今、人類の歴史を塗り替えているのは、AIだけではない。
遺伝子解析、生態系の可視化、分子レベルでの生命理解。AIの爆発的進化と結びつくことで、バイオサイエンスにはかつてない規模の革命が起きつつある。そのインパクトは、AIそのものに比肩する、あるいはそれ以上かもしれない。
この大きな変革の時代に、京都・亀岡の豊かな自然をまるごとフィールドにしながら、世界を見据えた教育を展開している場所がある。京都先端科学大学(KUAS)バイオ環境学部だ。基礎研究から社会実装までを網羅するカリキュラム、"現場で学ぶ"ダイナミックな実践教育。その全貌を、三村徹郎学部長、生物環境科学科講師の永野真理子氏、そして最前線で専門性を磨く現役学生・留学生への徹底取材から解き明かす。
【話を聞いた人】
三村徹郎教授 バイオ環境学部 応用生命科学科 学部長 研究科長
永野真理子先生 バイオ環境学部 生物環境科学科 講師
Betelhem Amberbir(Betty)さん バイオ環境学部 生物環境科学科 国際コース 1年生/エチオピア出身
森次倭士さん バイオ環境学部 生物環境科学科 2年生
※学年、所属学科、肩書はインタビュー当時の情報です
確かな観察眼と実践的スキルを養う
--「人とともに多様な生き物が共生できるバイオ環境の実現を目指す」という理念のもと、2006年に設立されたバイオ環境学部は、DNA設計や遺伝子編集など生命科学が進展する中、2025年に「豊かな自然と実験室がつながる、多様な環境で学び、未来に貢献する」ために2つの学科に再編されました。新しいバイオ環境学部には、どのような特色があるのでしょうか。
三村教授:バイオ環境学部は、マクロ系の学問を中心とした「生物環境科学科」と、ミクロ系の学問を中心とした「応用生命科学科」の2つの学科で構成され、いずれも基礎から応用まで幅広く勉強できるのが大きな特徴です。一般的に、生物系の基礎的な学問は理学部に設置され、それを社会にどう役立てるかという応用的な学問は農学部や医学部、工学部で行われますが、本学のバイオ環境学部ではそれらを横断的に1つの学部で網羅しています。
基礎から応用まで地続きで学べる体制で、1・2年生で基礎を固め、3・4年で自分のやりたいことを見据えて研究室を選びます。基礎研究を深めたい人も、社会に直結する応用研究をやりたい人も、自分の興味にあわせて実習や実験の時間をたっぷり取っているので、実践的に学べる環境が整っています。
授業ではグループワークが多いのも特色で、学生たちは本当に熱心に取り組んでいますし、積極的に発表してくれて参加意識が高いです。

--各学科の特徴について教えてください。
三村教授: 生物環境科学科が探究するのは、広い意味での「環境との関係」です。生物は周囲の環境や他の生物とどう関わっているのか。作物の栽培や新品種の開発を通じて、食糧維持の基盤をどう築くのか。生態学や水環境分野など生物・環境・農業の基礎をベースに、生物の分類、水質の分析、地理情報解析、ドローンを活用した植生調査まで幅広く取り組んでいます。
応用面では、農業技術や環境政策、物質循環やバイオマス活用といった生物資源分野に加え、農村における自然と関わる人間の営み、そこでの人と人の関係を社会科学的に捉える研究室もあります。自然の仕組みを解き明かす基礎から社会実装まで幅広く扱うことで、自然と共生する環境をつくるエキスパートの養成を目指しています。
一方、応用生命科学科で行うのは、生命の物質的なメカニズムを明らかにする研究や、人々の健康と生活に役立つ食品の研究など、生化学や分子生物学に基づいた分子・細胞レベルの生物学的なアプローチです。日本が世界に誇る酵母や乳酸菌などの健康機能の解明や、ゴミとしてのプラスチックを分解する微生物の研究を通して汚染物質の除去技術の開発に挑んでいます。さらに食品科学の領域では、100以上の食品を対象に機能性を分析し、体調の改善や病気の予防に効果がある成分を探っています。

--それぞれの学科ではどのような力が身に付きますか。
三村教授:両学科に共通するいちばん大切な軸は、現場で即戦力となる実用的な技術を身に付けてもらうことです。現在は分野を超えて共通の技術が用いられ、たとえば生態学の領域でも遺伝子解析を活用した「分子生態学」が一般化しています。そのため、どちらの学科に進んでも最先端の技術に触れることができます。生物環境科学科では、多様なフィールドワークを通じて観察力を養い、自然を正確に読み取る確かな観察眼が身に付きます。応用生命科学科では分子化学的な分野に根ざした授業をメインに実験中心のカリキュラムで、遺伝子解析や微生物培養などの高度かつ実践的な実験スキルが身に付きます。
豊かなフィールドで「好き」から伸ばす
--京都亀岡キャンパスは自然に囲まれていて、学生たちが畑で楽しそうに実習を行っている姿が印象的でした。
永野先生: このキャンパスの魅力は何と言っても生物の多様性に富んだ豊かな自然です。研究室のドアを開ければ、そこがそのまま広大な研究フィールドになるという、これ以上ない環境が整っています。好奇心の赴くままに、論文を読んで気になる生物があれば「ちょっと調べてみよう」とすぐに行動に移せるのは、首都圏のキャンパスでは味わえない贅沢です。山、川、林、畑に囲まれたこの地では、キツネやイノシシ、シカなどの哺乳類から、両生類、昆虫、そしてミジンコのような微生物にいたるまで、多様な生物を身近な研究対象にできます。

--それぞれの学科はどのようなタイプの人が向いていますか。
三村教授:生物環境科学科は、生き物好きや自然の中で過ごすことが好きな人、環境の保全や再生への意識が高い人、あるいは地域農業に貢献したい人には非常に魅力的な学科です。理科や農業の教員免許をはじめ、博物館学芸員や樹木医補といった専門資格の取得に対応しているので、環境・自然のスペシャリストとして活躍したい人にとって、必要な知識と実践をしっかりと積み上げられます。
一方で、生き物を対象としつつも、白衣を着て実験するのが好きだという人は応用生命科学科に向いているでしょう。生物を物質や遺伝子DNAなどの分子レベルで解析したい人に適しています。人の健康のために食品成分や薬などの基礎を学びたい人にもぴったりです。理科の教員免許をはじめ、食品衛生管理者、食品衛生監視員、博物館学芸員、健康食品管理士といった専門資格の取得が目指せます。

未来の農業や環境を支える、次世代のバイオサイエンス
--生命環境科学科は外でのフィールドワーク、応用生命科学科では実験室での活動が多くなるのですね。こうした研究はどのように一般の人々の生活に関わっているのでしょうか。
三村教授:先ほどもお伝えしたように、現在は分野を超えて共通の技術が用いられています。農学分野でも、遺伝子解析を活用する、生物環境科学科の「食資源生態研究室」のような研究や、あるいは、有機化学を基盤に野外の昆虫のもつ化学成分の役割を調べる応用生命科学科の「化学生態学研究室」など、どちらの学科でも、社会と密接につながる最先端の技術に触れることができます。
たとえば、植物の遺伝子の働きを調べることで、環境への適応の仕組みが明らかになります。この知見は農業にも応用され、育種の効率化につながっています。具体的には、植物は1年を通して芽を出し、花を咲かせ、実をつけるというサイクルを繰り返していますが、その過程では、さまざまな遺伝子がタイミングよく働き、発現パターンが変化します。ある植物が、夏に増える虫の発生を約2か月前から予測し、身を守る準備を始めるというような“生き残るための戦略”も、遺伝子レベルの分析によって見えてくるようになりました。

作物栽培でも遺伝子組換えをする場合、このような応用生命的な技術は絶対的に必要ですが、まだ遺伝子組み換えというと抵抗を感じる人もいます。
--たしかに「遺伝子組換え」と聞くと、なんとなく避けた方が良いと考える保護者はまだ多いかもしれません。
三村教授:実は、私たちが日常的に食べているものの多くが遺伝子組換え技術と関わっています。アメリカからの輸入大豆の多くはすでに遺伝子組み換えのもので、醤油やドレッシングなど加工食品として知らず知らずのうちに摂取していますし、家畜の飼料にも広く使われています。ですから、すでに私たちは間接的に体に取り入れているのです。また、無機窒素肥料も多くが工場生産で、私たちの体をつくる窒素の一部になっていると言えます。重要なのは新しい技術を正しく理解することです。遺伝子組換えによって農薬の使用量が減れば健康面でもメリットがありますし、高齢化が進む農業では作業負担を減らすことにもつながります。
本学では工学部と連携し、生物学と工学を組み合わせた農業用ロボットの研究も進めています。こうした学びを通じて、近い未来の農業や環境を支える人材を育てていきたいと考えています。
--学部間の連携の他にも、企業や研究機関などでより実践的な研究に取り組むプロジェクトもあるそうですね。
三村教授:成績基準を満たせば、希望者は卒業研究を企業や研究機関で行う「キャップストーン・バイオ プロジェクト」に参加することができます。インターンシップの位置付けではなく、実際に組織の一員として3か月から半年以上、研究課題に本格的に取り組むプログラムです。2025年度は、京都大学工学研究科で微生物の研究に携わりました。2026年度は、奈良先端科学技術大学院大学で今まさに研究を行っている学生がいます。また、京都府立植物園にも学生の受入れをお願いしているところです。ほかにも多くの企業や他大学とも協働しながら学ぶ機会が得られることは、KUASの大きな特徴だと感じています。
19か国から留学生45名、日本にいながら英語が日常になる環境
--2025年9月には留学生が学ぶための国際コースが設置されました。どのようなコースなのでしょうか。
三村教授: 東南アジアをはじめ、アフリカやヨーロッパ、アメリカ、カナダ、メキシコなど、19か国から非常に優秀な学生が集まり45名が入学しました。3年生から日本人学生と国際コースの学生が合流し、共に学びあいます。

KUASはグローバル社会に対応するために必要な、学生の英語力向上には並々ならぬ力を注いでおり、日本人学生は3年生まで総時間数420時間以上英語を学びます。現場で使える実践的な英語の習得を目指しているため、レベル別・少人数制のカリキュラムで実施していて、もし不安に感じてもサポート体制が整っているので、安心して授業を受けてもらえます。もともと海外インターンシップや留学制度は充実していましたが、国際コースの学生さんのおかげで、日本人学生が海外の人と接する抵抗感がなくなり、日本にいながら英語が日常になる環境の土台ができたと自負しています。
多国籍な環境ではセンシティブな話題もありますが、日本以外の政治や宗教など、異文化を知り、配慮を学ぶ貴重な機会にもなるでしょう。
--今日は日本人学生(森次さん)と留学生(Bettyさん)に来ていただきました。KUASを志望したきっかけや理由について教えてください。
森次さん: 幼少期から生物が好きで、幼稚園のころにはすでに「深海魚の研究をしたい」と言っていました。祖父が水槽で熱帯魚を飼っていたり、釣りや昆虫採集をしたり、生物が常に身近な存在でした。大阪出身なので、関西で生物のことを学べる大学を探し、KUASは環境保全や生態学などマクロの視点で学べるのが魅力で入学を決めました。

Bettyさん:アフリカの多くは世界の熱帯地域に位置しており、そのため熱帯性疾患の影響を受けやすい大陸です。こうした疾患の解決に取り組むためには、分子生物学や遺伝学を学ぶことで、問題の根本を理解する力を身に付けられると考えました。
学びたい分野は明確でしたが、学問面・生活面の両方から、どの場所を進学先として検討すべきかはわかっていませんでした。KUASに出願する数か月前、日本の革新的な文明や巨大機械メーカーの発展について書かれた本を読みました。その本から多くの刺激を受け、日本に留学するという決断にも影響を与えました。
そこで、日本で英語で学びたい分野を学べる大学を探し始めたところ、KUASの新しいカリキュラムと学習環境が、自分にもっともあっていると感じました。
--現在学んでいることや、特に面白いと感じている授業・活動について教えてください。
Bettyさん:今はライフサイエンス全般の基礎や研究手法を学んでいます。三村先生が毎回トップクラスの外部講師を招いてくださる「Bioenvironmental Science in a Society(バイオ環境と社会のつながり)(英語講義)」が刺激的です。高校で化学を履修していなかったのでクラスについていくのは大変ですが、化学実習は興味深く、有機化学などの実験やレポートの書き方も教わりました。

三村教授: 先日は医学応用や宇宙進出につながる「冬眠の生物学」の先生や、「青いバラ」の開発者をお呼びし、英語で講義していただきました。日本語版の授業も別途展開していて、学生たちはどちらの授業も受けられます。
森次さん: 僕も同じく「バイオ環境と社会のつながり(日本語講義)」と、「博物館学実習」や「樹木学実習」が面白いです。自分で好きなことを探究できる自主ゼミでは、アユもどきの保全活動に参加したほか、亀岡市の市鳥であるイカルチドリの観察会にボランティアとして参加しました。珍しい鳥や卵、石英のかけらを見つけたり、地域の子供たちとも交流できたり良い経験になりました。
--将来の目標や夢を教えてください。
森次さん:まず専門性を身に付けて、その中で自分が実際にどんな仕事に就きたいのか模索したいです。目下の目標としては、生物分類技能検定の資格や学芸員の資格取得を目指しています。
Bettyさん:私は研究者になりたいです。入学前から興味の幅が広がっているので、何をテーマにするかはこれから見つけていきたいと思っていますが、卒業後はエチオピアに帰国し、日本で学んだことを生かしたいです。
--これから大学受験を控える高校生とその保護者に向けて、メッセージをお願いします。
森次さん: 亀岡は都会から程よく離れ、山に囲まれた特徴的な地形で、夏は蛍が舞い、冬は雪も積もります。先生方との距離が近く、気さくに話しかけてくださる温かい環境です。
Bettyさん:私たち留学生にとって、バイオサイエンスを英語で学べ、並行して日本語も習得できる環境は大きな魅力です。駅の近くに男女共同の寮があるので、さまざまな国から集まった留学生と一緒に、楽しく充実した学生生活が送れます。ぜひオープンキャンパスでこの魅力を体感してみてください。

永野先生:ここには世界中から集まる熱心な友人と出会い、目標がなかった学生も引っ張られ、学生同士で切磋琢磨できる環境があります。18歳前後で単身日本に来て学ぶ留学生たちの熱量に、触発されないわけがありません。ぜひこの亀岡の環境の豊かさ、グローバルな視点が育まれるキャンパスを体感してほしいです。
三村教授:KUASの良さは、「やりたいことを探せること」。教員に気軽に相談しやすく、多様な選択肢に触れながら、自分の進路を見つけていくことができます。国内外から集まった生物好きの学生たちが、この豊かな自然環境の中でともに学び、刺激し合うことで視野が大きく広がっていきます。
これからの時代、英語力は不可欠です。AIが発達しても、自分の言葉で伝える力は大きな支えになります。留学生が自国の課題解決を志す姿に触れ、日本人学生も考えを深めていく。互いを高め合うその日常こそが、KUASの最大の強みです。バイオの最前線へ飛び込む第一歩を、まずはオープンキャンパスから踏み出してみませんか。
取材を通じて印象的だったのは、学生たちが「好き」や「やりたいこと」への熱量をそのままに、最先端の学びにアクセスできる充実した環境だ。国際コースの留学生たちと日常的に交わり、多様な価値観に触れられるキャンパスの中で、学生たちは確かな観察眼と、英語力を含め実践的なスキルを磨いている。京都亀岡から日本各地へ、さらには世界へと羽ばたいていく姿に今後も注目していきたい。
京都先端科学大学 バイオ環境学部
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