「頑張りすぎず腹八分目」私立2校を先導する日野田直彦校長の教育ポリシー<前編>

 武蔵野大学中学校・高等学校と武蔵野大学附属千代田高等学院。私立校2校の校長として、「Withコロナ」を見据えた布石を着々と打ち始めている日野田直彦校長先生に、その教育哲学と今後のビジョンについて話を聞いた。インタビュー前編。

教育・受験 小学生
日野田直彦校長
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 地域4番手の公立高校から、「塾なし・海外経験なし」でも、全米トップクラスの大学を含め、多くの海外大学合格者を輩出したことで注目を集めた大阪府立箕面高校。この大快挙の立役者として活躍したのが、公募で当時最年少の校長、日野田直彦氏だ。

 南国タイ育ちの朗らかさと民間出身のしなやかさを生かし、現在は東京で武蔵野大学中学校・高等学校と武蔵野大学附属千代田高等学院、私立校2校の校長として、「Withコロナ」を見据えた布石を着々と打ち始めている日野田氏に、その教育哲学と今後のビジョンについて話を聞いた。

一にも二にも「対話」から始める



--コロナ禍で「オンライン化が急務」と叫ばれる中、多くの学校現場が混乱しました。疲弊状態でパンク寸前の教員が続出しているとも聞いています。そんな中、日野田校長はご自身のSNSであえて「ZOOMで生授業やめませんか?」と呼びかけられていましたね。

 私は特別なことを言ったわけではありません。正直に、そしてシンプルに、現場のありのままを伝えただけです。今回のパンデミックはきっと長期化する。だから、持続可能な体制で進めていかないと、現場は壊れてしまうと思っていました。そのため、私は何よりも「現場の先生方と生徒たちがしんどくならないように」という点を最優先に考えることにしたのです。

 こんなときだからこそ、生徒たちには安心して勉強を続けてもらいたい。そう考えると、オンライン授業というのは、素人が付け焼き刃で、今日明日どうにかできるレベルではない。だったら無理をせず、思い切ってプロの力を借りてしまおうと、「スタディサプリ」を導入することにしました。むしろ先生方には、生徒たちの進捗管理、ペースメイクなど学習のサポートや心のケアといった本来の役割に時間と労力を割いてもらい、朝礼・終礼、質問や個別相談の受付けなどを通じ、生徒ひとりひとりをしっかりと全面的にサポートしてほしいとお願いしました。

--生徒はもちろん、先生がしんどくならないように、ということを一番に考えられたのはなぜですか。

 学校現場に限らず、良い職場って、自分のダメな部分を素直に認め、弱みをさらけ出せる雰囲気があると思うんです。ハーバード大学教育学大学院のロバート・キーガン教授が「弱さを見せ合える組織こそ強くなる」と言われているように、学校の職員室でも、しんどいこと、困っていることを、お互いに率直に言い合える関係性がとても大事です。そのためにも、私は「鶴の一声」のようなトップダウンの意思決定は絶対にしません。それによって、みんなが何も言えなくなってしまうのが一番良くないから。上下関係とか一切なしで、ひとりひとりの声に耳を傾ける。一にも二にも「対話」から始めるのが、私のポリシーです。

 元・現場の教員としても感じるのは、不人気で生徒が集まらなくなっていく学校というのは、職員室の雰囲気がギスギスしているんですよね。そもそも先生というのは、立場上「自分の弱さを見せる」ことが苦手な人が多い。実は、職員室の中で出てくる反対や批判の声は、その人たちの心の奥底にある不安や恐怖から来ていることが多いんです。だからこそ、ちゃんと膝を付き合わせて対話をし、ひとつずつ説得して不安を取り除いていけば、最後はちゃんと理解してもらえます。「本当はそっちが良いと思っていた」と言われることもあるくらいです。

 日本人特有の「おもんばかる」とか、「空気を読む」というやり方ではうまくいきません。一歩国の外に出たら、なんでも言葉にしないと伝わらない世界なのです。だから私も包み隠さず、自分の不完全さや弱い部分を、先生方や生徒たちにさらけ出します。そのほうが相手は安心してくれるからです。校長がこうやって弱みをさらけ出してくれるなら、僕も私も、自分の弱みを見せようと思ってくれる。この心理的な安全性が、学校ではとても大事だと思っています。

武蔵野大学附属千代田高等学院のようす
武蔵野大学附属千代田高等学院のようす

あくまでも成長の主役は生徒たち



--現実問題として、コロナ以前から、日本中で多くの先生方が疲弊しています。その原因は何だと思われますか。

 こんな時代ですから、誰もが不安なのは仕方ありません。当然、親御さんも、お子さんの将来に不安を感じずにはいられないでしょう。私にも子どもがいますので、そこは心から共感できます。ただ、不安なだけにじっとしていられず、その不安を解消するために、親が学校へ要求する度合いが昔に比べて大きくなっているのではないかと感じます。そのため教員側は、常に保護者からのプレッシャーにさらされ、明確な戦略もないまま、仕事量を増やせば解決するはずと盲信する。まるでブラック企業のような状態になっています。

 『被抑圧者の教育学』を書いたパウロ・フレイレという社会思想家は、「課題を出せば出すほど先生は安心するが、生徒はどんどん不安になる」、生徒を空っぽの預金にたとえ、先生がそこに預金をするかのように、ひたすら知識を伝達していくだけの教育を『銀行型教育』と呼び、「たくさん勉強させれば成績は上がるというこの考えは学習者主体ではない」と言っています。

 だから私は、原点に立ち返り、保護者の方にも先生方にも、「これ、何のためにしているんでしたっけ?」とあらためて問いかけています。あくまでも成長の主役は生徒たちです。彼らの気持ちを丁寧に聞き出し、そのサポートを我々大人が担う。この関係性であれば、今はただ大人の不安の解消のためだけに増えている無駄なものは、自然に削ぎ落としていけるはずです。

--スタディサプリの導入に対する、生徒さんたちの反応はどうでしたか。

 生徒によるアンケートでは「動画を何度も見られる」「わからないと途中で止められる」「弱点が明確になる」などのポジティブな評価と、「長時間では強いストレスを感じる」「対面でないとやる気が出ない」「通信状況が悪いと見えない・聞こえない」といったネガティブな評価の両方が寄せられました。こうした聞き取りをこまめに行い、フィードバックをたくさん受けて、できるところから改善していきました。

 一番印象的だったのは「これまでは質問したくても、忙しい先生はなかなかつかまらなかったが、オンラインだとひとつひとつの質問に丁寧に答えてくれるのですごく嬉しい」という声でした。コロナのおかげで、質問の機会を逃すことがなくなった、と。特に対面だと奥手なタイプの生徒が、ネット経由だと臆せず質問してきてくれるという場面も結構あったようです。

--対面の一斉授業に比べて、学校全体の雰囲気は変わりましたか。

 Googleフォームを使って、スタディサプリの授業に関する質問だけでなく、広く相談事を聞くようにしたので、ずっと在宅で学習のペースがつくりづらいとか、友達関係や部活動など、いろいろな悩み事が寄せられました。そこに教員がひとつずつ文字にして返していったのですが、返事の内容そのものよりも、子どもたち自身がそうやって自分の意見にフィードバックを確実に返してもらうという体験によって、「自分もこの学校を一緒につくっている」という感覚をもつようになったのでは、と思います。

 こうして、生徒たちが「自分もこの学校のつくり手の一員である」というオーナーシップをもつようになったことは、コロナ禍を通じた非常に大きな変化です。自分はただ、学校が、大人たちがなんとかしてくれるのを待つというスタンスではなく、「周りはサポーターでしかない。自分が主体となって頑張らなくてはいけない」と、うちの生徒たちは、このコロナ禍で気付き始めたように感じます。

コロナ以前に戻るという選択肢はない



--一方、オンラインの環境下で、子どもたちの間にもコロナ鬱といったメンタルヘルスの問題が起きています。この点はどう対応されていますか。

 実際に、生徒へのアンケートからは、「オンラインはストレスが溜まってしんどい」という声は上がっていました。だから私たちも、「わかった。じゃあペースを落とすね」と。先ほどお話ししたように、メディアからはオンライン授業の最新ノウハウなどと盛り上がっている最中、こちらは「無理しないでおこう」と、あえて盛り下がりました。できるだけコンパクトに、常に「腹八分目」くらいにして、できもしないことをやろうとする残酷な仕打ちだけは絶対に避けよう、と。先生が無理したところで、生徒にはすぐにバレますからね。先生が辛そうにしていたら、生徒だって辛くなります。

 だから、「頑張らないことを頑張ろう」というのがずっとうちのテーマです。無理に頑張ってもろくなことはないから、外部にあるプロの力は借りるし、他校で良さそうなことをやっていたら、全部パクってやろうと。先生も生徒も、効率が良くなって楽になれるなら、それに越したことはないですから。職員室での合言葉は「TTP(徹底的にパクれ)」です(笑)。

--そうやって、外部のプロの力をうまく取り込んでいくと、むしろ学校本来の役割というのがクリアになってきた、とも言えそうですね。

 そのとおりです。たとえばプロサッカーで考えてみると、基礎練習は動画やオンラインでできるけれど、チームワークやチームとしての課題、人が集まることによって生じるジレンマなど、ファジーな部分は人間同士がリアルに対面しないと解決できませんよね。今回のコロナ禍で、実はそのオンラインとオフラインの境界線がどこにあるか、生徒たちはすでに気付いているんじゃないかと思います。ようやく学校が始まって、子どもたちは生の授業のありがたさを感じてくれています。みんなで議論したり、ワークショップをしたり、行事の準備をしたり。こうして、顔を突き合わせて学ぶことに、これほどの喜びを感じてくれるなんて、私たちのほうが感動するほどです。

武蔵野大学中学校・高等学校のようす
武蔵野大学中学校・高等学校のようす

 Withコロナの時代になり、コロナ以前に戻るという選択肢はありません。オンラインでは、外部のリソースを活用した個別最適化を追求しながら学習を一層効率化し、オフラインでは、人間が集まってこそできることに特化していく。この2つのハイブリッドで、しんどかったら遠慮せずペースを落として、頑張りすぎず腹八分目でやっていきます。

 小学生時代を過ごした南国のタイでは、洪水やらクーデターやらで、しょっちゅう学校が休みになるなど、予測不能な事態は日常茶飯事。多国籍な人間関係にも揉まれたおかげで、こんな楽観的で陽気な性格になりました。だからなのか、このコロナ禍も、特段難局だとは思っていません。むしろ「面白い時代が来たぞ」という気持ちで、生徒も保護者もみんなで一緒に、ワクワクにあふれた楽しい学校をつくっていきたいですね。

 「子どもをコモディティ化させない」日野田直彦校長が語る子どもの評価の仕方<後編>へ続く。

加藤紀子(かとう のりこ)
1973年京都市生まれ。1996年東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、子どものメンタル、子どもの英語教育、海外大学進学、国際バカロレア等、教育分野を中心に「プレジデントFamily」「NewsPicks」「ダイヤモンド・オンライン」「ReseMom(リセマム)」などさまざまなメディアで旺盛な取材、執筆を続けている。一男一女の母。2020年6月発売の初著書「子育てベスト100」(ダイヤモンド社)は、2020年9月現在13万部発行のベストセラー本となり、教育関連の書籍では異例の大ヒット作に。(写真撮影:干川修)

《加藤紀子》

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