【EDIX2019】開成×灘 校長対談…生徒の才能を伸ばす方法

 日本を代表する進学校の開成と灘。東西の雄である両校の校長、開成学園 柳沢幸雄校長と灘中学校・高等学校 和田孫博校長が「生徒の才能を伸ばす方法~未来を担う若者に資する教育とは~」をテーマに、「第10回学校・教育総合展(EDIX2019)」特別講演で対談した。

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開成学園 柳沢幸雄校長と灘中学校・高等学校 和田孫博校長
  • 開成学園 柳沢幸雄校長と灘中学校・高等学校 和田孫博校長
  • 早稲田大学教育総合科学学術院 教育社会学者 濱中淳子教授
  • 開成学園 柳沢幸雄校長
  • 灘中学校・高等学校 和田孫博校長
  • EDIX2019 特別講演「生徒の才能を伸ばす方法~未来を担う若者に資する教育とは~」
 いまや東大だけでなく、ハーバード、イェール、プリンストンをはじめとする世界のトップ大学にも卒業生を送り込む、日本を代表する進学校の開成と灘。東西の雄である両校の校長、開成学園 柳沢幸雄校長と灘中学校・高等学校 和田孫博校長が「生徒の才能を伸ばす方法~未来を担う若者に資する教育とは~」をテーマに対談した。

 モデレーターを務めたのは、早稲田大学教育総合科学学術院の教育社会学者、濱中淳子教授だ。濱中教授は「『超』進学校 開成・灘の卒業生:その教育は仕事に活きるか 」(ちくま新書)を上梓した経緯もあり、

 1.両校の共通点
 2.リーダーの育成
 3.大学・社会への展望


という3つの論点から軽妙な展開で対談を盛り立てた。

早稲田大学教育総合科学学術院 教育社会学者 濱中淳子教授早稲田大学教育総合科学学術院 教育社会学者 濱中淳子教授

開成・灘…東西の雄の共通点とは?



 まず、両校の共通点として、中高6年間で「学校行事」「課外活動」を通じた学びを重視している点が挙げられた。

 開成といえば、“棒倒し”をはじめとした男子校らしいぶつかり合いや、6年を縦割りにした組織の結束力が光る「運動会」が有名だ。

 「運動会というと、運動ができない子たちの居場所がないと思われるのですが、これはまったくの誤解です。道具の組み立てや進行スケジュールの編成、毎年手作りの幟(のぼり)のデザインや色付け、記録に残すための編集作業など、誰もが自分の得意な分野で力を発揮できるよう、運動会の組織には幅広い仕事があります。文化祭や部活動も同じです。自分たちがそれぞれ得意とする持ち場で考え、企画し、実行し、反省するというPDCAを、学校行事を通じて実践している。自分たちの力で、自主性、自律性を育んでいるのです。教師は生徒を信頼し、任せ、見守っているだけです」(開成・柳沢校長)

 灘の生徒たちも、学校行事や課外活動に精力的に取り組んでいる。

 「最近行われた生徒会の会長選挙には4名の生徒が立候補し、それぞれが公約を掲げて活発な論戦が繰り広げられました。開成と同じく、学校行事はすべて生徒が仕切ります。課外活動では、国際シンポジウムへの参加、地震や豪雨などの被災地へのボランティア、養護学校との交流、障がいのある方を講師に招くなど、幅広い取り組みが数多くあります。こうした活動をしていると、生徒たちの目の色が明らかに変わってくるのがわかります。もともと感受性の高い子どもたちが多いので、さまざまな学校行事や課外活動を通じ、机の上の勉強では得られない、他者と共鳴する心が大切に育まれていくのだと思います」(灘・和田校長)

 また、両校長とも、生徒ひとりひとりの個性を引き出すために、教員にも「自由」が保障されている点を強調した。灘の和田校長は「特に最近は若い先生たちを中心に、積極的に生徒とのコラボレーションを盛り込んだ素晴らしいアクティブラーニングの授業をしている」といい、開成の柳沢校長も「教員が自主的に真剣に考えて授業をつくっていかないと、生徒たちは上っ面だけの授業では満足しない。そのためには教員ひとりひとりの自由が大事」と述べた。

開成学園 柳沢幸雄校長開成学園 柳沢幸雄校長

 さらに柳沢校長は、「灘も開成も1クラスに50人もの生徒がいるので、受ける刺激の数も大きくなる。中高6年間で大事なのは生徒同士の影響力、生徒同士の横の繋がりだ」と、クラスサイズの利点についても共通点として指摘した。

中高6年間で未来のリーダーは育成できるのか?



 次の論点は「リーダーの育成」だ。濱中教授はこの論点の冒頭、今春の東大の入学式での上野千鶴子名誉教授による祝辞の一部を紹介した。

 「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください」

 上野氏のメッセージは、「難関入試を突破してきた知力の高い東大生にこうした資質が備えられていない」とも読めるのではないかと濱中教授は指摘。「多様な価値観を受け入れ、社会的弱者にも寄り添って社会をつくっていけるリーダーを中高の6年間で育てていけるのか」と両校長に問いかけた。

 灘の和田校長は「このメッセージこそ、本校の校是である『精力善用・自他共栄』を強く実践することだと理解しました。この校是は、講道館柔道の創始者であり、本校の設立時に顧問を務めた嘉納治五郎先生が掲げられたもので、精力善用とは「自己の持てる力を最大限に活用する」。自他共栄は「他人と協力し譲歩し合い、ともに切磋琢磨して伸びる」という意味です。自分ひとりが幸せになっても意味がない。それぞれの得意・個性を生かしながら互いに助けあって成長していくという精神が、本校の教育に広く響いていると思います」と述べた。

 「とりわけ、弱者に寄り添うという精神が今も脈々と受け継がれるきっかけとなったのは、やはり阪神淡路大震災。教員も生徒も多くの惨状を目の当たりにし、避難所となった体育館では、水道が止まっていたのでスコップを持ってトイレの汚物を片付けるなど、自らも復興のために汗を流しました。その当時の経験がある生徒が、教員になって教壇に立ち、東日本大震災が起こった時には立っても居られないと、生徒たちといっしょに被災地のボランティアに向かいました。それは今でも東北企画として受け継がれ、その教員は灘を離れ、福島で大学教員となっています。広島での記録的豪雨による災害時には、近くの学校にも呼びかけて片付けのボランティアに行ったり、養護学校の生徒さんたちを文化祭に招いて車椅子を押しながら案内したり、生徒たちはこうした活動にひたむきに取り組んでいます。

 また、現在イェール大学に在学している卒業生は、高校の修学旅行で訪れた沖縄で戦争の遺品を集めている方と出会い、文化祭でその遺品を展示したのをきっかけに、今でも毎夏、日本各地で戦争の遺品の展示会を続けています。

 先輩たちの背中を追いつつ、さまざまな人たちとともに幸せになるという校是を実践する。これは間違いなく、彼らの人生の糧になっていくと思いますね」(和田校長)

灘中学校・高等学校 和田孫博校長灘中学校・高等学校 和田孫博校長

 開成の柳沢校長は、ウガンダの南スーダン難民居住地に行った生徒たちの活動を例に挙げた。治安、エボラ出血熱など疫病の安全面、費用の問題もあり、一筋縄では行かなかったが、彼らの「難民問題を“他人事”ではなく、自分たちの問題として考えたい。そのために現地に出向きたい」という熱い思いから学校や親を説得して渡航が実現。現地での体験は分厚いレポートにまとめられたという。開成の生徒もけして受験一辺倒ではなく、地球の裏側の難民という弱者に真摯に向き合っている。

 「我々は生徒ひとりひとりの自立を促す教育で、さまざまな活動は生徒本人のやる気に任せていますが、こうして今後も生徒がやりたいということには最大限のサポートをしていきたいと思っています」(柳沢校長)

大学には即戦力よりリベラルアーツを、社会では適材適所を



 そして最後の論点は「大学・社会への要望」だ。濱中教授は、両校の教育が生きる大学教育のあり方とは、そして、卒業生たちが生き生きと働くにあたり、現在の日本社会が望ましい環境にあるといえるかと問いかけた。

 ハーバード大学と東京大学で教鞭を執った経験のある柳沢校長は、「技術や知識が指数関数的に進歩しており、今身につける専門知識が30年後にそのまま役に立つ保証はない。むしろ未来への対応力という点では、大学では専門性よりリベラルアーツ(*)を学ばせることが、国力にとっては重要なアプローチだと思う」と述べ、「東大の教養学部は世界最大規模のリベラルアーツだが、欧米のトップ大学のように、教育・研究のプロフェッショナルが、個々の学生に合わせたテイラーメイドの科目選択を助言できない体制が問題だ」と指摘した。

 和田校長も「アメリカの大学に行っている学生たちが生き生きして見えるのは、リベラルアーツを重んじ、社会をゆっくり見てまわる、じっくりと学ぶ余裕があるからではないか。今の日本の教育は即戦力を重視しすぎている」と危惧した。一方、社会に対しては「能力のある若者を活用しきれず、3年以内に離職してしまうなど、尖った人材が定着しないのが現状。だから海外の大学を出た優秀な若者も日本に帰ってこない。積極的な適材適所を進めてほしい」(和田校長)と要望した。

 濱中教授が行った両校の卒業生の満足度調査によると、中高時代の満足度のほうが大学時代よりも高かったという。優れた中等教育を受けた優秀な若者たちを大学、社会がどう受け継ぎ、育てていくかという点では、未だ多くの課題があるといえそうだ。

 会場は立ち見も出るほどの盛況ぶりで、教育関係者からの大きな注目と期待がうかがえた。

*リベラルアーツ:実用的な目的から離れ、物事を学ぶ際、あるいは答えのない問いを考える際に基礎となる学問
《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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