「教育委員会も学校も、子供が変わればガラッと変われる」浅野大介氏インタビュー<後編>

 「未来の教室」を牽引してきた経済産業省教育産業室の浅野大介室長(デジタル庁参事官を兼任)に、DX(デジタル・トランスフォーメーション)がもたらす日本の教育の未来について話を聞いた。加藤紀子氏によるインタビュー後編。

教育・受験 小学生
経済産業省教育産業室 室長 浅野大介氏(デジタル庁参事官 兼任)
  • 経済産業省教育産業室 室長 浅野大介氏(デジタル庁参事官 兼任)
  • オンラインインタビューのようす(加藤紀子氏と浅野大介氏)
 日本のすべての学校で、1人1台端末が「文房具」になる。その伏線として、経済産業省は2018年から「1人1台」前提の「未来の教室」実証事業をスタート。教育の「当たり前」をいったん捨てることで、いくつもの新しい学びのスタイルを模索し、実現させてきた。そして2021年4月。日本の教室の風景が変わり始めた。

 今後、「1人1台」は教育にどんな変化をもたらすのか。文部科学省所管の「学校教育」と、経済産業省所管の「民間教育」「グローバル産業・地域産業・科学技術イノベーション」の融合で、子供たちの学習環境は本当に豊かになるのだろうか。「未来の教室」を牽引してきた経済産業省教育産業室の浅野大介室長(デジタル庁参事官を兼任)に、DX(デジタル・トランスフォーメーション)がもたらす日本の教育の未来について話を聞いた。インタビュー前編では「未来の教室」が目指す姿を語っていただいたが、後編では、日本各地で起こっている教育の変革の実態に迫る。

「教育DXは麹町中だからできた」は大きな誤解



--前編では、教科の学習が「筋トレ」「基礎練習」であるのに対し、探究は「対外試合」だと仰っていました。とてもわかりやすいたとえなのですが、ではこの「筋トレ」「基礎練習」について、もう少し具体的にどんな取組みをされてきたのか教えてください。

 ポイントはデジタルの学習教材を活用した学びの自律化、個別最適化です。この点で「未来の教室」が世間に広く知られるようになったのが、東京都千代田区立麹町中学校での実証事業です。数学や英語の勉強が、AI型教材「Qubena(キュビナ)」を使うことで、従来の約2倍のスピードで終えられるようになりました。AIが生徒の誤答から、その生徒がどの単元までさかのぼって勉強し直せばよいか、適切なレベルの演習問題を出してくれます。このように、デジタルの学習教材を使うと、学力の高い生徒も苦手な生徒も、それぞれ「理解できていないポイント」に絞って学べるので、時間が有効に使えるのです。

--それを「対外試合」、つまり探究に充てたんですね。

 そうです。麹町中では、生み出された2分の1の数学の授業時間を「数学を使うSTEAMワークショップ」に振り替え、「生活の中の数学」を考える経験をしてもらいました。社会を生きる上で「数学はここで役立っているのか」とシンプルに実感してもらいたかったのです。生徒たちは、たとえば「交通事故の8割は人的ミスが原因」という社会課題に向き合い、その解決手段として自動運転技術の可能性を学び、簡単なプログラミングにも挑戦しました。「自分が学ぶことで国や社会が変えられるかもしれない」と、彼らは初めて強い当事者意識を感じられたのではないでしょうか

--一方で麹町中での実証事業は、「東京の一等地にあり、恵まれた家庭の子たちが通う学校だから、そしてあの有名な工藤校長だからできた」「他の学校では無理」といった見方もされましたね。

 その誤解や思い込みを払拭したくて、僕らは次に「地方」と「多様性」というキーワードを念頭に、より多くの先生から共感が得られる象徴的プロジェクトを増やしていこうと考えました。それが、福島県双葉郡大熊町立小中学校と、以前こちらの連載でも記事になった長野県立坂城高等学校(「地方のスタンダードな公立校、長野県坂城高校の挑戦」)です。

 大熊町は廃炉に向かう東京電力福島第一原子力発電所のある町で、今も大熊町立小中学校は会津若松市内に避難中です。2023年に帰町予定ですが、そうした中で町のシンボル的存在となる幼少中一貫の義務教育学校「学び舎ゆめの森」の開校に向けて、イエナプラン教育に影響を受けながら新しい学校づくりを検討していました。

 前編でお話ししたように、「未来の教室」はイエナプラン教育に着想を得ていたこともあって、両者の構想は見事にシンクロし、2020年度には1人1台のiPadを使い、麹町中と同じ「Qubena(キュビナ)」を導入しました。一方、坂城高校の方では1人1台のChromebookを使い、英語・数学・国語の3教科で、AI型教材の「すらら」を採用しました。

 いずれのケースも、半年後には多くの生徒たちから「勉強がわかるようになって楽しい」「授業に集中できるようになった」「自分のペースでやれるところがいい」といった反応が見られるようになりました。また、先生方からも「教材作成や採点などの作業が減り、業務の効率化が実現した」「余裕ができた時間を、教材研究や生徒のサポート方法など、質の高い授業実施に向けて使えるようになった」といった声が上がりました。

 子供たちの「やる気」が芽生える瞬間、「自分にもできる」という「自信」を得ていく過程を側で見ている先生方は、そこに立ち会えることに望外の喜びを感じると言っています。保護者からは、家ではまったく勉強しなかった子がやるようになったという話も聞かれるそうです。

 坂城高校は元々学力の幅が広く、不登校や学習障害を抱える多様な生徒も受け入れており、卒業後は6割以上の生徒がそのまま地元に就職しますし、専門学校を経て就職の子もたくさんいます。実は全国の70%以上は、坂城高校のような公立校です。大熊町立小中学校も、少子化・過疎化という日本の深刻な社会課題を先取りするような、いわば日本の公教育の近未来の姿です。こうして「未来の教室」は麹町中に限らず、地方のスタンダードな学校でも同じような成果が得られるということが実証できたのです。

変われる学校には「心理的安全性」がある



--その他にも実証事業で成果を出した学校はいくつもあると思いますが、そこに何か共通する特徴はありますか?

 あります。うまくいったところでは、次の3つの共通点が見られます。

1.職員室内に仲間の挑戦を批判したり足を引っ張ったりする同調圧力がなく、孤立感を与えない「心理的安全性」がある


2.教員や生徒や保護者、関係者間で「知識の共有」が盛んに行われる


3.教員が「生徒たちにどのように育ってほしいか」という最上位の目標を共有し、校長など組織の長にはそれに向けてメンバーが試行錯誤するのを尊重し、自分もそこから学ぼうとする「謙虚なリーダーシップ」が存在する



 つまり、いずれも「高信頼性組織」である条件を満たしていた、ということです。

オンラインインタビューのようす(加藤紀子氏と浅野大介氏)
--なるほど。昨今、社会の組織でも家庭でも心理的安全性の重要さが強調されるようになりましたが、学校も同様に、そこが安心で安全だと感じられる場所であること。そして、最上位の目標を皆が共有しておくことが大事なのだ、と。また、間違ってはいけないのは、デジタル化そのものが目標ではないんですよね。坂城高校の伊藤浩治・前校長の「PCや学習アプリは万能の道具ではなく、あくまでもツール。大切なことはこのようなツールを使って、子供たちの5年後10年後、どんな大人に成長してほしいのかという将来像。そこがスタートラインだ」「その将来像のイメージがないと、結局はツールの導入という目的だけがひとり歩きし、単なるブームで終わってしまう。そして、また違うものが出てくればそれに飛びつくことの繰り返しになる」という言葉を思い出しました。

 そのとおりです。僕もよく「浅野さんって結局『未来の教室』で学校にキュビナとすらら(というAI型学習アプリ)を入れたいんでしょ? ライフイズテック レッスン(というプログラミング教材)を入れてプログラミングさせたいんでしょ?」と言われるんですよ。でもそれはホンのさわりのジャブなんですよって(苦笑)。

 根本的にやらなければいけないのは、教育基本法で義務教育の目的を規定する第5条に書いてあるように、子供たちが教育を通じて「自律」と「共生」のスキルを身に付けること。そのために、DXによって組み合わせの選択肢が無限大の学習環境を実現し、学校での学び方、教員の働き方を改善していこうよ、ということだと思うんです。

 目指していることは、すごくシンプルなんです。

--そのような成果が出たのは大きな前進である一方、まだまだ日本全国で見ると、教育委員会によって温度差があるのではないかと感じています。一保護者の立場から見れば、いわゆる「教育委員会ガチャ」な要素も現状は否めないと思うんですよね。住んでいる地区によって、「ここに行け」と言われた場所に親が子供を毎日通わせるしかなく、基本的には選択肢がないので。

 教育委員会にいる人たちは僕らのような政策マンではなく普通の先生たちなので、組織を動かしたり、政策をつくったりすることが本来の仕事ではないんですよね。だからそうした組織に変革を期待すること自体、すごく難しい問題ではあるのですが、ひとつだけわかっているのは、教育委員会も学校も、子供の変わる姿を見ると、ガラッと変われるということです。

 子供たちが変化すれば、先生たちの間でも価値観がガラッと変わり、これまでの前提が足元から崩れ去っても、これをまた素直に学べる集団であることは間違いないです。実際にこれまで、長野県や広島県、埼玉県戸田市や大熊町など、全国から注目を集める県や市町村のあらゆる規模の教育委員会と、それこそ車座になって議論を重ねてやってきましたけど、これは体感として強く実感しています。だからこそ僕らは物量作戦で、事例をとにかく横に広げていくということ、そして保護者を含めて多くの方にそれを広く知って頂くことを、時間をかけて地道にやっていくしかないなと思っています。

「未来の教室」への第一歩は、身近なルールを疑うこと



--混沌とした未来を前に、何かをしないといけないという焦りや不安を抱えつつ、何から始めていいかわからないと悩んでいる保護者や学校関係者が全国にはまだたくさんいらっしゃると思います。どんなことから「未来の教室」への第一歩を始めていけば良いでしょうか。

 僕がお勧めしたいのは、身近なルールや前例を疑わせてみることです。まだ多くの学校で、ルールは「与えられるもの」、前例に「従うべきもの」と教え込まれていることが、日本の若者の「自分は国や社会を変えられる」という当事者意識が極端に低い要因なのではないでしょうか。

 具体的な例として、「校則改正」は扱いやすいテーマです。「未来の教室」の中には「みんなのルールメイキング」と呼ばれる、認定NPO法人カタリバととの協働プロジェクトがあります。元祖は岩手県立大槌高校が始めたプロジェクトなんですが、この大槌高校にはヤンチャな生徒が多かった時代の名残で厳しい校則が残っており、まずは「整容指導」(生徒を体育館で横一列に並べ、髪型や眉毛の形状、靴下の色、スカートの巻き具合などの定期検査)を廃止したり、髪型のツーブロックをOKにしたり、というアクションが実現しました。

 このルールメイキングプロジェクトでは「まず、ルールが制定された理由を問え」という大事な原則があります。学校側は廃止できない理由として、「ツーブロックの生徒は印象が悪くて就職活動で落とされるといけないから」とおっしゃっていたようなのですが、これに対して生徒たちは地元企業にヒアリングをかけて回ったところ、「まったく気にしていない」との回答だったわけです。学校の先生らしい「親心」からの規制だったわけですよね。しかし合理性もなくなったからには人の容姿に制限を加えるのもいかがなものかということには学校全体で合意ができたので、生徒の実証によってこの校則の合理性は失われ、「廃止」に向かって合意形成が一気に進んだようです。こういうのは非常に良い学びだと思うんです。

 このプロセスにおいて、生徒たちが自らの力で環境を変えられたという自己効力感を得られただけでなく、先生たちの間にも自由な発言が否定されなくなったり、生徒と対等に議論できる関係になったりと、学校全体がまさに先ほどの「高信頼性組織」へと大きく様変わりしました。

 もうひとつお勧めなのは、「GIGAスクール構想で配備されたパソコンを更新する費用をどのように捻出するか」というテーマです。小学校なら、5万円も10万円もする高額なランドセルをやめてリュックサックに変えたらiPadくらい簡単に買えるとか、制服や紙の辞書、算数セットなども本当に必要なのか、他の安いもので代替したり、シェアして使ったりできないか。こういう「身の回りの重大問題」を自分たちで検証して合意して、実行に移すことができると、現場の大きな自信になるのではないかと思います。

--最後に、今後の抱負をお聞かせください。

 この12月*に補正予算が成立すれば、全国3万5千校のうち約3分の1の学校では、EdTech導入補助金を活用して何らかの形で教育DXに挑戦できる計算がたっています。あとは今回出版した本や実証事例を定期的に紹介しているニューズレター、「STEAMライブラリー」という専門家が監修した探究学習向けのデジタル教材を自由に使えるポータルサイトの充実や学術論文への掲載など、これまでの教育行政とは異なるスタイルでの発信も実行していきたいですね。(*本記事の取材は2021年10月下旬に実施)

--今日は希望がもてるお話でした。ありがとうございました。

 先生も子供も萎縮させ、前例主義を蔓延させ、思考停止にさせてしまっている「失敗が許されない」という空気。ここに風穴を開けるのはものすごいエネルギーが必要だが、経済産業省と文部科学省のパッションあふれるタッグによってポツポツと開き始めた穴からは、子供たちのやる気や自信、喜びの声が勢いよく溢れ出している。

 教育の主役は子供たちだ。そして、子供たちの笑顔のために、それを支える学校という職場も「ブラックな職場」ではなく、「余裕のある場所」であるべきだ。「未来の教室」が、1人でも多くの子供たち、そして大人たちも幸せでいられる場所になってほしい。

教育DXで「未来の教室」をつくろう―GIGAスクール構想で「学校」は生まれ変われるか

発行:学陽書房 著者:浅野大介
<著者プロフィール>経済産業省 サービス政策課長・教育産業室長、デジタル庁 統括官付参事官。東京大学経済学部、同大学院法学政治学研究科修了後、2001年経済産業省入省。石油産業の事業再編、災害対策、地域再生、航空・港湾の規制改革とAPEC域内の物流円滑化、産業保安行政の電子化等の業務を担当後、2018年に1人1台端末とEdTechを活用した教育改革プロジェクト「未来の教室」を立ち上げ、その後文部科学省等とGIGAスクール構想を推進。2021年9月よりデジタル庁に併任され教育DXを推進。同時にサービス政策課長として、DX時代のスポーツ産業の事業環境整備やサービス業全体の労働生産性問題を担当。

加藤紀子(かとう のりこ)
1973年京都市生まれ。1996年東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、子どものメンタル、子どもの英語教育、海外大学進学、国際バカロレア等、教育分野を中心に「プレジデントFamily」「NewsPicks」「ダイヤモンド・オンライン」「ReseMom(リセマム)」などさまざまなメディアで旺盛な取材、執筆を続けている。一男一女の母。2020年6月発売の初著書「子育てベスト100」(ダイヤモンド社)は、2021年8月現在累計17万部発行のベストセラー本となり、教育関連の書籍では異例の大ヒット作に。(写真撮影:干川修)
《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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