探究の本格始動で注目が集まる「地域みらい留学」の魅力とは…岩本悠氏インタビュー<前編>

 加藤紀子さん連載「教育の今と未来」。今回のゲストは、北海道から沖縄まで都道府県の枠を越え、地域の公立学校に入学し、充実した高校生活を送る「地域みらい留学」を全国に広げてきた地域・教育魅力化プラットフォーム代表理事の岩本悠氏。

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探究の本格始動で注目が集まる「地域みらい留学」の魅力とは…岩本悠氏インタビュー<前編>
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  • 島根県の隠岐諸島・海士町の隠岐島前高校
  • 隠岐の海
  • 公立の学習塾「隠岐國学習センター」
  • 公立の学習塾「隠岐國学習センター」
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 北海道から沖縄まで都道府県の枠を越え、地域の学校に入学し、充実した高校生活を送る「地域みらい留学」をご存知だろうか。留学先は日本各地で、学校と地域が協働して魅力ある教育改革に挑戦し、全国からも入学生を募集している公立高校だ。地域ごとに特色があり、そこでしかできない体験を通じて生徒たちは「生きる力」を身に付けていく。

 2007年に島根県の隠岐諸島・海士町の隠岐島前高校から始まり、全国にこの取組みを広げてきたのは、一般財団法人 地域・教育魅力化プラットフォーム代表理事の岩本悠氏だ。「地域みらい留学」にはどのような魅力があるのか、岩本氏に話を聞いた。

「地域みらい留学」の特色とは

--「地域みらい留学」は、探究をベースとして課題発見力、思考力、行動力、主体性から自分なりの幸せを描き実現する力など、まさに「生きる力」を身に付ける教育として今、大きな期待と注目が集まっています。現在、「地域みらい留学」には北海道から沖縄まで100校以上の公立高校が参加していて、中学卒業後の3年間を地域で過ごすコースのほか、高校2年生時に1年間地域で過ごすコースもありますね。高校進学の新しい選択肢ですが、どんな特色がありますか。

 今はICTを活用すれば、塾や予備校の授業も質の高いコンテンツにどこからでもアクセスできる時代です。そんな時代での「地域みらい留学」の魅力は、五感を通じて本物の自然や文化に触れられることにあります。

 都会で暮らしていると、身近に海や山、川があって、きれいな空気を全身で感じたり、地元で採れる旬の物を食べたり、多様な世代の人たちと交流したりといった日常を送るのは難しいですよね。都会から遠く離れた地方での暮らしは不自由な環境だけれど、そこにしかない自然環境や伝統文化を体験でき、地域の課題を通じてさまざまな人とのつながりも生まれる。そこからは、バーチャルな世界では育めないような感性や、抗えない自然や不便な環境の中で生き抜く力、多様な価値観を持つ人々とのコミュニケーション力などが磨かれていきます。

「地域みらい留学」は、2007年に島根県の隠岐諸島・海士町の隠岐島前高校から始まり、現在は北海道から沖縄まで100校以上の公立高校が参加している

 そしてもうひとつは、少人数教育であることです。「地域みらい留学」の参加校は地方の小規模校なので、1学級の人数が少ない。その分、学校の先生はもちろん、地域住民の方も生徒の顔と名前を知っていることが多く、ひとりひとりを地域全体が見守り、応援してくれる手厚い環境にあります。

 こんなに手厚く、環境も良いとなると費用面を心配されるのですが、「地域みらい留学」は公立校が対象なので寮費や食費を含めてもローコストで生活できる環境が整っています。

--私も海士町を実際に訪れたのですが、本当に手厚くて正直驚くほどでした。町長が高校生の名前を覚えているほどで、行政、地域の人々、教員、そして地域・教育魅力化コーディネーターと呼ばれる人たちがつながり、地域ぐるみで高校を地域活性の一翼を担う重要な拠点として支えていることを実感しました。

 夜には高校に併設された寮や公立の学習塾「隠岐國学習センター」にもお邪魔しましたが、ちょうど4月で新入生が入ってきたこともあってにぎやかでした。生徒さんたちともお話ししたところ、「時間が足りない」と口をそろえるほど、毎日が充実しているようすが印象的でした。高校の先生以外にも、職員室には教育コーディネーターと呼ばれる人たちがおもに探究活動を支援するために常駐しているし、寮にはハウスマスター、学習センターにも複数のスタッフがいて、生徒さんたちにはいくつも居場所がある。どこに行っても気軽に話せる大人がたくさんいることがとても良いなと思いました。

 一方で、14、15歳の子供にとってはコンビニも娯楽施設もなく、本土から遠く離れた地での共同生活はイメージするだけでハードルが高そうなのですが、実際に今、希望してくるのはどんな生徒さんなのでしょうか。

 もっとも多いのは、「今の自分を変えたい」「新しい環境で挑戦してみたい」という動機からです。圧倒的に多いのは、現状に強い不満はなくても「ずっとこういう生活が続くのかな」「本当に今のままで良いのかな」といった何らかの違和感を抱いているケースです。周囲からの同調圧力に流されて、自分を出しきれていない。今いる環境で最大限イキイキできているとは思えない。そんな今の自分を超えていきたいという思いは、言い方を変えれば「成長意欲」と呼べるものなのかもしれません。

 そしてもうひとつは先ほど特色に挙げた、コモディティ化された都市部にはない、その地域特有の空気感や人とのつながり、そして少人数教育という環境に魅力を感じるケースも多いですね。

--「今の環境を変えたい」という動機の中には、不登校も含まれますか。

 そういうお子さんもいます。不登校になった子たちのなかには、家庭から離れ、今までの生活環境、学校や友人関係から離れて環境がガラッと変わると、また違う自分が出てくるケースが結構あるんですよね。実際に「地域みらい留学」に来て寮で規則正しい生活を送るようになり、部活や生徒会などにも参加するようになって見違えるほど成長する子もいます。

公立の学習塾「隠岐國学習センター」

 ただ、こういう話をすると、お子さんの不登校に悩んでいる親御さんには魔法の杖のように見えてしまい、「『地域みらい留学』に行けばうちの子も変わるはず」と期待されることがこれまでも少なくありませんでした。ですが正直なところ、現実はそう簡単ではありません。親元から遠く離れた学校や寮での集団生活に加え、十分とはいえない医療体制など生活面での不自由さを知った上で、本当に本人が望んでいるのか。本人にそこで学ぶ意志があるかどうかが大事だということはよく理解しておいていただければと思います。

多様な進路に手厚く対応できるのが最大の強み

--親目線で不安になるのが、学力と進路です。まず学力面について、親はどうしても偏差値とか進学実績を気にしてしまうところですが、どういった状況なのでしょうか。

 そうですね。それはよく心配されます。というのも「地域みらい留学」の高校って、インターネットで偏差値を調べると大抵40前後なんです。だから「進学は大丈夫なの?」「過疎地の学校だと勉強も遅れがちなんでしょう?」といったご心配をされる方がとても多いんです。でも学校の中は、けして偏差値40の子ばかりが集まっているわけじゃありません。

 学校がたくさんある都市部だと子供の数も多いので、生徒の学力は偏差値によってある程度輪切りになっていますが、地域に高校が1校しかないような田舎だと、そこには学力の幅がものすごく広い生徒が集まって来るということ。偏差値40というのは40を超えていれば合格が見込めるという意味であって、中には国公立大や難関私立大を目指す生徒たちもいれば、地元に残って働く子もいる。そこが大きな違いだとお伝えしています。

--公立の学習塾である「学習センター」もありますね。そこではどのようなサポートをしてもらえるのですか。

 少子化が進む地域には民間の学習塾や予備校がないので、たとえば海士町では公立の学習塾である「学習センター」を設けているのですが、そこではひとりひとりのニーズにあわせた個別のカリキュラムを組み、高校での教科学習をサポートしています。ユニークなのは、この学習センターと高校が連携していることです。学校の先生と学習センターのスタッフが定期的にミーティングを開き、高校の授業と学習センターで相乗効果が出るように心がけています。こうした「学習センター」のような公営塾を設置する地域も広がってきています。

学習センターでは、ひとりひとりのニーズにあわせた個別のカリキュラムを組み、高校での教科学習をサポートしている

--生徒の学力の幅が広いと進路も多岐にわたると思うのですが、「地域みらい留学」ではどのように進路指導を行なっているのですか。

 高校に常駐するコーディネーターが伴走しながら、ひとりひとりが自分の興味・関心を掘り下げ、地域ともつながりながら探究活動を行います。また、学習センターでは、生徒たちが自分の夢や将来について考える「夢ゼミ」を実施していて、週に1回、大学のようなゼミ形式で、そもそもなぜ勉強するのかを考えさせたり、地域の大人や島外からも著名な人が講師に来てくれることもあったり、多様な進路の選択肢を知ることで、学習意欲を掻き立てられる生徒も多いです。このような経験を通じて生徒たちは自らの進路を選択しており、最近では就職・進学以外に、起業をしたり、世界へ旅に出たりする子もいて多様化してきています。

 大学に進学する場合は、その多くが総合型選抜で合格しています。総合型選抜では、自分の意志でこれまで住みなれた場所を離れ、遠い地方の町で自分なりの課題を見つけて探究するという姿勢が大学側から高く評価されていて、超難関といわれる大学へ進学する生徒もいます。

 そうすると、「うちの子も旧帝大か早慶あたりには行かせてくれますか?」と親御さんから尋ねられることがあるのですが、僕らとしては「行くかどうかは本人次第です」としか答えられません。

 ただし、生徒が何かをやりたいと言った時には全力で応援する環境はある、ということだけは必ず伝えています。少人数なだけに、ひとりひとりの思いに寄り添い、多様な進路に手厚く対応でき、実現に向けたチャレンジをサポートしていけるというのが、「地域みらい留学」の最大の強みだからです。

「生徒が何かをやりたいと言った時には全力で応援する環境はある」と語る岩本悠氏

留学の成否を左右する決め手とは

--「地域みらい留学」はどんなタイプの子に向いていますか。

 「地域みらい留学」に来て良かった! というタイプとしては、人に興味・関心がある子ですね。別にコミュニケーションが得意じゃなくても良い。ただ、積極的に外へ出て行って地元の活動に参加したり、地域の人たちと交流したりする子は可愛がられるので、いろんな機会や出番をもらえるようになって、どんどん成長していくんです。

 もうひとつは、頭でわかれば良いというだけでなく、自分の体でちゃんと感じたいというタイプ。社会や自然の中で、今までできなかった新しい体験を求めに行くも向いていると思います。

--「地域みらい留学」の成否を左右する要因はどんなところにあると思いますか。

 先ほど不登校のケースでも触れましたが、留学に来ることを本人が望んで決めているかどうかですね。

 留学のきっかけは親でも良いと思うんです。まだ中学生だとこういう情報って大人から入ってくることが多いし、「こんな制度があるみたいだよ」「一度オープンスクール行ってみる?」といった感じで、進路の選択肢として示してあげるのむしろは良いことだと思います。ただしそこから先も親が勝手に推し進めると、子供もの方には「行かされた」という感覚が残ってしまう。

 自分の意志で来た子であっても、親元から離れた遠い場所で暮らすとなれば、必ずといって良いほど辛くなる時があるものです。本来はそうした苦労こそが成長のバネになるのですが、自分で決めていないとどうしても「こんなところに島流しされた」とか「親に見捨てられた」といった感情に陥りがちです。結局、親のせいにして現実から逃げてしまうんです。

「地域みらい留学」の成否を左右する要因は「留学に来ることを本人が望んで決めているかどうか」

 もうひとつ見過ごせないのは、特別な支援が必要な疾患があるかどうか。人口が少ない地域には十分な医療体制は整っておらず、都市部で暮らすのと同等のケアを受けることは難しい上、寮では共同生活なので、たとえば音に過敏だとか、コミュニケーションにも特別な支援が必要なレベルとかだと、留学を続けていくのは厳しいかもしれません。

 まずは本人がその環境を知り、「ここでやれそうだ」「ここで頑張るんだ」と自分で確かめ、決めるプロセスが、留学の成否を左右する決め手になると思います。

 インタビュー後編「『地域みらい留学』は世界最先端の教育になる」へ続く。


《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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