この問題意識を起点に経済産業省が中心となり、教育にイノベーションをもたらそうと「未来の教室」プラットフォームが旗揚げされた。2018年7月26日に行われたキックオフイベントには全国各地から多くの関係者が集まり、傍聴席は早々に定員を超え、ライブストリーム配信が行われたほど高い関心が寄せられた。
人生100年時代にふさわしい新しい学びを実証
「未来の教室」とは、経産省が中心となって実現を目指す、人生100年時代にふさわしい新しい学びの社会システムだ。2018年1月に立ち上がった有識者による「未来の教室」とEdTech(*1)研究会と並行し、ワークショップ形式での議論には教育現場の社会人メンバーに加えて現役の中高生、大学生も参加した。こうした「現役の学習者」の視点がおおいに盛り込まれた第1次提言に基づき、このたび第1次公募において34の実証事業が採択された。
*1 EdTech(エドテック):Education(教育)とTechnology(技術)を組み合わせた造語で、進化するテクノロジーで教育に変革をもたらすものとして世界が注目をしている領域。
実証事業を通じて「未来の教室」が目指すのは、「ワクワク・意欲・志」との出会いが核となり、プロジェクトベースの「探究」とひとりひとりの能力や環境に応じて個別最適化された「学習」が有機的に連携している姿である。
新しい出会いを通じて、新たなアイデアやイノベーションを
イベントの冒頭、世耕弘成経済産業大臣が挨拶に立ち、「課題先進国と呼ばれる日本が、今後イノベーションにあふれる課題解決先進国として世界をリードして行くためには、人材育成が根本的な課題」と訴えた。さらに「AIをはじめとしたテクノロジーの劇的な変化の中で、今後は生涯において学びをアップデートすることが重要になってくる。EdTechを活用しながらスピード感を持って実証に取り組みたい。また、さまざまなプレイヤー同士の新しい出会いを通じて、新たなアイデアやイノベーションが生まれることを期待したい」と抱負を語った。
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世耕弘成経済産業大臣
探究のための学びや体験の時間を
続いて「未来の教室」とEdTech研究会委員と採択事業者等によるパネルディスカッションが行われた。パネルディスカッションには、以下の3つのテーマがあげられた。
(1)学習者中心の「未来の教室」のカタチ
(2)「新・社会人基礎力」とリカレント教育(*2)
(3)教室を科学する
*2 リカレント教育:生涯にわたって教育と他の活動(労働や余暇など)を交互に行う教育システム。大人の学び直しと表現されることもある。
(1)学習者中心の「未来の教室」のカタチでは、おもに子どもにとっての「未来の教室」についての意見が交わされた。
採択事業者はEdTechを活用し、以下のサイクルを目指す。
興味を持つ“きっかけ”やいつでもどこでも深く学べる工夫、学習者個々の興味・関心に応じて幅広いワクワクの選択肢を用意する
↓
出会った興味・関心を追求するために何を学ぶ必要があるのかを分解・整理し、教科学習に紐付ける
↓
教科学習ではこれまでのような一斉授業ではなく、ひとりひとりの資質に応じてパーソナライズされた双方向の授業によって、理解の向上と時間の短縮を図る
↓
捻出された時間を探究のための学びや体験にあてる
たとえば採択事業者の1つ、学研プラスでは、2020年度の小学校プログラミング教育必修化に向け、音楽・算数・プログラミングを横断的に学べる「Music Blocks」を全国の小学校やクラブ活動の場に展開する予定だ。算数やプログラミングといった苦手意識から距離を置きがちな分野に、音楽という親しみやすいアプローチで興味を持つきっかけや新しい学びの形をつくる。
「未来の教室」とEdTech研究会の委員をつとめる数学者でジャズピアニストの中島さち子氏は「音楽と数学は似ている。音楽はロジックと感性を両方使いながら生まれてくるもの。MITメディアラボからも協力得て、分野や国を超えてこれまでとは違う教育哲学を考えていきたい」と語った。
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数学者・ジャズピアニスト 中島さち子氏
また、Z会は日本大学三島中学校での「家庭科」の授業を通じて生徒が身近なテーマを抽出し、その課題解決に必要な学びが、テクノロジーで学べる教科学習によるものと、人が関わる必要がある探究学習によるものと、どう切り分けられるかを見極める。知識中心の教科学習と体験や思考を通じた探究学習との両立をどうはかっていくかの追跡調査を実施する。
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Z会 野本竜哉氏
“体験”は問題の本質
(2)「新・社会人基礎力」とリカレント教育のパネルディスカッションでは大人にとっての「未来の教室」について、AIやICT(情報通信技術)による「第4次産業革命」と呼ばれる社会の変化に対してどのような能力開発プログラムを作り上げるかについて話し合われた。
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パネルディスカッション「『新・社会人基礎力』とリカレント教育」のようす
困難な課題にあふれる日本の地方やアジアの現場を用いた実践的リカレント教育、中でも“体験”の重要性が繰り返し強調された。“体験”は問題の本質、リアルな問題解決に迫るものでなければならず、今回採択された事業を通じてそれがテクノロジーとどうつながっていくかも実証される予定だ。
教員の「3K」、子どもの学びを効率化
(3)教室を科学するのパネルディスカッションでは、これまで「聖域」とされてきた教育現場の「働き方改革」「学び方改革」のため、業務仕分けやセンシング(*3)を活用し、充実した学びの環境をいかに作るかについて議論された。
*3 センシング:教室などにセンサーを設置し、音や動き、温度などを計測すること。大量のデータを収集し、教育現場のイノベーションに活用しようとする試み。
埼玉県戸田市立戸田第二小学校の小高美惠子校長は「学校現場は雪だるま式にブラック化している。授業以外に子どもの交通安全指導や怪我や病気への対応、教材研究、公的書類の作成から不登校児のカウンセリング、親の教育相談など、非常に多くの役割を教員ひとりで担い、さらに教室内では『経験』『勘』『気合い』の『3K』で授業を行っている。こうした現実を可視化し、業務を効率化していくためにEdTechが関与できる領域はかなり広い」と言い、現場ならではの問題意識を提起した。
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埼玉県戸田市立戸田第二小学校 小高美惠子校長
これに対してデジタルハリウッド大学大学院教授の佐藤昌宏氏は「センシングまでしなくとも、『3K』に優れた先生がその優れたノウハウを言語化してくれればテクノロジーで再現できる」と述べ、教育現場のイノベーションが身近なところから実現していく可能性を指摘した。
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デジタルハリウッド大学大学院教授 佐藤昌宏氏
COMPASSはAI型タブレット教材「Qubena」を東京の千代田区立麹町中学校に導入し、生徒ひとりひとりの習熟度に応じた教科学習の効率化を実証する。「この教材は1学年160時間かけてやらなければいけない数学のカリキュラムを32時間で終えるという学習効率を叩き出している。教科学習の時間を大幅に圧縮し、そこで生み出された時間の中にSTEM教育を届ける」と同社CEOの神野元基氏は語った。
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COMPASS 神野元基氏
地域、性別、障害や不登校などによって立ちはだかる既存の壁を取り払い、子どもたちの興味ある課題からひとりひとりの能力の最大化と自信、社会と繋がっていく力を養う取組みがいくつも紹介され、テクノロジーの持つ潜在的な力に大きな期待が寄せられた。
「すべての壁を溶かして」経産省 浅野大介氏
「未来の教室」プラットフォームを統括する経済産業省商務サービスグループ 教育産業室長 浅野大介氏は、「これらの実証事業は非常にチャレンジング。子どもたちの学校では時間の使い方、学年の概念、先生の役割、ひいては単位や卒業といった考え方までこれまでとは違ったものになるかもしれない。つまり、EdTechを通じてひとりひとりに個別最適化された新しい『学び』のカタチが、何年生で何を学ぶといった学習指導要領で決められているようなものをガラガラと壊していくかもしれません。さらに我々大人にも、人生100年の時代には学び“続ける”ことが求められています。これは世界全体で起きつつあり、我々は常にそうした世界の動きを捉えながら、学校や塾、産業界、先端研究の場から地域社会の現場まで、すべての壁を溶かして、新たな学習者中心の社会システムを作っていかなければなりません。そのためにもこのプラットフォーム上でしっかりとエビデンスを集め、効果を測りながら進めていきたい」と意気込みを見せた。
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経済産業省商務サービスグループ 教育産業室長 浅野大介氏
「未来の教室」では乳幼児からリカレントまで、人の一生分の学びを変えていくプロジェクトを、満遍なくつくることを目指している。引き続き2次公募も予定されている。