スタンフォード・オンラインハイスクール校長に聞く「哲学」を必修にする理由とは<後編>

 加藤紀子さん連載「教育の今と未来」。今回のゲストは、スタンフォード・オンラインハイスクールの校長を務める星友啓氏。アメリカでの最新の教育事情を紐解きながら、なぜ「哲学」を必修にしているのか。その理由に迫る。

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「親子で当たり前を問い直す」星友啓氏に聞く、クリティカルシンキングの大切さ<後編>
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  • 星友啓氏と加藤紀子氏、オンラインインタビューのようす

 2006年の創立以来、シリコンバレーのテクノロジーとアカデミアの最先端の知見を生かし、世界のオンライン教育をけん引してきたスタンフォード・オンラインハイスクール。ここで2016年から校長を務めている哲学博士でEdTechコンサルタントとしても活躍する星友啓氏に、インタビュー前編では世界の教育をリードする現場では何を重視しているのか話を聞いた。

 後編では、アメリカでの最新の教育事情を日本との比較も交えて紐解きながら、なぜ「哲学」を必修にしているのか。その理由に迫る。

アメリカの「混ぜる」教育とは

--後編では、アメリカの教育事情についてうかがっていきたいと思います。星先生が共同で活動されているスタンフォード大学は世界トップクラスの大学ですが、教育機関としてはどういう人材を育てたいと考えているのでしょうか。

 スタンフォード大学は、多様性からイノベーションを生み出してきた組織です。1人の天才が引っ張っていくというよりも、多様な言語・文化・宗教、そして身体的な制約がある人もいる中で、皆がお互いの存在を認め合うことによって、新しいイノベーションが生まれるのだという信念。これがスタンフォードの特色ではないかな、と。

 だから、多様な価値観の人たちとコミュニケーションを取りながら、その中でも自分をもち続けられ、そこからこれまでの枠組みを超えて新しいものにも挑戦していける人材を育てようとしています。

--前編では、アメリカは「混ぜる」教育だとおっしゃっていたのが印象的でした。まさにスタンフォードが目指す多様性のあるコミュニティのことだと思うのですが、アメリカの「混ぜる」教育はどのように実践されているのか、もう少し具体的に教えていただけますか。

 当校の特徴にあげた、1人の生徒を3人の大人が支えるというサポート体制ほど手厚くはないものの、ほとんどの学校で「混ぜる」環境をつくるために、個人に見合った学習プランニングをしています。公立校にもラーニングスペシャリストがいて、「あなたのお子さんは注意散漫がこのくらいのレベルだから、うちの教員はこういうサポートをするので、ご自宅ではこれをやってください」「あなたのお子さんのディスアビリティ(障害)は、このツールを使えば他の子たちと一緒に学べるのではないですか」といった具体的なプランニングをしてくれます。

 どうしても公立で受け入れられない場合は、その対応が可能な私立に転校させ、その費用を公立が負担するという仕組みもあります。

 僕らのオンラインスクールは私立ですが、できるだけ多様なバックグラウンドの子供たちを集めるために、生徒の20%は学費を無料にしています。とはいえこれにも限界があり、そもそもうちの学校レベルだと、いろいろなリソースを持っている子の方が成績も良くて入りやすいという実態はあります。

 そこで最近では、スタンフォード大学のブランド力で上げた利益の一部を使い、アメリカの中でもっとも貧しい地域の公立校と組んで、これまでちゃんとした教育を受けてこられなかった子供たちへのサポートも始めました。すると、彼らの学力が低いのは、単に今までやってこなかっただけで、やればグンと成績が上がることがわかってきました。

 その子ができていないところまでさかのぼり、個別に適切な教育をすれば、教育格差は小さくできるという実証ですね。日本でも1人1台の端末が子供たちに行き届くようになり、EdTechを活用して学習の個別最適化を目指す動きが出てきました。それでもまだ、多様性を認めるという環境とは程遠いのが現状だと思います。

アメリカの子育てで新たに注目される「プライジング(Prizing)」という概念とは

--アメリカの教育のど真ん中にいらっしゃる星先生から見て、日本の教育の強みはどこにあると思いますか。

 小中高でいうと、学習指導要領に基づき、教育が全国的に満遍なく行き渡っているのは素晴らしいと思いますね。国際水準から見ても、全国的にほぼ均一で高水準の教育が受けられるのは日本の強みだなと思います。もちろん、最近では国内でも格差が広がっているという指摘もあるようですが、それでもアメリカに比べたらまだかなり小さい方です。

 美術や技術、家庭科といった教科も、しっかりと学校教育に組み込まれているところ。僕はこれも強みだと思っています。早くから選択制になる国も多い中、他国に比べて日本はこうした教科が授業時間数に占める割合が非常に高い。親からすれば、学校でオールインワン的な学びを提供してもらえるというのは助かるのではないかなと。

--なるほど。それは面白いご指摘ですね。私も日本の小中高の教育は国際的に見て優れている方だと思っています。ただし、受験となると子供の興味や関心を棚に上げ、どうしても「苦手をなくす」とか「美術や家庭科等、テストに出ないものはやらなくて良い」といった発想に陥りがちなのはまだまだ残念な部分だなと感じます。

 それはホールチャイルド的ではないですね。ホールチャイルド・アプローチとは、子供ひとりひとりの興味・関心にあわせて、心と身体と頭を統合的にバランスよく育むことです。

 日本の親御さんたちは、入試科目の外側にある運動やアート、あるいはメンタルにもフォーカスし、そちらのサポートをしてあげることが大事なのではないかと思います。入試には役立たないことでも、そうやって周りからサポートしてもらえると、子供は自分のことを肯定してもらえたと感じます。それは何より、子供の心の安定に繋がるものです。家族ではサポートが難しい時は、家族以外でも良い。コミュニティのどこかとつながっているっていう環境をつくってあげてほしいです。

--先ほど「ホールチャイルド」というキーワードが出ましたが、その他に今、アメリカの子育てで注目されているコンセプトはありますか。

 プライジング(=Prizing)です。プライズ=Prizeとは名詞では「賞」のことですが、動詞では「尊ぶ」という意味があります。つまり、プライジングは子育ての文脈では「子供のことを尊い存在としてありのままを見守る、受け入れる」ということを意味します。これは元々心療内科から出てきた考え方で、言われてみればすごく当たり前のことなんですが、その当たり前が僕らはなかなかできないんですよね。じゃあ親が悪いのかというと、そうではない。子育てのつらさには科学的な理由が存在するんです。

 今回の本の前書きにも書いたのですが、子育てで悩んでいる親御さんたちというのは、悩みが深まるほど孤立しがちなんですよね。しかも今は、子供や親の自己責任ばかりが問われるので、なかなか「助けて」と言いづらい社会です。でも、子育てのつらさには科学的な理由があるとわかれば、これは自分だけの問題じゃないんだと思えて気持ちがだいぶ楽になれる気がします。

--子育てがつらい科学的な理由とは具体的にどんなことなのでしょうか。

 おもに3つあげられます。

 1つ目は、個人差です。そもそも人類は、ひとりひとりが生まれもった多様性があるからこそ生き延びてきたわけです。でも、学校等の集団に入ると、どうしても横並びで比べられてしまう。すると「うちの子だけできない」と思い込んでしまうんです。あくまでもその集団の中での比較でしかないのに、認知的バイアス(認識の歪み)から、うちの子“だけ”となってしまう。

 2つ目は、人の成長はそもそも目に見えにくいということです。実際には、人間の脳は日々刻々と変化し続け、成長しているのに、「いつまで経ってもできるようにならない」と感じてしまう。これも認知的なバイアスです。

 3つ目は、生き物の脳は、ネガティブなことがあったら反射的に「これは気をつけないといけないぞ」と拡大してとらえるようにつくられています。生存本能で、脳がネガティブな情報に意識を向ける構造になっているんです。

 こうしてみると、子育ては科学的にうまくいかないことがわかると思います。そのことを認めたうえで、ありのままのわが子を見つめ、尊い存在として見なせるよう、子供との関係性を大切にしよう、と。そのために親は、子供に対してどういうマインドセットをもっておくべきかというところに今、注目が集まっています。子供というより、大人の方のストレスマネジメントに入っていこうという流れですね。

「哲学」は当たり前を問い直し、考える力を伸ばす

--それは親も子も両方ラクになれる大事なコンセプトですね。親が子供をコントロールするのは子供のためにならないし、かといって放任で何もしないのも子供にはつらいことです。その塩梅が難しいんですけれど、子育てがつらいと感じる科学的な理由を知っておくだけでも、自分を客観視できて冷静になれそうです。

 そうやって距離を置いてみることって大事ですよね。そしてまずは、子供にとって安心で安全な環境をつくってあげられるかどうか。1人でもそうした安心できる関係性ができていれば、子供の心は健やかに育っていきやすいということは研究でも明らかになっています。これは、周りの環境を変えられなくても、親が子供のために今すぐに実践してあげられることです。

--突き詰めると、親自身も自分がどう育てられてきたか、受けた教育の影響は大きいと思うんです。でも自分がしてもらった経験がなくても、こうして子育てに関する最新の情報をアップデートしながら、わが子には実践していきたいですね。

 その点でいうと、「共感」「プライジング」に加えて、「批判的思考=クリティカルシンキング」についても、新しい学習指導要領に謳われているものの我々世代は教わったことがなく、なぜ重要なのか、家庭でどんなことができるのか等はあまりピンときません。

 星先生は、このたびのご著書『スタンフォード・オンライン・ハイスクール校長が教える子どもの「考える力を伸ばす」教科書』(大和書房)の中で「考える力」について冒頭で1章分を費やしてまとめていらっしゃいますが、あらためてなぜこれが重要なのか教えていただけますか。

 今、社会の前提とか有り様が、これまで以上にものすごく速く変化していますよね。これまでの日本社会は右肩上がりの成長で、成功体験を繰り返し、既存の価値観でいる限り安泰な人生が送れたわけですが、これからはそうはいかないだろうと皆さん感じていらっしゃると思います。

 そこで思い切って、自分のもっている価値観や考える枠組みそのものを批判的に捉え、問い直してみるそこから新しいフレームを見出していくことがクリティカルシンキングそのものなんです。

 僕らが哲学を必修科目にしているのも、それがこのクリティカルシンキングに生かせるから。哲学を学ぶことで当たり前を問い直し、新しい価値観に向かう原動力にするためです。

星友啓氏と加藤紀子氏、オンラインインタビューのようす

--当たり前のことを問い直すって大事ですね。それを親自身も気づかないといけないのですが、もう気づいている親御さんは増えていると思うんです。子供たちだって、これだけ不登校が増えているのも、これまでの教育を黙って受け入れることに限界が来ているんじゃないかなと。そうした中で、親が子供にやってあげられることは何だと思いますか。

 先ほど加藤さんがおっしゃったように、親自身も変わっていくというところじゃないでしょうか。日本って「ちょっとおかしいぞ」と感じながらも、周りの空気に抗えない雰囲気があると思うんですけど、まず自分の身の回りで当たり前とされていることを問い直し、それを子供と一緒に考えてみる姿勢を示せれば良い子供は「『考える』ってそういうことなんだ」と親を見て学ぶはずです。

 もう1つは、国とか地域とか、周りの環境のせいにしないことも大事かなと。

 親は学校のせい、学校は地域や国のせいにしがちですよね。そうやって周りに既存の仕組みがあるだけに、それを変えていくのはものすごく難しいけれど、それでも必ず身近なところでできることってあるはずだと思うんです。だからそこはお上頼りにならず、小さいことでもできることから実行してみてほしいです。

--環境を嘆くだけではなく、できることはないか探してみる。そういう意味では、先生と私がそれぞれ最近上梓した本も参考にしていただくと、身近で今すぐできる何かが見つかるんじゃないかなと思います。

 今日はありがとうございました。

 世界で最先端の教育が目指していることは、実はとてもシンプルだ。子供の気持ちに共感すること。親は自分を客観視し、子供にとって安心できる環境をつくること。そして世の中で当たり前とされていることを問い直してみること。

 1つでも今日から実践すれば、親も子も幸福度が高まり、親子の絆が一層深まっていくことだろう。



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《加藤紀子》

加藤紀子

1973年京都市出まれ。1996年東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで旺盛な取材、執筆を続けている。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。一男一女の母。

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