくさんあると思うんです。

 結果で評価されてしまうと、自分も頑張れば変わっていけると思える「グロースマインドセット」が育ちません。テストの点数については、今おっしゃったように「これまでどれだけ頑張ってきたかを示すものだから、今低い点数でもこれから頑張っていけば変わっていくんだよ」というメッセージを子供に伝えておくことは大切ですね。

 本にも書きましたが、これまでの研究で、ごほうびで釣ったり、点数やステータスで評価したり、逆に失敗に罰を与えたりする「外発的」な動機づけは幸福感を感じにくく、生きがいも見つかりにくいうえに、心身の健康リスクが上がることがわかっています。元々人間の脳は、心の内側から自然に湧き出る「内発的」な動機づけで動くようにできているのに、そこに不自然な介入をするとおかしなことが起きてきます。

--「やりたいことがない」「何をやっても無意味だ」「どうでも良い」と感じてしまう無気力とか無力感ですね。私の本にご協力くださった児童精神科医の黒川駿哉先生は、「大学生や社会人になっても、自分の気持ちがわからない。『どうにでもなれ』と思ってしまっている若い人が本当に多い」「こういうところこそ、教育や家庭でのかかわり方を見直せば変わっていくんじゃないか」と仰っています。不自然な介入をしないために、どんなことに気をつければ良いのでしょうか。

 次の3つの感覚がある状況をつくってあげることで、子供のワクワク感や好奇心が保たれやすくなり、子供は好奇心をもって自分がやりたいことを見つけやすくなります。

 1つ目は、「つながり」です。周りと個別に競争して自分だけが生き残るのではなく、周りと仲良くつながりを持つことは、人間の脳の仕組みとしても自然の姿です。僕らのところにも、自分の個性が周囲に理解されず孤独だったけれど、オンラインハイスクールに入ってピア(仲間)が見つかったと「つながり」を喜ぶ声はとても多いです。これはネット社会の恩恵ですよね。

 2つ目は、「コントロールされていない状態」です。「自分からやっているんだ」という感覚をもたせてあげること。

 そして3つ目は、「できた」「できるんだ」と感じられる「有能感」です。人間は本来学びたい動物であり、学ぶとドーパミンが放出されます。でも、外発的な動機づけでコントロールされると、あっという間に勉強嫌いになってしまいます。

--実際にそうやって言語化していただくとわかりやすいのですが、特に「コントロールされていない状態」をつくり出すというのは、実際の子育てではなかなか難しいところですよね。

 だから僕は先日出版された加藤さんの本「ちょっと気になる子育ての困りごと解決ブック!」が役立つと思うんですよ。特に、加藤さんの本のあちこちに散りばめられていた「共感」ってすごく大事なんです。親がやるべきだと思っていることを子供が拒否した時、つい親は「イヤなんて言ってる場合じゃないでしょ」と言ってしまいますよね。あるいは子供が落ち込んでいる時、「大丈夫」「気にしなくて良いよ」と親としては励ましているつもりでも、それは子供ががっかりしている気持ちを否定することになります。

 「共感」とは、子供の感情を肯定してあげることです。加藤さんの本の“How to レスキュー”にもたくさん紹介されているように、「今はやりたくないんだね」「それはショックだったね」と子供の感情を肯定する言葉をかけてあげるだけで良い。そうすれば親子の間で「安心」を土台とした心のつながりが育まれ、子供は親の言葉に耳を傾けることができるようになるんです。

 インタビュー後編「スタンフォード・オンラインハイスクール校長に聞く『哲学』を必修にする理由とは」に続く。



ちょっと気になる子育ての困りごと解決ブック!
¥1,650
(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)
《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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