学習指導要領の改訂により教育業界の注目ワードとなった「非認知スキル」。考える力や学びに向かう力といった「テストでは測れない能力」を指すが、近年は大学入試を中心に非認知スキルを問うような問題や入試方法が増えているという。実際の入試では非認知スキルをどのように取り入れているのだろうか。
大手中学受験塾として全国初の「非認知スキル教育プログラム」を導入した浜学園の松本茂学園長に、2024年度に出題された中学の入試問題をもとに、受験における「非認知スキル」の重要性を聞いた。
非認知スキルが教育に及ぼす変化とは
--2020年に改訂された学習指導要領では、主体的、対話的で深い学びを通して、知識に加えて考える力、学びに向かう力など、いわゆる非認知スキルを育む必要があると謳われています。これは現状、小学校での学習にどのようなインパクトを与えていますか。
目に見えて感じる部分でいうと、学校の宿題がこれまでのドリル学習から調べ学習のような内容にシフトしている印象はあります。自分が感じたものを表現したり、自分が興味をもったものを調べたりするなど、能動的な学びを促す内容が増えている印象です。
教科書についても「グループで話し合って発表しましょう」という内容が各単元に組み込まれています。正しい解答を導くための知識や解法を身に付ける従来型の授業に加え、みんなで話し合って出てきた意見をまとめて発表するような授業が日常的に見られるようになってきましたね。
--中学入試においても、首都圏を中心に「あなたの考えを書きなさい」といった設問が増えているようですが、中学入試全体ではどういった変化が見られますか。
中学入試での動向として、新しい傾向は首都圏を起点に数年間かけて全国に伝播していくので、まだ関西では非認知スキルを問うような問題は出始めたばかりという状況です。しかしながら、共通テストをはじめ最新の学習指導要領が反映された大学入試の影響もあり、中学入試の出題者側の意識も変わってきていると思います。
--共通テストでは、複数の資料から的確に情報を読み取る力や資料の内容を学習内容と結び付けて考える力など、保護者世代が受験した大学入試センター試験とは傾向が大きく変わっていますね。
中学入試でも、子供たちが見たことのないような表やグラフなどを用いた出題が徐々に増えはじめています。これは今までにない傾向のため、受験した子供たちにとっても印象に残りやすいですし、メディアではこうした問題は目を惹くので、好んで取りあげがちです。ただ、全体の配点から考えると、どの教科も依然として従来型の知識問題(認知スキル)が中心であり、こうした「正解のない問題」を解けるかどうかが合否に影響するまでには至っていません。
--中学入試ではまだ大きく傾向が変わったわけではないとのことですが、浜学園は、なぜ今このタイミングで、非認知スキルの教育にも力を入れているのでしょうか。
非認知スキルは目先の入試で点数を取るために必要な能力というよりも、学校を卒業し、社会に出たあとにも一生役立つ能力だからです。それは、早い段階から取り組むことで身に付けることができます。
また、早い段階から取り組んだ結果、子供が中学入試に向かう姿勢も主体的で前向きになり、認知スキルを問われる従来型の知識問題に対しても自分から進んで効率よく学習を進められるようになる。つまり、非認知スキルを身に付けることは、認知スキルにとってもプラスになるという点にも価値があるのです。
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最新の入試問題から見る「非認知スキル」が求められる問いとは
--今春を含め、最近の中学入試には非認知スキル型の問題が出題されていると聞きます。いくつかご紹介いただけますか。
1.鷗友学園女子中学校(東京)2日目<社会 大問3・2024>
1つ目は、鷗友学園の2回目の入試に出された、社会の問題です。SDGsがテーマの問題で、前半には典型的な知識問題が並びます。一方、最後の問題では、仮想の国の教育に関する現状と、その課題に対応するSDGsの目標4「質の高い教育をみんなに」の内容を示し、政府の一員として国の現状を踏まえ、SDGs目標4を達成するための政策を条件に従って提案することを求めています。
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2.武蔵中学校(東京)<理科 大問3・2023>
2つ目は、1年前になりますが、武蔵の2023年度入試の理科で出題された1問です。武蔵は以前からこうしたタイプの問題を出題することで知られています。非認知スキル問題では、経験したことのない事象であってもその場で試行錯誤して解決策を考え、さらにそれをわかりやすく表現する力が求められます。
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3.栄東中学校 東大クラス選抜(埼玉)<国語 大問3・2024>
栄東の国語では、戦後日本の醸造業の近代化について4ページにもわたる長文を読んだうえで、醸造業を営むとしたら伝統的な方法と近代的な方法どちらにするかを理由とともに答えるという記述問題が出題されました。物事を自分ごととして捉え、未来思考で表現する力が求められる問題です。
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4.市川中学校(千葉)<社会 大問4・2024>
市川も社会でSDGsをテーマに取りあげ、受験者の考えを問う記述問題を出題。日本の「女性議員が少ない」ことと、SDGs目標1「貧困をなくそう」の関連性について答えるというもので、SDGsの視点で多次元の事象を統合する複合的な思考力が求められる問題となっています。
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5.久留米大附設中学校(福岡)<国語 大問1・2024>
首都圏だけではなく、福岡県の学校での出題事例も紹介しましょう。これは久留米大附設の国語です。入試問題の冒頭大問1で自由記述問題を出題。「勉強ばかりしていると人生は灰色になってしまう」という筆者の考えに対して、賛成か反対かを選択し、論理的に自分の意見を伝えられるかを問う問題となっています。
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--どの問題もすぐには答えられないようなものばかりですね。
ほかの問題と随分傾向が違うので印象に残りますよね。従来型の受験勉強ではほとんど触れることのない「正解のない問題」に対峙した際、子供たちにはどう答えるのか。それには普段から非認知スキルを鍛え、自分なりの考えやアイデアをもち、自分の言葉で表現することをいとわない姿勢が鍵になってくるのです。
非認知スキルはどう伸ばす?ポイントは「体験と対話」
--自分なりの考えやアイデアを求められる「正解のない」問題に向きあううえで、家庭ではどのようなことに取り組めば良いでしょうか。
このような新しい入試問題の傾向を知ると、保護者の中には、「学力以外に何を身に付けさせれば良いの?」「その対策は?」などと不安を感じられる方が多いかもしれませんが、肩の力を抜いていただいて大丈夫です。むしろ、今こそ大切にしていただきたいのは、これまでであれば一見受験には無駄に見えていたような日常での体験や親子の対話です。
「1人の子供を育てるには1つの村がいる」というアフリカのことわざがあるように、一昔前は日本でも、子供たちは、親以外の親戚や近所の人との世代を超えた関わり合いや、自然の中で思う存分遊ぶことを通じて成長していきました。そこで身に付けたものというのは、当時は特別なスキルとしては意識されていなかっただけで、紛れもなく今でいう非認知スキルだったのです。
子供というのは、昔も今も変わりません。ふと道端で立ち止まり、落ちていた石を拾って裏側を見てみたり、泥団子作って乾かして、でもそれをまた割ってみたり、じーっと蟻の行列を眺めたり、「あの雲はどこへ行くのかな」と広い空を仰いで見たり、おじいちゃんおばあちゃんと他愛のないおしゃべりをしたり…そうした何気ない体験や対話が重要なのです。
日常の何気ない時間であっても、それは確実に子供たちの中に積み重なり、いろいろな場面で自分から考えるようになっていきます。そこから、知識欲を含めた認知的な学びへの意欲につながり、さらに自分なりのアイデアを考え、もっと知りたい、確かめたいと行動する原動力になっていくのです。
--非認知スキルは、親子の関係性とも密接に関わっているのですね。
子供って案外大人より面白い着眼点をもっているので、親が子供に教えなければという意識を一度手放し、親も子も対等な立場でお互いの意見を尊重し合い、面白がってみてほしいです。それには、保護者の方はどんなに忙しくても、子供の発言や行動に対して「否定から入らない」ということを、特に幼少期~小学校4年生くらいまでは意識して接してあげてほしいと思います。
--浜学園の非認知スキル教育プログラム「WEBSTAR(ウェブスター)」も、親子で面白い体験を共有でき、対話のきっかけに繋がりそうです。
WEBSTARは、無理のない範囲で取り組める量になっていますので、ぜひ親子で一緒に楽しんでもらいたいなと思います。成長とともに、親子で対話する機会はどうしても減っていくので、小学生のうちの貴重な親子の時間として活用していただきたいですね。
--依然として入試には従来型の学力(認知スキル)が求められるというお話でしたが、非認知スキルと両輪で育んでいくコツがあれば教えてください。
知識重視の教育を受けてきた保護者はつい模範解答を求めてしまいがちですが、WEBSTARのような非認知スキル型の問題に取り組むときには、○×を付けず、親がその子なりに表現したことをそれで良しと認めてあげることが大切です。そのうえで、WEBSTARではほかの子の解答も閲覧できますので、いろんな答えを見ながら、「この視点は参考になるね」「この発想は思いつかなかったね」などと言いあえる環境をつくってあげてください。
子供たちが安心して何でも言える環境づくりのコツとしては、対話でのオープンクエスチョンをお勧めします。保護者の方は忙しいと、「宿題やった?」「お風呂はまだ?」といったYesかNoかで答えを求める問いかけが多くなっているかもしれません。これはクローズドクエスチョンとよばれるものですが、残念ながら、これでは対話が続きません。ですから、「今日はどんな給食だった?」「このゲームはどこが面白いの?」という具合に、「どんな」「どのように」「なぜ」「何を」などYesかNoでは答えられない問いかけをすると、対話が続きやすくなります。オープンクエスチョンは、子供たちが自分で考え、表現する機会を自然と増やしてくれるので、ぜひ日ごろから意識してみてください。
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変わる中学入試…今後の展望は
--社会の変化にともない、中学入試も変わっていくのでしょうか。今後の展望をお聞かせください。
早くも来年あたりから、次の学習指導要領改訂に向けた議論が始まっていくと思いますが、今の非認知的な学習に向かう方向性が大幅に変わることはないと思います。まだ非認知的な学習に舵を切ったことによる反省点などは見受けられないので、今の路線のまま、もう少し非認知的なものを求める範囲は広がるでしょう。
中学入試でも、従来型の知識や解法を問う問題は、その子が努力してきた証でもあるためゼロになることはないものの、問題の作り手としては、時代に沿った非認知スキルを試す問いを入れようとする意識は強まるでしょう。グラフや表、会話文を用いるなど、これまでと違う傾向の問題が出題される可能性は高まるだろうと見ています。
また、今後の大きな流れとしては、教科横断が挙げられます。すでに社会と理科の垣根はだいぶ低くなっていますし、学習指導要領の中でも謳われているので、複合的な問題が増えていくでしょう。先の中学受験に関するインタビューでも話しましたが、今、入試日程がどんどん短くなる傾向にあります。これも、少子化で子供の数が少なくなっている中、なるべく早い時期に受験生を囲い込みたい学校側のねらいがあるからです。そうすると、少ない科目、少ない時間で試験を進める傾向は強まるかもしれません。
とはいえ、今日お話ししてきたように、子供が本来もつ子供らしい好奇心を育て、自主性を育んでいけば、どのような問題でも「よし、やってみよう!」と意欲をもって取り組めるようになるはずです。そのために、まずは子供の話に耳を傾け、そのままを受け入れ、親子でたくさん対話をする時間を大切にしてほしいと思います。
学習指導要領の改訂により、注目を集めるようになった「非認知スキル」。同じ保護者として、何となく難しそう、どう取りかかれば良いの…と悩んでしまう気持ちに共感せずにはいられない。しかし、松本学園長のお話を聞いて、子供が興味をもったことをやってみる体験、心理的安全性を感じられる親子の関係性が、子供の非認知スキルの源になるのだと気付きを教えていただいた。非認知スキルは、これまで入試対策で無駄だと切り捨ててきたものが、実は貴重な時間だったと再認識させてくれるような機会になっていくのではないだろうか。
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