嘉悦大学はなぜ、中小企業を徹底研究するのか?

 HANJO HANJOが中小企業のビジネスに関わるキーパーソンに中小企業の現在を問う「HJ HJ EYE」。今回は「日本初の中小企業にスポットライトを当てた大学院」である嘉悦大学大学院ビジネス創造研究科で研究科長を務める三井逸友氏に話を伺った。

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嘉悦大学大学院ビジネス創造研究科 研究科長 三井逸友さん
  • 嘉悦大学大学院ビジネス創造研究科 研究科長 三井逸友さん
  • 「日本の中小企業ではいま、事業承継が大きな問題だ」と語る三井さん。嘉悦大学大学院でも、そのテーマでの開講が予定されている
 HANJO HANJO編集部が中小企業のビジネスに関わるキーパーソンに、中小企業の現在を問う「HJ HJ EYE」。第1回は「日本初の中小企業にスポットライトを当てた大学院」である嘉悦大学大学院ビジネス創造研究科で研究科長を務める三井逸友氏に話を伺った。

■事業承継問題から見える、日本の中小企業の現在

――三井さんが大学のサイトで執筆されているコラムの中に、後継者問題の話がありました。事業承継は今後の中小企業にとって大きな課題の一つです。カリキュラムとして取り上げるという構想はあるのですか。

三井 この秋から、事業承継のクラスの開講を予定しています。

――「後継者」がなぜいま、問題となっているのでしょうか?

三井 後継者は「親の背中を見て仕事を覚える」とよくいわれますが、今の時代、どちらかというと、親の背中しか見ていない。周りが見えていないんです。だから、先代の事業を継続できても、厳しい時代の変化には対応できないわけです。

――時代の変化に対応する……よく聞く言葉ではあるのですが、実行するにはとまどいもあるはずです。具体的な例があれば教えてください。

三井 船橋でプレス機器のメンテナンス業を営む会社の話ですが、2年前に息子へと代替わりをしました。受け継いだ息子は経営系の大学院も出ている。世界中の経営理論を学んでいるわけですが、会社を継いでまず何に取り組んだのかというと、会社の“一体感”を大事にすることを最優先させたんですね。イベントもやれば社員旅行も実施して、「自分の会社は徹底した日本的経営だ」と話していました。でも、それが昔の義理人情に陥っていない。「日本の中小企業の承継方法とは?」を考えさせるよい例だと思います。

――グローバルな経営学を学んだ二代目が、結局選んだのが日本的なベタな経営術とは面白いですね。

三井 彼のユニークな点は、人間関係を重視する一方で、情報の共有を徹底化したところにあります。メンテナンスというと機器やクライアントによって様々な対応が必要ですが、職人芸の世界では、個別の技術や能力を他の人へと広げていくのは困難です。でも、誰もが同じスキルを身に着ければ、仕事の幅は広がります。

――職人芸の世界を変えるのではなく、「共有する」ということが重要なんですね。

三井 その二代目はいきなり役職付きで入社したので、古くからいる社員からは白い目で見られるなど、大変な苦労があったようです。多くのことをすぐにマスターすることはできない。だから、一つのことを徹底してやろうとしたんですね。例えば、職人の世界では新卒は入ってくることはありませんが、彼は学校回りをして求人活動を行い、成果を出しました。それを継続することでいいサイクルもできる。その結果、社内での信用を勝ち取ることができたそうです。

■大学で学ぶことは経済理論だけではない

三井 学生にありがちなのが、先ほどのような話を聞いても、ただ「凄いな」という感想で終わってしまうことです。それを理解する力が無いと実際の場面では生きてこないんです。だから、後継者を育てる上で大切なのは、まずその力を育てること。それが大学の役割の一つじゃないでしょうか。

――大学は、理論を教えるだけでなく、想像力や本質を見極めることのできる人材を育てるべきだと。

三井 最近では、「理工系以外は役に立たない、もっと実学であるべきだ」という大学教育への批判もありますが、実学と理論は相反するものではありません。実学を突き詰めるためには理論を持った視点が必要であり、それが何の役にも立たないものであると決めつける方がおかしいのではないでしょうか。大学に通うなかで理論とともに現実に即応できる力を身につける、そういう道筋もありえるわけです。


――中小企業経営を実学としてアカデミズムの場に取り込むために、大学として実践されていることはあるのでしょうか。

三井 先ほど、「親の背中しか見えない時代」と話しましたが、実は「親が本当の背中を見せていない」ことが往々にしてあります。子どもたちは親が仕事で何をしているのか分からないのです。先代が何をしていたのかを見つめて、それを積み重ねていくと、自分に何ができるかが見えてくる。つまりは「家業の見える化」ですね。こうした現場発の事実や知識を取り入れるため、経営者に授業に参加してもらい、現場の事実や経験、知恵を提供してもらう科目も設けています。

■日本の中小企業に向けて、大学は何ができるのか

――日本の中小企業を活性化するために、大学ができることは何でしょうか。

三井 日本の全企業数における中小企業の割合は99.7%だという話をすると、多くの学生が驚きます。日本はそれほど中小企業の存在が見えていない国なんです。その状況を変える、声をあげることが私たちの役割だと思っています。学生は大学を出れば大企業に入れると思っています。でも、その割合は同年代人口の2割いるかどうかというところです。その結果、残りの8割は敗者と思われている節があります。もちろんそんなことは決してないのですが。

――大企業というメインストリームだけが社会を構成しているわけではない。中小企業こそが日本を前進させてきた原動力であることが、若い世代に伝わっていない。言い換えれば、中小企業の数だけ未来の可能性があるということだと思うんです。

三井 まさにその通りです。それは真っ当に世の中を生きていれば分かることですが、若い世代の意識を調べてみると、就職の前後で180度変わっている。会社に入るまでに、世の中の現実が見えていないんです。入社してすぐに辞める人が多いのも、ある意味では当然ですよね。就職はスタートラインであってゴールではないのに、それで人生が保証されているような気になっている。

――戦後の偏差値偏重の教育が生んだ歪みのひとつかもしれません。そういう学生意識は相変わらずなのでしょうか。

三井 変わっていませんね。むしろますます高まっている気がします。学生にはいろいろな選択肢があるということを知ってもらいたい。例えばフリーターが集まって、新しいビジネスを興してもいい。それは世界では当たり前に起こっていることなのですが、日本では暴論のように受けとられてしまいます。想像力の幅の狭さがビジネスの可能性を奪っているのかもしれません。選択肢の前提になる知識を大学では学んでもらいたいと思っています。


<Profile>
三井逸友(みついいつとも)さん
嘉悦大学 大学院 ビジネス創造研究科 研究科長

慶應義塾大学経済学部 大学院を修了後、駒澤大学、横浜国立大学に勤務(横浜国立大学名誉教授)。嘉悦大学には大学院発展のために赴任し、2015年4月に研究科長に就任する。日本中小企業学会の常任理事で、07年から約3年間に渡り同会長を務める。主な著作に『中小企業政策と「中小企業憲章」』『21世紀中小企業の発展過程』がある。


■取材を終えて
中小企業とはどういう存在なのか? 中小企業庁の定義では「従業員数300人以下または資本金3億円以下の会社」となるが、「大企業でなければ、中小企業」という言い方も可能なほどに、その認識の幅が極めて広い存在ではないだろうか。全企業数に占める割合は99.7パーセントと、世の中にある会社はほとんどが中小企業にも関わらず、私たちはその本当の姿を知らないのかもしれない。その中小企業の研究を40年近く続けてきた三井さんは、日本だけでなく海外の中小企業についての知見も広く、大学で教鞭をとるかたわら様々な団体での要職も務めてきた。「中小企業の存在が見えないという状況を変えたい」という言葉には、世界における中小企業政策のトップランナーであった日本への危機感すら感じさせる。私自身も、編集の現場において何をなすべきかを問われているような気がした。(HANJO HANJO 編集長・加藤陽之)

~HJ HJ EYE:1~嘉悦大学はなぜ、中小企業を徹底研究するのか?

《HANJO HANJO編集部》

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